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神をも喰らうヴァイセント  作者: 文悟
第二章・百夜の大神
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窮屈な二人

スノクのギルド、その奥のテーブル。

”男性用”革の鎧が窮屈そうな長身の冒険者風少女と、この場の”空気”が窮屈そうな腹ペコ剣士がテーブルを挟んで向かい合わせに座っていた。


少女はその長い体を目一杯折り曲げ、テーブルに頭を擦り付けんばかりの勢いで謝っている。


「いや、びっ……っくりしたぁ。いきなり掴まれたから痴漢に勘違いされたかと思ったよ」


そして、コイツなにをやったんだという好奇の視線があちこちから飛んできて痛い。


「あぁ…すすっ、すいません…」


大きな体を縮こまらせた彼女は青白鞘の剣を大事そうに抱き寄せる。


鞘の中央には金で祈りを捧げる乙女の姿が描かれており、その他の部分には飾りの代わりにロンドヒルル語ではない文字らしき何かが彫られている。

サイズはロングソードといったところで、シンプルながら神聖さを感じさせる剣の存在感は、″素人″を絵に描いたような彼女には明らかに違和感があった。


そう、自分より幼く見え、お金持ちや冒険者というよりも、″田舎の()″といった風な娘が持つような物ではない。

とすれば、盗んだ物か?

いや、それにしては悪事を働くようには見えない。


見えないなら、厄介な事情でも抱えてるとか?

借金が~とか、身分を隠して~とか。

いや、はたまた敵討(かたき)ちをしたいとか?


…そんなんだったらやだなぁ…関わるのはちょっとなぁ…。


まあ、とにもかくにも話を聞かなきゃ始まらない。


「いやもういいよ。気にしないから。とりあえず、さっき君が受付の人とやり取りしてたのを聞いただけじゃまったく理解できてないからさ、何のことで何があって何で俺が選ばれたか…あと、よければ名前を訊いていい?」

「は、はいぃ…えっと、あの」


どうしよう、なんて説明しよう…そんな迷いがありありと浮かぶ少女の顔を俺は見つめた。

俺から投げていったほうが良いのかもしれない。


「あぁ…と、よし、じゃあとりあえず俺から自己紹介するよ。名前は柄倉重悟。ジュウゴが名前だからそっちで呼んでくれたらいい。年も近いだろうし気兼ねなく。ちなみに歳は十九。もうすぐ二十歳になる。俺は″ちょっとした失敗″でお金がなくなってたまたま稼ぎに来ることになったんだけど…君は冒険者ってやつかな?」


そう言って、促してやると彼女は首を横に振った。


「あ、いえ…あの、私は冒険者ではありません。旅はしてきましたが、こうやってギルドに来たのは初めてです。この革鎧なんかはこの町で買ったくらいで…」


やっぱり駆け出しか。

ならなおさら装備のバランスがおかしいが。

何せ鎧は男性用だぞ。気付くだろ。てゆうか、店主も売るなよ。


「申し遅れましたが私、[ピエタ・リコルス]と申します。歳は十八になります。どうか、ピエタとお呼びください。…先程は本当にすみませんでした。とにかく何とかしようと思ったら貴方の…ジュウゴさんの手を掴んでいました」


また、深々と頭を下げる少女ピエタに一歳しか違わなかったかと少し驚きつつ、俺はもう良いからと続きを促す。

ピエタは頷くと、『では、順を追って』と切り出した。



「私はプラブドールとシーリカの国境をまたぐ湖上の都セタからやってきました。以前このスノクの北に″あった″村に住んでいたのですが、事情があって一年ほど村を離れていました」

「えっと…″あった″?」

「…はい。今はもう…存在しません」


少女は悲しそうな、苦しそうな…そんな表情で目を伏せる。


「魔物に、襲われたのです。…私はその″敵討ち″に戻ってきました」

「………………………………………ぅわぁ…ぉぅ…………」


まさかホントに敵討ちだったのか。


「ご存じありませんか?人口のあまり多くない村などの周囲に潜み、少しずつ蝕んでいく″宿りの魔″、[村食(ウィスクム)い]を」


ウィスクム?……有名なのやこの地方で出会いやすい魔物はハンデールで粗方情報は仕入れてはいたが、頭にちっとも浮かんでこない。


「いや、俺、あまり詳しくなくて」

「そうですか…あ、いえ、私も聞いた話ですので気になさらないでくださいね?それに、別に知らなくても無理はないのです。ウィスクムはかなり特殊な魔物だそうで、好んで調べるような人でなければ知る人などいませんから」

「そうなんだ。特殊って言うからにはかなり危険そうだね」

「いえ、植物の魔物でして、強さで言えば単体で…それも初期なら子供でも駆松明一本で駆逐できるそうです。その段階では注意して早めに駆逐するとあるだけで、等級指定もされません。問題になるのは仲間が大量に増殖した場合と、力を蓄えたきった場合。そして、二つの条件が満たされた場合は…危険度を表す等級は″特級″となります」


