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神をも喰らうヴァイセント  作者: 文悟
第一章・ヴァイセント
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神をも喰らうヴァイセント[中2/2]

びゅぅ、びゅぅと音を立て、夕陽に染まる白砂の大街道を黒い風が駆け抜ける。


北へ。北へ。


風の行く先はハンデールから北の森にあると思われる悪党のアジト。


「あの森はこの地方の北部を管理されているナハトラハル男爵の直轄で軍も定期巡回から外す絶好の隠れ家だ。本来なら賊などが隠れ住める場所ではないが、法では゛何もしていないと見える゛なら評判や見てくれがどうあれ罰しないのが原則だ。その上ナハトラハル男爵は稀代の善人でらっしゃるから…」


見落としている可能性はある、とバシールさんは言う。

確かに東の森や山に近い場所はネグロピコが現れる。

見落としているのか見逃しているのかは知らないが、そこにある可能性は低くない。


さらに、その予測を裏付けたのは意外にもバンドーさんだった。





「花の匂いのする場所へ走りなさい。アンガレアの赤い花だ」



部屋に戻り、刀やナイフを装備していた俺のもとへ話を聞いたバンドーさんが慌ててやって来て開口一番にそう言ったのだ。


「私は以前、恥ずかしい話だが、酒の勢いで人買いのもとに競売に参加しに行った事がある」


驚く俺に唇を噛んで、絞り出すように続ける。


「人を買うことは犯罪ではなく、法で間違いなく認められたものだ。……それが、正規の手順を踏んだものならば。私は、酒場で知り合った男に安全だ合法だとせられ、そこへ行った」


バンドーさんの握った拳が震える。


「戦慄したよ。酔いなど一瞬で醒めた。アレは間違いなく違法だ。……結果、私は好みがいなかったとうそぶき、買わなかった。その帰りの道中にその男から聞かされたよ。もし、買いたくなったらいつでもどうぞ、[アンガレアの赤い花が目印だ]と」




そして、その花が一番多く咲く場所、それこそが北の森だ。


「゛花を売るのは花咲く場所で゛か?ふざけてる」


俺はさらに足へ力を込めて加速した。


もう、夕陽も地平線に沈む。

街道を行く人の姿はない。だが、もう見られたとしても構わなかった。


「いま行くからな……゛メイプル゛」


そう、呟く。

その度に自分の愚かな言葉が反芻され胸を穿つが、言葉にせずにはいられなかった。


「きっと、゛助ける゛」



ぐんっ!ぐんっ!ぐんっ!と加速する。



最早それはヒトの出せる速さではない。

駿馬でさえも相手にならないほど、速い。



地面には一足踏み込む度に足形が残り、以降ハンデールの周辺にはまた奇妙な伝説が残るのだが、そんなことはもう、気にもとめていなかった。



ハンデールから八里離れた北の森。



着いたのは出発から十五分ほどだった。








▲△▼▽▲△▼▽▲△▼▽




北の森の奥に、赤い花に囲まれた木造家屋が建っている。

家屋と言っても森の中。

大した大きさではないが、地下には大きめの部屋二つもあり、そこには数人の少年少女がつながれている。


ここは、[餓狼(バ・ルー)]のアジトの一つ。

そして、簡易な人間競売所だ。



その一階の入り口付近では、見張りがてらに木製の簡素な椅子にくたびれた壮年の男が座り、テーブルに置かれたクバ麦酒の瓶を遠い目で弄んでいた。




今夜は上手い酒が呑める。



男はそう思ってクバ麦酒の並々注がれた木のコップを傾けた。


男は一口飲む度に左の腕を撫で、ため息をつく。


運が良かったのか悪かったのか、先日ちょっと高めのメスガキに手を出したら化け物に出くわし、ガキを奪われたうえ、腕をへし折られた。自分以外は全員惨たらしく死んだことを考えたら、命からがら逃げ延びられたのは幸運だろう。

左腕はもう使い物にならないが。


何よりあのメスガキを再度見つけ、買い主に引き渡すことができたのはまさに奇跡。

まだまだツキがある。



「兄貴、アザムの兄貴。見張り、交代しまっス」


もう一口飲んだところで軽薄そうな若者が背後から声をかけてきた。


「おぉ、バナー。まだいいぞ。俺は一瓶空けてから寝るからよ」


若者はそっスか、と言いながらもいつでも交代出来るように立って待ち、時折酌をしてくる。

薄っぺらい奴だが人の懐に入るのが上手い。なかなかに腕も立つしいつかコイツが餓狼を率いる日が来るかもしれない。


そんなことを考えながらまた男は左腕を撫でる。




コンコン…………



ノックの音が転がったのはその時だ。



コンコン…………



不気味なくらいに静かで丁寧な叩きかたにアザムは腰を浮かして腰のナイフに手をかざす。


「んだぁ?誰だこんなとこに。゛使い゛が来るのはまだ先だがなあ」


そう言って警戒もなくドアに近付くバナー。


「お、おい、バナー!気を付けろ!?」

「心配ないっすよ、兄貴。ここは男爵管理の森の中だし、だいたいもう陽は落ちたんですから、そんな危ない時間にこんな゛危ない゛とこに来るなんてバカか同業者か、はたまた…魔物か…なんてね!へへへっ」


茶化すように肩を竦めるバナーは、そのままドアの覗き窓を開けた。


「誰だ?こんな時間に。今夜は゛競りの予定゛はねえゾ」


覗き窓の隙間から、相手の眼が覗く。


二つの黒い瞳。


アザムはハッとして息を呑み、立ち上がる。


全身が粟立つ。


ヤバイ。絶対にヤバイ。


「バナーッ!!!」


そこから離れろ、そう口にする前に、鉄を挟んで作られた分厚いドアがまるで薄っぺらな紙のように蹴破られ、薄っぺらな若者ごと吹き飛んでいく。



そして、破砕された入り口から、黒髪黒目の見慣れない格好をした若者が怒りをあらわに入ってくる。




「ひとつ、訊ねる。『はい』か『そうです』のどちらかで答えろ。………ここに、お前たちが拐ったひとたちがいるな?」



アザムは壊れた人形のようにかくかくと首肯し、か細く『はい』と答える。



魔物のほうが、どれほどに良かったか。



アザムは自分の運がすでに尽きていることを悟った。



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