合わせて金貨一枚と高級お肉寝床付き
スノクで指折りの肉屋、[怪力屋]の店主ウーノックは嬉しさと驚きと困惑をないまぜにしたような表情で笑っていた。いや、笑うしかなかった。
彼の目の前に自身が求めた量を超える獲物が寝転がっていて、それを狩ってきたのがたった二人の、それも年若い男女だったからだ。
明日の夜までにということで、昨夜の遅くご贔屓の商家の奥様からかなりの大口注文が入った。
数百人分の大宴会用とのことでそれこそ牛一頭を出すくらいでは足りない量のご注文。種類は問わず、とにかく量が欲しいと提示された金額も相当だ。
ウーノックはもちろん飛びついた。飛びつかずにはいられなかった。例え在庫の量に不安があっても、突然の注文であっても欲のほうが優先された。
だが、不安は的中し、在庫は求められていた量の半分にも到達していなかった。しかもここから通常営業分も捻出しなければならない。他の肉屋にも回してもらえるように頼み込んで廻ったがそれでも半分。
悩んだ挙句、ウーノックはギルドに突発依頼を出すことにする。
狩りの依頼だった。年齢性別経験不問。食える生き物なら限定しない。とにかく量が欲しい。
それがお昼前。
幸いなことにギルドからの派遣者はわりとすぐにやってきた。
まあ、残念なことに黒髪の少年と、長身の赤毛の少女だったが。
少年は見慣れない材質の衣服を身にまとい細い長剣を手に持ち、
少女は新品の”女性用”革鎧を窮屈そうにしながら青白い鞘の剣を抱き、
「ギルドに出された依頼を受け、やってきました」
と口をそろえて言った。
ウーノックは『ガキの使いじゃないんだぞ』と怒鳴り散らしそうになったものの、どうにか喉の奥に押し止め、肩を落としながら『よろしく頼む』と狩りのできる場所と依頼の内容を伝えた。
それがお昼過ぎ。
少年たちは『人手を貸していただきたい。運ぶだけで結構なので』と言ってきたのでいったいどれだけ取れるつもりだと内心笑ったが、どうせ精肉は終わっていたし、監視にもなると、息子と4人の下働きの男手を貸し、ついでに荷車も二台貸してやった。
そして、今はまだ出て行って二時間ほど。
まだ、陽も暮れていない。
だのに、目の前には熊や猪、鳥が多数並べられ、さらにこの周辺に生息する下級の魔物、[倒木兎]も大量に積まれていた、なかには巣に入らなければ獲れない貴重な仔兎も仕留められている。
「ちょうど旨い具合に出くわしまして」
そう言って少年が涼しい顔で汗だくの息子と運んできた獲物はすでに三週目である。
まだ森の入り口に貯め置いてあるという少年の言葉に、ウーノックは店を一旦閉め、店の働き手全員に向かうよう指示を出した。
獣の獲れる量が減ってきているというのに、コレは凄まじい。
その後獲物の運び入れに指示を出す間、その顔はだらしなく緩んでいたのに、本人は気づいていない。
結局、店の裏手に運ばせ終えた頃にはあまりの異常さに何事かと人だかりができてしまう始末だった。
当然ながら奥様からの依頼の量はおまけがついて達成だ。
ウーノックは依頼の完遂を確認した旨を記した用紙を二人に渡し、”お小遣い”代わりにその店で一等良い肉を包んでやった。
「また、キミたちに依頼するよ」
去り行く二人の背を見送りながら、ウーノックはニコニコと、そのとんでもない”ガキの使い”に手を振ったのである。
……………
男たちの憩いの場として町で人気の酒場兼娼館、[胸元の星明り]の店主キャナスは、黒髪の少年を豊満なその胸の中に抱き、かいぐりかいぐり撫で回していた。
その視線の先、酒場のホールの中央では、ガラの悪い男たちが床に散乱した料理の味を体全体で堪能していた。優しいことに、給仕をしていた長身の赤毛の少女が、ひとりひとり介抱してやっている。
初めは不安しかなかったが、なかなかやるじゃないか。やっぱり男の子は見かけじゃないね。
そんなことを考えながら、キャナスは柔らかな谷間で呻く少年をより一層、振り回す勢いで抱きしめた。
キャナスが少年と、そして赤毛の少女と出会ったのは夕暮れ時のことである。
最近、酒場にしょうもないチンピラが出入りしている。店の女の子にも客にも手を出して迷惑だ。腕は立つようなので店に用心棒が欲しい。
そうギルドに初めて依頼したのが一昨日。
その日から今日まで何人か来たが全部返り討ちにあい、次の日から来なくなった。
町の衛士に頼んではみたものの現場に衛士が来たときには急に大人しくなって捕まえられない。
駐留している軍の連中は基本的に民事には関わらないなんて言うし、キャナスは半ば諦めながらまた今朝も依頼を出した。
そして、やってきたのが何故か肉を土産のように携えた少年少女。
歳は二十歳にならないくらいかそれより下か。
武器は良いものを持っているがと若い頃やんちゃをしていた時期の目利きで値踏みをしたがどうにも頼りない。少年には多少押し隠された何かを感じたが、少女は論外だ。
まあ、いないよりはまし。
そう考えてキャナスは依頼の内容を再確認した。
そして夜。
使えないと思い給仕をさせた赤毛の少女はなかなかに仕事を上手くこなした。
