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神をも喰らうヴァイセント  作者: 文悟
第一章・ヴァイセント
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神をも喰らうヴァイセント[前]

ハンデールに滞在して十日。


ここでの母さんたちの目撃情報の収集は完了しようとしていた。

衛士や商人に近隣の村や町に行った際に、同じ特徴の人間を見なかったかと訊ねてもらっていたのだが、その最後にお願いしていた方のハンデールに戻ってくるのが明日の夕方の予定なのだ。


この町の周辺にも痕跡はなく、情報も今まで得たものはすべて空振りだ。


「とりあえず、明後日には出発か」


その為、今日は荷物の点検をしていた。

当然のことだが、他の人間に見せると騒ぎになりそうな物もあるので、部屋に籠って作業だ。


俺は、村で作ってもらった竜と牛の合皮のリュックサックと旅行鞄から一つ一つ服や道具を丁寧に取り出して並べていった。


麻の上下にトランクスが三枚、ボールペン二本とライター、空の五〇〇ミリペットボトルとハンディライト大、ソーイングセットや、爪切り、ハサミ、そして欠かせないお泊まりセット。

あとは、大きい布が一枚と体を拭いたりするようの小さい布が三枚に六メートルほどの縄と小鍋と器代わりのステンレスコップ各一個にスプーン。


一年かかって、あの竜のいた森で見つけたものはだいたいこんなものだ。大きくて村でも使えそうな物は全部置いてきた。



リュックを空にすると、太陽に向けて中を覗き、穴が空いていないかのチェックをする。

きつく結ばれていてほつれはなく、革にも穴は空いていなかった。


さすがに竜の皮はかなり丈夫だった。

傷にも汚れにも強く、耐熱耐水だから文句なし。


わざわざ埋めたものを掘り返して皮や骨を回収した甲斐があったというものだ。

本当はこれで身を守る装備でも欲しかったが、竜を殺した際に噴き出した血を浴びたジャケットやシャツ、ジーンズなどがやたら頑丈になっていたので結果これ一択。

俺はファンタジー世界の醍醐味をほとんど味わえてなかった。


[布の服を装備した]…防御力が八上がった


とか、やりたかった。


未だ胸には[出会えばみな兄弟]の文字が赤くパンクっぽい感じになって輝いている。



と言うか、黒ジャケットにワインレッドのアロハを併せてジーンズ、スニーカーとかどこかで間違った

感じのチンピラだ。



ジャケットを脱いでテーブルに載せ、スニーカーも脱いで傍に並べて点検の準備をする…とそこで、ドアの向こうから豚や鳥の血の臭いが近付いて来るのに気付いた。


俺はよっこらせと立ち上がり、ドアを開ける。


「………気が利くわね」

「だろ?」


メイプルが桶いっぱいの血を持ってドアをノックするところだった。



…………




「何で点検に血を使うわけ?」


不思議そうな顔で訊いてきたのはメイプルだ。

窓は開けているものの、結構な獣臭がするので離れた場所で鼻を摘まんでいる。


俺はメイプルが食堂からもらってきてくれた桶の血に布を浸し、その前にジャケットやシャツ、スニーカーなどの他、刀やナイフを並べていた。



「前に話したけど、竜の血を浴びたものは人間でも物でも竜の力を得るんだ。呪い付きでね。人間なら怒りで暴走する[憤怒]、異常な食欲の[暴食]、強い性衝動に身を焼く[強淫]の三つで苦しむ。今のところちょっとムラッとするくらいで強淫で苦しんだことはないけどな」

「……ふぅん……」


何だかふぅん…が怖い。


俺は刀を手に取り、眼前にその白い鞘を持ってくる。


「と、とりあえず人間はそうなんだけど、物には呪いは有効じゃないみたいなんだ。代わりに……」


鞘から、スッと刀身を引き抜く。


「なにそれ?ザラザラ」


刃がすべて赤く錆びていた。


「代わりに血を吸わせないとこうなる。この刀は最近使ってなかったから、こうなってしまった。でも血を吸わせれば……」


俺は血を浸した布を取り、刃の根本から錆を拭うように尖端まで滑らせた。


しゅうしゅうしゅう………


まるで焼けた鉄に水をかけたような音を立てながら、錆が熔け、布の後を追うように美しく輝く刀身が現れる。


「うわぁ!凄い!まるで魔法ね!」


熔けた錆は布に移ったわけでも削れて落ちたわけでもない。熔けて消えていた。また、布の刃を拭った部分の血も消え去っていた。まさに、吸い取ったのだ。


「この他にも俺が竜を倒した時に身に付けていた物の大半がこうなってる。これらは血を充分に吸えばそこらの刃物じゃ傷もつかないし火にも強い。だけど血を断つとそこらのボロにも劣るんだ。だからこうやって時々拭いてやらなきゃならない」