危険動物である魔物。

その等級は下級、中級、上級の三つの区分に大きく分けられる。

下級~中級は差はあるがだいたい猛獣扱い。

数が揃えば軍が処理の申請を受け付ける注意報級。

上級は″軍が積極的に処理に動く″超危険生物。ギルドにも討伐協力依頼が出たり、地域の人に避難が促される警報級。


そして、魔獣・神獣なんて化け物の等級はと言うと、この枠外。つまりは″特級″にあたりそれが示すのは、


「″災害級″……か」


俺もそんなのと対峙してよく生きていたもんだ。正直無傷なんてこれからの一生分の運を使い果たした奇跡だったんじゃなかろうか。


「そんな危険な奴がこの周辺に?いや、それより君はよく生きていたね」

「まさに奇跡でした。死に物狂いで逃げていたところを通りかかった旅の方に助けていただきましてどうにか。

ただ、かなりの怪我を負ったために治療や体を鍛えることを含めてこの地に戻るのに一年かけてしまいました。…ウィスクムですが、私の居た村が全滅した後に一度討伐隊が結成されて駆逐されたことになっています。ですが…」


ピエタは剣をさらに強く抱き寄せ、納得いっていないと言うように言葉を濁す。


「まだ、ウィスクムは生きていると思っているんだね?根拠はあるの?」

「一応。ここ数ヶ月で、この周辺の村のいくつかで人が消えています。ハンデール周辺で立て続けに人拐いに連れていかれる事件がありましたからみんなそれだと思ってはいるようですが…猟で獲れる獣の量が減ったり、される人そのものが行方不明になったり。…消えているんです。村の周りで」


かなり調べている。格好がついてきてはいないけれど並々ならぬ決意(おもい)が感じられた。


「ウィスクムは、人の精神を惑わし、種子を植えて肉体を乗っ取り、人間に成り代わります。それは以前の姿と変わりません。私の両親も…ウィスクムに乗っ取られていましたが、それがそうだとまったくわかりませんでした。もし、誰かに寄生していたらと思うと身が凍る思いです。そうなったら多くの人に被害が出る前に、命を賭してでも倒さねば…」

「……軍とかには話した?」

「既に。ギルドにも話はしています。ですがどちらも鼻で笑われてしまいました。ですから、自ら調査を進めるためにギルドに登録したのです」

「ギルドにも笑われたんだよね?」

「あ、いえ、それが、この地方では立入禁止の場所や許可がないと入れない施設が多々ありますし、何よりウィスクム討伐には禁忌とされている場所に踏み込む必要がある可能性があり、それは討伐隊にでも入らないと許可されませんから」


だから、ギルドに登録する必要があったわけだ。


「で、さっきの″アレ″につながるんだ?」


アレとは、受付での騒動だ。


「はい。ここでは、魔物駆除のほか、重要な施設や区域に入るような仕事は″上″依頼と呼ばれてとんど二階で出されるそうで、一階には雑用系の仕事がほとんどだそうです」


ああ!チャラ系兄ちゃんの職安トークはそのことか!


「じゃあ、二階に行こうよ。それで解決じゃないか」


そう言ってみたがピエタは首を横に振る。


「ダメだそうです。経験を積み、実力が認められたら″上″に行けるそうです。危険な仕事もありますし」

「そうか…いや、そうだよな。でも、何か手はないの?」

「魔物を駆除したりとか、難度の高めの依頼をこなしたりとか…あと何十件かこなしたら行けるらしいですが…時間はかけられませんし、私はとりあえず難度の高そうな依頼を持っていったのです。でも私のような女では実績がなければ難度の高いものは許可できない、やりたいなら仲間(パーティーメンバー)を連れて来いと」


なるほど、それであの『この人が~』につながるわけだ。


「それで、もし、良かったらですが、言葉通りに私と…その…」


ピエタはまた、すいませんと情けない顔をしたが、俺は今度は何も言わなかった。

代わりにじっと見つめる。


酷い目にあった場所に戻り、家族や仲間の仇を討つ、か…。他人ごとには思えない。


魔物はいるかどうかは分からない。だが、相手は条件が満たされたら生きる災害だ。それに命を賭けて飛び込む決意は本物だろう。


どうせ、金は稼がないといけない。

手伝ってやりたいと思う。

何よりこの娘は俺より頭が回りそうだし俺より情報を持っている。組んでも損はない。


「ピエタ」

「はっ、はいっ!」


受付から俺を呼ぶ声がする。


「俺に手伝わせてくれないか。君を」

「い、良いんですか!?」


受付のお姉さんが俺を見て手をあげる。照合完了のようだ。


「俺はそこそこ使えるぜ?何せ″ハンデールの勇者″なんて呼ばれてたから」

「そうなんですか!?凄いっ!!そんな人から協力していただけるなんて!!嗚呼、神様!感謝します!!」


俺はお姉さんに手を上げて了解したことを示すと、花がほころぶように笑うピエタに右手を差し出した。


「じゃあ、よろしく。相棒」

「はいっ!よろしくお願いいたします!ジュウゴさん!」


ピエタも立ち上がり俺の右手を両手で包む。少し上を見上げる姿勢はかなり新鮮だ。

ずっと見下ろしてたからな、俺の相方の時は。


あ、そうそう、気になっていたから言わなきゃ。


「先ずはさ、その″男用の革鎧″、どうにかしよう。窮屈だろ?それじゃあ」

「え?………………っ!!?」


ピエタが自分の胸を見る。

そこには平らにしか作られていない鎧の胸部を思いっきり湾曲させ、痛そうなくらいに潰れている大きな大きな桃が二つ。


途端に顔を真っ赤にさせて、ピエタは胸を隠してしゃがみこむ。


次いで短くも甲高い悲鳴。


「……視線がいてぇ……」


嗚呼、でも、これを売りつけた店主の気持ち、わかるかも……。


まあ、それはそれとして、とりあえず、受け付けに行こう。


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