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神をも喰らうヴァイセント  作者: 文悟
第一章・ヴァイセント
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第一章・エピローグ

メイプルは無事戻ってきた。


体の傷はナハトラハルの″やり方″が上手かったのか深くはなく、数週間のうちに消えて、痕も残らないという。息子にやるつもりだったらしく、奴のなかでは比較的丁寧に扱っていたのだろう。とにかく無事で良かった。



ナハトラハルの処理も穏便に済みそうだ。


男爵に森のアジトを潰されたことで激昂した[餓狼(バ・ルー)]の頭バンドクが、屋敷を襲撃、家宝を強奪した。そこへ偶然やって来た俺が男爵と共闘するがナハトラハル男爵は息子を守って名誉の戦死、バンドクは大型の爆弾を抱えて手下と爆死した…………という″シナリオ″だ。


怯えて操り人形のようになった息子や使用人の口裏を合わさせるのは簡単だった。

あとは散々怯えさせた息子が真っ当に生きてくれればいい。



人拐いと人買いについてはまあ、これから進展があるだろう。



さて、これにて一件落着………とはいかなかった。



問題は、俺の体に起きていた。





「ぐぁ……ふうっ…くっ………ぁ…………ぁぐ……」



俺たち二人が無事、ハンデールの宿屋[絹の寝床]に戻った翌日の夜明け前のことだ。


嫌な夢を見てうなされ飛び起きた俺は、体も頭も熱を帯びたようになっていることに気付いた。


「最悪だ……」


夢はメイプルや千智、母さんや元の世界で親しかった女性を襲う夢だった。

しかも、その体にかじりついた時の充足感と言ったら名状し難いものだった。柔肌に牙を挿し込み、流れる血を啜る時の感触が今も残っている。


熱い。

頭の奥、胸の奥、腹の奥、全部が熱い。


澱む思考が理性を侵す。



酷い飢餓感が襲う。

そして、焼けつくほどの破壊衝動。


いつもの空腹によるものじゃなかった。

体感したことのない身を焦がす感覚。


それが何かは判る。多分間違いない。



竜の呪いの三つ目……[強淫]。



俺は初めて呪いに恐怖した。これほどに強烈なモノなのかと。他の二つの比じゃない。こんなにも邪悪な感情になったのは初めてだった。

ここに居てはいけない。そう思った。


ふと、隣のベッドを見る。見てしまった。


そこではメイプルが安心しきったような顔で小さく丸くなっている。

明るくなりはじめようとした外界からの僅かな光でもキラキラと輝く月色の髪や睫毛が綺麗だ。

細い首筋もまるで上等な細工物のよう。



ああ、あの娘を貪りたい。



本能が訴えかける。

ダメだと何度自分に言い聞かせても、止まらない。




気付けば白濁とした思考のまま、彼女を組み敷いていた。


まだ目覚めないメイプルは人形の様だった。細い手首を押さえ込み、頬にすりよる。

甘い香りがした。

それが芯に響いて余計に思考は濁る。

うなじに、耳に、首筋に啄むようにキスをする。それに合わせて時々くすぐったそうに声を上げるメイプルが愛しい。


体の芯から燃え上がっていく。


征服したい。

壊してしまいたい。

食べてしまいたい。


そして、思わず、その細く白い首筋に歯を立てた。


「いっ…たっ…!だれ?ちょっ…え?ジュウゴ!?」


起きてしまった。でも、関係ない。

俺は小さく出来た傷口から溢れた血を舐めとるとまた同じところに牙を立てる。


「あっ…くぁ……ちょっとジュウゴどうしたの!?痛いよっ?」


美味しい。

狂いそうなくらい美味しかった。

このままがぶりといってしまうか。


押さえつけていた片手を離してそのなだらかな双丘を掴む。思いの外充分な感触に俺は悦び、寝間着の上からかじりついた。


「んっぁ……」


メイプルはそんな俺の奇行にまさかと思い至る。

三つの呪いのうち最後の一つ。

平気だとは言っていたが、他の呪いだって突然発動することがある。

それに昨夜は魔神と呼ばれるモノまで喰っていた。何かあってもおかしくはない。


メイプルは強ばらせた体の緊張をあえて解き、胸元に顔を埋める俺の頭を撫でた。


