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神をも喰らうヴァイセント  作者: 文悟
第一章・ヴァイセント
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神をも喰らうヴァイセント[中1/2]

コォォォォン……コォォォォン……


夕暮れを告げる鐘。



もの悲しい響きが支配する世界。


独りきりの部屋には喧騒が遠く聴こえるだけ。


寝息もなく。ため息もなく。動く事すら忌避されるような緩慢な時が流れる。



もう何時間か……エルザは戻ってこない。


俺は出発の準備を整え、飯を口にし、バンドーさんたちに挨拶と出発の予定を伝え、それからはベッドに横になっている。


その間、エルザは一度も俺の前に現れなかった。



「知るか…あんな奴…」


ひとの恩を仇で返すようなこと言いやがって。


悪態はついてみた。

だが、胸の奥は気持ちの悪い感触が消えない。



コォォォォン…コォォォォン…



過ぎ去っていく鐘の音。

そこに、ノックの音が転がった。


「…あぁ、我が勇者、起きてるかね?」


バンドーさんらしい。

遠くからでも臭いで解るはずが、いまのいままで気付かなかった。


「あ、はい。起きてます。どうぞ」


そう促すと、バンドーさんが苦笑しながら入ってくる。


「何だか、妹夫婦の部屋に入るみたいで緊張するねどうも」

「まあ、事実ではありますけどね」

「そうなんだがね。ははは…」


バンドーさんは頭を掻きながら部屋の空いたベッドを一瞥してため息をついた。


「まだ…我が姫君は戻らないのかね?」

「ええ。どこほっつき歩いてるんだか」


いつもなら今頃『さあ、食堂に行くわよ。今日の料理は○○らしいわ』とか言って部屋の入り口で腕組みをしているところだ。


「…独身の私が…色々口出しするのもなんだが…女の子との喧嘩は、よっぽどじゃない限り男から謝るのが一番丸く収まるよ。姉さんの受け売りだがね」

「…………そう…です…かね?」

「そんなもんさ」


だが、お互いに作った溝は深くなくても複雑だ。

いや、冷静に考えればもっと上手い言葉はあった筈なんだ。


憤怒の呪い…これがいま、怨めしい。


「さて、まあ、くよくよしててもだな我が勇者、何も始まらん。物事は動かなくては動いてくれないものさ。とりあえず、いま食堂には北の村から帰った君の待ち人がいる。ベッドで無闇に時間を使うより、いい方向に転がるよ」


そう言ってバンドーさんの手がベッドに座る俺の背を叩いた。


「は、はい。ありがとうございます」


どうやら、商人が帰ったようだ。

俺は、促されるまま、おたおたと食堂に向かった。





食堂に行くとちょうど飯時のため、人でごった返していた。


そのなかに、商人らしき人を探すと中央の大テーブルに座る白い外套を羽織る初老の男性に見覚えがあった。

俺がこの町に来た夜に、怪しい奴と俺を誰何した衛兵らしき人物、その人だ。


「バシールさん!」


俺は彼の名を呼ぶと、彼もすぐさま気付きこちらへやって来た。

バシールさんは商人でありながら協力衛士として町や近隣の村の巡回をボランティアで行っているという人で、ちょうど俺が森に狩りに行くことでひと騒動起こす前に聞き込みをお願いしていた。


「やあ、勇者くん。久しぶりだ。ちょっと、出掛けてる間に今度は伝説(ザーゲ)になっててビックリしたよ」

「いや、お恥ずかしい。…ところで、早速ですがどうでしたか?俺と同じ特徴の人間の話は…」

「ああ、それなんだがね、私が行った地方では見なかったそうだよ」

「そうですか…」


これで、ハンデール周辺は十里ほどに渡って手懸かり無しだ。


「だがね、手は無いこともない」

「えっ!?」


神妙な顔つきで顎を撫でるバシールさん。


「いや、眉唾な話しだが、ここから北へ街道沿いに北上していくと[オラバルト]と言う町があるのは知っているね?」

「はい、知ってます」


当然知らない。


「そこに最近[プラブドール]からやって来たって言う奇術師が居てね。そいつが気まぐれでやる占いが外れないらしいんだ」


プラブドールはシーリカの隣国で、大陸北東を治める国で、三大国のひとつだ。


「探している人が北に向かった場合もある。どうせ

手懸かりがないなら占いにすがるのもアリだと思うよ」


確かに一理ある。

それに、こんな常識の通じないものがゴロゴロある世界なら必中の占いもあるかもしれない。


「参考になります!ありがとうございました!」

「いやいやなんの。…あ、そういえばあの娘さんは元気かな?」

「娘?あぁ、エル……メイプルのことですか?」

「そうそう。あの赤い眼の彼女はまだここに?」

「ええまぁ…」


そう言うとバシールさんは良かった良かったと頷いた。


「いやね、帰りの道中、嫌なことを聞いたものでね。心配になってしまって」

「嫌なことですか?」

「あぁ、そうなんだ」


バシールさんは声を潜め、俺の耳元まで顔を近づけると苦々しく囁いた。


「どうやら彼女を襲った連中がまだこの近辺にいるようだ」

「なっ!!?そんなっ!?」


アレで全部じゃあ無かったのかっ!?


「吐き気のする話だが、人拐いとは賊に身を落とした愚か者たちにとっては゛安全な職業゛だ。なり手は多い。それに彼女を襲ったのは傭兵くずれの[餓狼(バ・ルー)]だと解った。傭兵時代は百人を超える大集団だったらしいから…魔物にやられた連中などはごく一部に過ぎんかもしれん」


十人以上はいたが、アレがごく一部だとしたらこの国の治安はどうなってやがる。


「で、今回の商業巡回は奴らへの警戒を含めてのものだったんだが……遅かったよ」


悲しげに目を伏せるバシールさん。


「まさか、もう被害が?」

「ああ、八人ほど。それと二時間ほど前もハンデールに戻る道すがらすれ違った商人から、拐われていくのを見たと通報を受けた。遠目には身なりの良い十四、五歳くらいのお嬢さんだったそうでふと、あの娘を連想してね」


嫌な…嫌な予感がする。

二時間ほど前ならエルザが出ていってから少し後くらいだ。


「あ、あの、その方は他に特徴は言ってなかったですか?」

「特徴は……いや、特にそれ以外は…あ、そうだ!近くでこれを拾ったそうだ。その娘の持ち物であるかは判らないが」


そう言って懐から布を取り出す。

そして、それを開くと、そのなかには、



小さな、赤い蝶の髪留め。




「くそっ!!」




俺は食堂を飛び出し、外へ駆け出した。


通りに出て、辺りを見回す。


当然、そこにはいないが思わず雑踏に彼女を探してしまった。



北?北か。北だったな!


焼けるような焦りが胸を焦がした。


「ジュウゴくん!!待ちなさい!!どうしたんだいったい!?」


バシールさんが後を追ってくる。


「その髪留めはメイプルがバンドーさんに買ってもらった品です!彼女はそれがお気に入りで最近はいつも身に付けていました。かなりの細工物ですから、同じものはそうそうないでしょ!?」


バシールさんの手の上で夕陽に輝く蝶。

確かに相当な凝りようだった。


「ではまさかっ!?」


「…拐われました。恐らく[餓狼]に」



夕陽を背に鳥が飛んでいく。

まるで、帰らぬ人を表すかのように。








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