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神をも喰らうヴァイセント  作者: 文悟
第一章・ヴァイセント
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隙間小話2・二人の物語

滞在から六日目の朝、切る薪が無くなり、珍品ネグロピコの肉が手に入った結果『充分に働いてくれたよ!』とバンドーさんから逆にお小遣いまでいただいたうえでお仕事がなくなってしまった。


「なので、お小遣いをください」


メイプルと一緒に寝泊まりするバンドーさん妹夫婦の部屋。

メイプルは上等な絹のベッドに寝そべり、本を読む手を止めないままに、手を差し出す俺に一瞥をくれる。


「何で?」


何で?ときた。


「いや、買い物に行きたいのですが」

「あとで一緒に行ってあげる。今は我慢しなさい」


何この上から目線。


「いや、俺のお小遣いなんですが」

「ジュウゴじゃ管理に不安があるからアタシが管理するわって、言ってなかった?」


そう、現在の俺の全財産まるっと彼女の管理下に置かれている。気付いたらそうなっていた。俺は度々俺の金だと主張するのだが、


「だって、アナタ、お金があったらあるだけ食費に飛ばすじゃない。呪いの件は知ってるけど、ギリギリまで我慢してもらわないと一日で消えるわ」


と言われたらぐうの音もでないわけだ。


「街に出て妹さんたちの行方を探してきたら?それか捜索のついでに森であのネグロピコでも狩ってくればいいじゃない」


パンがなければ、狩ってくればいいじゃないとでも言うのか。


「ネグロピコはもうほとんどいないよ。卵も残ったのはみんな持って帰ったからその日のうちに食べちまった。母さんたちの情報も衛士の方々や商人のみんなに協力してもらって近隣の村や町から集めてもらっているところだし。俺が出来ることと言ったら買い物しながら人に話をしていくくらいなんだよ」


幸い、町のみんなの覚えは良い。

行く度会う度『我らが勇者!』『我らが伝説(ザーゲ)』と呼ばれるのが厄介だが、覚えてもらうと母さんたちが出会った時に思い出してもらえるはずだ。


「それに、メイプルだって毎日違う服着て違う靴履いて、最近なんか髪飾りや本まで買ってるじゃないかよ」


今も読書用なのか、紅い蝶の髪飾りで髪を後ろでまとめて、前髪もやはり、小さな紅い蝶の髪留めで避けている。かなりの細工物だ。

着ている服も手間隙かけたような淡い月色のフリッフリなワンピース。靴まで合わせて新品で、今読んでる本なんか昨日店に仕入れられたばかりのなんやちゃら恋物語の新刊だと知っている。


新しいものずくめだ。


「服や靴は新作が出来たから試着してくれってくれたの。髪留めはバンドー伯父様が宿に泊まった商人から買ってくれたの。でも、本はアタシのお小遣いから買ったのよ?これ、高かったんだから」

「お前もお小遣い貰ったのかよっ!?」


気に入られてんなぁチクショウ!