他の給仕の娘たちにも見習わせたいくらいによく動く。
それにだ。
幼く田舎くさいがなかなか磨けば目鼻は整い、言葉遣いは丁寧で声がよく通り、心地良い質なのも評価が高い。そして何よりあのはちきれんばかりの胸だ。あれに男たちは自らのもとに呼ぶために注文をする。革鎧を脱いで給仕の服に着替えさせ、化粧をさせたらとんだ拾い物だ。
キャナスはほくほくと微笑んだ。
「おらおら!今夜も着てやったぜ!キャナス!」
「おっ!今日はなかなか可愛い子いるじゃん!」
「おっぱいでけえ!うっひゃぁ揉みてぇ!」
しばらくして、今日も下品な笑みを浮かべて喚きながらチンピラどもが雁首揃えて五人やってきた。
キャナスは入り口近くの壁に背を預けていた少年に視線を向けて合図する。
少年は刀を抱いて腕組みをしたままこくんと頷いた。
チンピラどもはよく食べる。あれでも何故か金の払いは悪くない。娼婦たちも利用してくれる。だからどうにも入店を禁止するまでの言葉が出ないのは商いを行う者の悲しい性か。
だが、奴らはどうにも女の扱いを知らない。
「よう、ねえちゃん、ちょっと俺たちとメシ食おうぜ」
「そうそう。あと、ついでにちょっとおっぱい揉ませてよ」
赤毛の少女が捕まった。
手首を取られ、嫌がるが男の力には敵わない。
あの娘も剣士であるならあの程度振りほどけるだろうにやはり武器だけかとキャナスは苦笑した。
それでどう対応するか見ものだったが、チンピラたちが周りの非難の視線のなか、少女を抱き寄せ尻と胸を鷲掴みにしたところでキャナスが仕方なく声をかける。
少年にはまだ出るなと合図を忘れず。
「うちの給仕のコに手を出すなって毎度言ってんだろ?そんなに溜まってんなら娼婦で抜いてきな」
「なんだと?ちょっとしたじゃれあいじゃねえか。なぁ?」
「そうだぜ。こいつが倒れ掛かってきたから抱きとめてやったんだよ」
「ほら、キャナスも歳はいってるが良い体してんだ。俺たちが遊んでやるよ」
そう嘯くチンピラがキャナスの胸へと手を伸ばした瞬間、この数日で溜まっていた彼女のストレスは限界に到達した。
かつては自分も剣を取った身だ。鈍った今でも、内に宿るものは忘れていない。
少年に合図するより先に、体が動く。
テーブルに置いてあった満タンの酒瓶を取り、少女を引き剥がすと抱き寄せていた男の頭にとぷとぷと零した。
当然、怒り狂った男とその仲間はテーブルをひっくり返し、腰のナイフを抜きながらキャナスに向かって大声で喚き、その手のナイフを振り上げた。
「俺たちはあの傭兵集団”餓狼”の元団員だぞ!!」
殺されてえのか!
一人が言えば二人、二人が言えば三人、そう口々に叫びだす元餓狼に店中の人間が恐れ、慄く。
キャナスも少女も驚愕に目を見開いていた。
だが、それは、男たちに対してではない。
いつの間にか現れ、餓狼を真っ先に口にした酒まみれの男の口を鷲掴みにした、少年を見てだ。
その形相は怒りなどというものより冷たく暗く、そして激しい憤怒。
まだそんな名前を口にする奴がいたのか。
少年が素人でも肌に感じる凄まじい殺気とともに獣の唸り声のようにそう言うと、男の二度の瞬き。
次いで男の目が、仲間たちの目が、何かを思い出したかのように見開き、ガタガタと震え始めた。
そこからはもうただの一方的な粛清だ。
少年は酒まみれの男の口を掴んだまま両足を払い、ふわりと浮かせると、横に倒れこむように浮かんだところを瞬間、手を離して即座に蹴りを撃ち込んだ。
爪先を使ったトゥーキック。
見事に鳩尾に入った男はよだれを垂らして体をさらに震わせる。
そこへ背を向けた少年へ何故か涙目で別の男が飛びかかる。逆手に持ち、振り上げた太いナイフは何人の命を奪ったのだろうか。
柄に染み付いた赤黒い汚れが気味の悪い。
しかし、少年は振り向き様に抜剣し、その長く鋭い牙がナイフの刃をベーコンでもそうするかのように半ばから断ってしまった。
そして直ぐに横合いからの鞘の一撃が横っ面を殴打して、ナイフの男は沈む。
あとの三人は逃げ出そうとよたよたと外へと駆け出す。
だが、少年は逃がさない。
その名を口にしてただで帰れると思うなよ。
そう言うと剣を床に突き刺し、倒れたテーブルを持ち上げると逃げる三人へと投げつける。
二人。強かに後頭部と背中を打ち、そのまま潰れてしまい、残った一人。
少年はすぐさま追い付き、店の外に出る瞬間、襟首を掴むとそのまま背に負い、店内へと思いきり投げ返した。
まるで、示し合わせた演劇のように圧倒的だった。
………
そしてキャナスは衛士に餓狼を引渡し、少年をようよう解放してやって、任務完遂の確認がされた紙を二人に渡す。
暇の礼を言い、去り行こうとする二人に、しかしキャナスは声をかけた。
もうしばらくウチで働かないかと。
少女は逡巡するようだったが、少年は大喜びで『寝床を貸していただけるなら』と食いついた。
少女は少年のその言葉に、『私は手の空くときになら』と了承をする。
そんな二人に満足そうに頷いて、一旦去り行く二人の背中に手を振ったのだった。