「っつぅ……ジュウゴ……ねぇ………アナタがしたいことならなんだって受け入れる。だから、ちゃんとアタシを見て。この目を、見て」


俺はその優しげな声色に惹かれ、メイプルの顔を見上げた。


絡み合う視線。

俺は彼女の宝石のような朱と翠の瞳を見つめた。

そして、彼女も俺の瞳を見つめる。


俺の、真紅の瞳を。


「っ!……悪魔の瞳…やっぱり…」



魔神吸収、魔力過供給による魔物化。その前兆。


メイプルはそのことこそ知らなかったが、明らかな危険が俺の身に迫っていると理解した。



「……ジュウゴ…」

「メイプル」



俺は呼び掛けに反射した。

ああ、どうやって食べようかと思考が蕩ける。


[貴方(ヴィタ)(モルテ)なら(アモル)ねる]」


「?」



それはメイプルのお気に入りの恋物語に書かれていた言葉。すべてを捧げる覚悟を告げる宣誓。


キョトンとしていた俺の唇にメイプルの柔らかな唇が触れる。そのままぐっと引き寄せられ、体勢を崩した俺は彼女に応えるようにその背中に手を回す。


舌を挿し込み、メイプルの口内を探った。

初めはおっかなびっくりだったものの誘うように撫でると柔らかく絡ませてきた。


どれほどの時間そうしていただろう。


もう、彼女の息で俺が呼吸し、彼女は俺の息で呼吸しているようさえ思えた。


絡めれば絡めるほど、吸えば吸うほどに満たされる感覚。


そして、唇を離す。


メイプルの指先が頬を優しく撫でる。

俺はその指先にあまがみをし、また見つめあった。


「ねえ…ジュウゴ、アタシはアナタが好き。大好き。アナタがそうしてくれたように、アタシは死んでもアナタを助ける。例え食べられることになったとしても。だから《お願い》いつものジュウゴに戻って」



「うっ!……」



頭の奥でカチリとスイッチが入るような音がした。


>[命令受理]


「ジュウゴ!?どうしたのっ!?」


>[実行]


「あ、ぁぁぁぁっ、あぁぁぁっ………」



頭のてっぺんから爪先までまるで掃除機でもかけられているかのような感覚が全身を駆け抜ける。

強烈な熱も、破壊的な衝動も、邪悪な感情ももやのかかった思考もクリアにされていく。



そして、完全に消えた時、俺の頭の中は暗闇に落ちた。



>[再起動中…………]





……………




目を覚ましたのは、メイプルの膝の上。

朝食の時間を過ぎていた。


体が重い。


そのままでいいと言うので何故か枕があるのにベッドの上で膝枕という奇妙な体勢で、俺はこの状態になるまでの顛末を聞いた。


うなされて起きてメイプルを組み敷くまで覚えていたが他が合致しない。


第三の呪い恐るべし。

たまに抜いて発散しておくべきか。


だが、多分今回の呪いは魔力の影響が強いだろうとメイプルは言う。一度は両目が深紅になったというのだ。いまは何故かもとの黒い瞳に戻っているらしいが。


「でもどうして急に収まったのかしら?」

「いきなり頭がスッキリした感覚はあったんだ。あとは…あぁ、確か命令受理とか実行とか、そんな言葉が頭に浮かんだかな」

「……魔神の力かな?」

「いや、強制的だしどっちかと言うと呪いのような気がする」


二人して首を傾げる。


すると、メイプルがぽんと手を打って、最後にした行動と言葉を再現した。


無理矢理唇を奪われた。くすん。



色々試して判ったのは、魔神の呪いは[服従]であるということだった。


命令は口づけを交わして《お願い》と言葉にして行わなければならない。

命令は本人の意思の如何に関わらず実行される。

命令は一度に一つまでで、重ねがけや複数を並列で実行はされない。


これが今のところの条件だが、これは軽そうに思えて実はかなり重い呪いのように思える。


…………メイプルめ、散々俺で遊びやがって。



そんなこんなで日が暮れて、結局今日も出発出来なかったと嘆きつつ、風呂あがりにメイプルの背中に薬を塗っている。


「ん……あ………っぁ……くぅん……」

「ちょっとメイプルさん、変な声出さないでくれますぅ!?」

「だって、くすぐったいし、お薬が冷たくてぇあぁん」


わざと!?わざとなのっ!?メイプル恐ろしい子!