ジャケットを拭えばジャケットが。

スニーカーを拭けばスニーカーが。


しゅうしゅうと音を立ててまるで新品のような質を取り戻していく。


「ジュウゴはほんと妙な物持ってるわねぇ。他の道具も珍しいものばかり」


臭いにだいぶ慣れたのか、メイプルが近づいてきて、ライトを手に取るとカチカチと点けたり消したりいじり始めた。


「壊さないでよ」

「壊さないわよ。………あのさジュウゴ。今日は何で急に荷物の点検とかしだしたの?」

「うん?あぁ、明日の夜には周辺の村や町での母さんたちの目撃情報が出揃うんだ。だから、明後日には出ることになるから、バタバタしないようにいまの内にね」

「………そう………明後日には、か」


何か含むように呟いたメイプルは、しばらく黙って点検の様子を見つめ続け、それが終わる頃、よしっと気合いを入れて急に自分の服をまとめ出した。


「どうしたの、急に片付けてはじめて」

「ほら、アタシも準備しなきゃ。明後日には出るんでしょ?出るときにバタバタしないようにってね」

「あぁ、なるほどね。メイプルはどこに向かうんだい?」

「何言ってるの?それはこっちの台詞よ。どこに向かうか決めてないの?」

「あ、いや、俺は情報次第だけど多分アルツファーブかな。で、メイプルはどこに向かうの?家は無理だよな…どこか決めてるなら途中まで送るよ」

「………何、言ってるの?」




そこで、静寂が訪れる。

メイプルは蒼白い顔で俯いて、服を畳むのを止める。


「アタシ……ジュウゴに…ついていくよ?」

「えっ?それは………連れては、行けないよ」


まさか、付いてくるなんて言うとは思わなかった。


「何で?」

「いや、何でって…この旅は俺の家族を探すための旅だし…」

「一緒に探せば良いじゃない」

「危険も多い」

「ジュウゴがいる。平気」

「いや、でも…」

「何でっ!!?何で、何で、何で!?何でダメなのっ!?」


メイプルは溜め込んだモノを発させるかのように叫ぶ。


「アタシは、帰るとこなんてないのっ!行くとこなんてないのっ!住む家もない、身を寄せる親類なんていない!孤児院にでも行けばいいのっ!?アッチもコッチも信用できない世界で、このままじゃアタシひとりぼっちじゃない!!こんな風になるなら死んだほうがまだ良かった!!」


まるで子供のように喚き散らすメイプル。

彼女の体験したことの辛さを考えれば仕方ない事とも思えた。

だが、最後の言葉は許せない。


「じゃあ俺は、あのままお前が何人もの男に犯されて、そのあとまた別の場所でなぶられるとしても止めなかったほうが良かったのか?」


静かに体の奥から、制御不能の怒りが鎌首をもたげる。

その気配を察してか、メイプルは一瞬ビクッと震えるが、しかし、止まらない。


「アナタは、見ず知らずのアタシを助けてくれて、唯一信用できるって思える人だったのに。結局アタシを見捨てていくんだ。それなら、初めから助けてくれなくたって同じよ…」


吐き捨てるように。


「なあ、メイプル……いや゛エルザ゛。いまお前から俺の頭に響いて来た言葉はさ、[信用]だった。俺はお前に[信頼]されてなかったんだな。……お前のこと助けてすまなかった。もう二度と助けたりしないよ」


結局俺もよせばいいのに。沸き上がりかけた憤怒を噛み殺し、それでも皮肉が絞り出た。


その後二人の会話はなく。



メイプルが部屋を静かに出ていった。







…………………………






宿屋[絹の寝床]の入り口を遠巻きに見つめる影が二つ。

一つは腕を怪我しているのか、しきりに左腕を撫でている。

もう一つはかなり大柄で、腰に大きな弯刀を装備している。


彼らは朝早くから宿の入り口を見張っていた。


獲物はまだ、現れない。


…と、その時、宿の入り口に少女が現れた。

大人びた顔立ちだが、体躯は小さく、月色の髪が美しい。


少女は本来なら誰もが振り向くであろうその顔を悲しげに歪めて商店街へと走り去っていく。


血のように赤い瞳に涙を浮かべながら。


腕を怪我した男が囁く。


「間違いありません。アレが商品の[エルザ・ブレモンド]です」




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