「ハァ……ったく………………仕方ないわね。いくら欲しいの?」

「おっ!良いのか?!金貨二枚でいい!」


こちらの金銭は割りと現代社会に近いものがあった。恐らく効率や規模が大きくなり汎用性を求めると、人間はだいたい同じ思考に行き着くらしい。


この世界では白貨(十万)、金貨(一万)、銀貨(千)、銅貨(百)、半銀(十)と分けられており、国家や豪商ともなればさらに上をいく紙幣や大貨幣が使われる。


手のひらサイズのパンが銅貨一枚や一枚半…この場合は一枚と半銀一枚を指す…で買える。


酒場などで成人男性一人が腹一杯飲み食いしての平均価格は銀貨二枚弱なので、俺の要求は若干、気持ち、それなりに高いかもしれない。


「認めるかバカッ!!」

「あがっ!」


枕が鼻っ面に飛んでくる。なかなかの精度だ。


「それだから渡せないのよっ!いったいどれだけ食べて回るつもり!?」

「じゃあ、金貨一あがっ?!」

「高いっつってんのっ!」


二個目が飛んでくる。やるなメイプル。


「じゃあ……銀貨七枚……?」

「まだ高い」

「五枚は?」

「高い」

「四枚?」

「二枚よ。夕方まで我慢しなさい」

「メイプルぅっ!?」

「きゃあっ!!?」


俺はガバッとメイプルに飛び付き、肩を持って哀願の熱視線を送る。


すると、メイプルは深い深いため息をつきながらそっぽを向く。


「せめて、もう一声」

「……だめ」

「メイプル…」

「うぅ………」


メイプルは目を合わせない。

怒っているのか、顔が赤い。


そこでメイプルは何か思いついたのか『あっ…』と

小さく声をあげ、俺を引き剥がし、咳払いをした。


「アタシの出す言葉の正しい意味を当て、それを正しく使ってみて。もし、当てたれたなら金貨一枚出しましょう」

「ホントかっ!!?」

「えぇ。でも、間違えたら銀貨は二枚。食べ終わったら言葉について少し勉強させるわ」

「うっ……うぅむ、分かった」


単語は解るし、会話は完璧。どうにかなる…か?


「じゃあ…」


こほんっと咳払いし、少しの間迷うように視線を揺らし、しかししっかりと俺を見つめて言葉を紡ぐ。



「ジュウゴ…[ヴィダモルテ・アモル]」


知らぬ。

ヤバイ知らぬ。


「アナタは言葉は読みも書きも会話もできるけど、それはロンドヒルル語だけ。確かにロンドヒルル語は全国共通して使える統一言語だけど、そこには古い言い回しや造語新語、共通言語以外のお国言葉はない。なければアナタは翻訳できない。それはアタシの眼、トイフェルファルベを知らなかった事からも解る。古い言葉だから教養がなければ知らない人もいるけど、単語単語はどこかで聞いたことがあるはずなの。この世界の人間ならね。

先日のネグロピコのように解っても連想できなかったりまったく解らなかったりっていうことは、アナタの正体を隠すうえでは致命的よ。だから、こんな言葉をパッと理解できるようにならなきゃ」


確かに、ロンドヒルル語は完璧だ。だが、たまに解らない単語や意味が連想できないものがあるのはそういうことか。


いま、メイプルが言った言葉は単語だけ取れば、


[生と死と愛と]になる。


小説のタイトルになら良いが、そのままの意味じゃないだろう。

だが、奇妙なのは(アモル)の前に一拍置いたことだ。


「うぅん……」


何だろ?言い回し?造語?小説のタイトル?


そこでハッとして思い出す。


メイプルが今読んでるいるねは恋愛小説だった筈だ。


てことは、そこから連想すると……。



「メイプル…」



俺はメイプルの傍に腰をおろし、そっとその手を取りじっと眼を見つめた。

メイプルは一瞬眼を見開いて、ぷいっと顔を逸らす。


「メイプル…[君(ヴィダ)(モルテ)ぬまで(アモル)さない]」

「……うぅ…………」


さぁ、正解か否か?


メイプルはしばらくぷるぷる震えた後、枕元に隠してあった皮袋から一枚の大振りの[金貨]を取りだして俺の手に乗せた。


「やった!正解だっ!」

「ち、違う!間違ってるけど近かったからあげただけよ!帰ったらちゃんと勉強させるからっ!」


やべっ、怒られた。


「じゃ、じゃあ行ってくるわ!」

「早く帰ってきなさいよ!」



慌てて部屋を飛び出していく。あのまま部屋にいたら『やっぱりなし』とか言われかねない。


「ったく…………」



部屋にはメイプルの甘酸っぱいため息がコロコロ転がって積もっていく。


ジュウゴはきっとこの本から思いついたのが分かったのだろう。そして、これが恋愛を描いている物だと知っている。


そこから、連想したのだ。

そして、実は彼の使い方は間違っていない。

間違っていないどころか、ちょうど今、読んでいる場面そのものだった。


王位を追われ旅の剣士に身を堕とした王子が、美しい姫と恋に落ち、彼女をめぐる激しい戦いに身を投じる。

そこで、彼は彼女の手を取り誓うのだ、



[ヴィダモルテ・アモル]



『君のためなら死ねる』と。





お金の単位や価値観についての小話。ちなみにジュウゴの全財産は金貨二十二枚と銀貨三十枚に銅貨五枚と半銀八枚。まともに食べたらジュウゴの食費は一日で金貨を八枚以上消化します。

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