キスをしてから何だか気持ちの距離が近い。

そのせいで湯上がりのうなじが、背中が、脇が、ヨコ乳が、尻がっ!!


「…………」

「……ねぇ、ジュウゴ…もしかしていま、ムラムラしてる?」

「ぜんぜんしてませけどぉぉっ???」


ガンガンしてますんけどぉっ???←

一言で現せばマイサンは振りまくったコーラ状態です。



「真面目な話……呪いを抑え込んだら…いつか爆発するわよ?」

「………ああ。分かってる」


正直あんな感覚二度と味わいたくはない。

メイプルの首筋に残る歯の痕を見れば尚更そう思う。


何より、体の中にまだ、大量の熱量が渦巻いているのが分かっている。吐き出さなければいつ爆発するか判らない。これは隠していたが、あぁ、もしかしたら、メイプルはなんとなく気付いているかもしれない。


呪いは人間であることを保つための鎖なのかもしれないとメイプルは言う。

超常の力をヒトの器に押さえつけるのに必要な枷なのだと。


だから、抑えてはいけない。


「でもね、そういう理屈はあとにする」


ふと、薬を塗っている途中で立ち上がり、前を隠していた布も取り去った。


部屋の灯りを消し、こちらを振り向くと、産まれたままの姿を惜し気もなく月光にさらす。


「″これ″がアタシのすべて。なんにもない。あるのはアナタのくれた名前だけ」


まるで月から落ちた妖精を見ているようだった。


「アタシの隙間を埋めてほしい。アナタで」


メイプルははにかんで小さく両手を広げる。



そして俺も、一度ゆっくり瞬き、両手を広げた。




あとは言葉はいらない。


朝日が昇るまで愛し合った。








…………翌日。




「やぁ、おめでとう!!アンタたちようやく結ばれたんだねぇ!」



朝飯より少し早い時間に何故かバンドーさんと姉で服屋の店主のアーシアさんがやってきた。


いや、何故知っている。


バンドーさんは申し訳なさそうな顔をしながらアーシアさんの後ろで、日本人のよくやる片手を顔の前に出して拝むような仕草。

その手には湯気の立ち上る桶と布。ベストのポケットには多分なんかの塗り薬が入っているようだ。


「でもね…」


にっこにこ笑うアーシアさんの笑顔が怖い。

何故か肩を掴まれる。


「怪我した女と″朝まで″は、いただけないねぇ」


バンドーさんがペコペコ謝り口パクで何かを伝える。



は、を、く、い、し、ば、れ?



瞬間、ずぱしーーっん!と俺の頬が高らかに音を上げ、真横に吹っ飛ばされた。


「さあ、湯桶と薬を置いたら男どもは出ていきなっ!」



俺は魔神より恐ろしい雷に戦慄し、バンドーさんと尻尾を巻いて逃げ出した。




それが、ハンデール最後の思い出になる。


………とほほ。










▲△▼▽▼▽▲△▼▽




「さよーならぁー!!」



ハンデールの町を背に俺たちは進む。


もう互いが小さくなったのに多くの人が町の出入り口で手を振っていた。


メイプルはそれに応えながら何度も別れの言葉を口にする。


「さて、今日中にどこかの村に着きたいな」


「アタシは野宿も好きよ?」


二人の行き先は、北。


隣国プラブドール国境近郊の町[オラバルト]。


「美味しい食い物あったらいいなぁ」

「ちゃんとお小遣い以内で買ってね」

「えーっ!?」


二人の旅は始まった。




第一章エピローグです!もう少し量を書けてたら文庫本一冊……序章から読んでいただいたかたありがとうございました!途中からでも読んでいただいたかたもありがとうございます!拙い文章、まとまらない話を読ませてしまったかもしれません…ですが、どこかで胸を熱くしたり、うるっときたり、笑ったり、キャラに怒ったりしてくれたら幸いです!次は二章!よろしくお願いいたします!


また、こちらとは投稿文字数を調整した形で別作品も近々出します。


[シンカの魔獣使い(ビーストテイマー)]となる予定ですので触れていただけると嬉しいです!


まずは、一章。

ありがとうございました!

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