第三話 初戦
山の端に沈みゆく夕陽。アルマダ率いる調査隊が出発して、すでにかなりの時間が経過した。城下町の周囲はすでに大体の調査が完了し、その安全性が確認されている。モンスターはおろか、獣の生息すらまばらな極めて平穏な場所であった。水も緑も豊かで、すぐに開拓に着手すれば国は大した問題なくやっていけるだろう。調査結果としては上々のものだ。
未知の世界と聞いてある程度の危険を覚悟していただけに、アルマダは少し拍子抜けをしてしまっていた。彼女の能力からすれば世界規模の災害でも発生しない限り危険などないのだが、それでもあまりに平和。根っからの武人である彼女にしてみれば、全く戦えないというのは寂しい限りだ。
そういう事情もあるからか、速度をやや上げて山を越えていくアルマダ隊。間もなく日が暮れるので、この山を越したあたりが調査の限界となるだろう。アルマダはそう区切りをつけると、騎士たちとは違い疲れた顔をしている文官たちに喝を入れる。
「もう一息だ! この山のあたりで調査を終わりにするぞ!」
「はッ!」
切り立った峰を超えると、急に視界が広がった。深い山々の合間にすり鉢状の平地が広がっている。向こう側の山がかすむほどに広いその盆地の中央には、酷く角ばった建物がいくつも並んでいた。夕陽に照らされ赤く輝くそれは、相当に古いようで、ところどころ赤く朽ちて崩れ落ちている。その建物を中心に黒ずんだ岩のような地面がだだっ広く広がっていて、恐ろしく平ら整地されていた。ところどころにこれまた古びて読み取りづらくなっているものの、白い魔法陣のような物も見える。
「町か?」
「どうやらそのようですが……すでに滅んでおるようです」
「降りて調べるぞ。私の後に続け!」
高度を下げ、建造物群へと接近してゆくアルマダ隊。彼女たちはゆっくり黒い地面に降り立つと、周辺の様子を確認した。近づいてみると、角ばった謎の建物は一つ一つが城に匹敵するほど大きい。しかもその材質は一見すると石のようだが、継ぎ目が全くなかった。アルマダが試しに手で押してみると、風化するほど古びているにもかかわらずそれなりに硬い感触が帰ってくる。
「古代の遺跡かなにかだろうか? お前、この建築様式に見覚えはあるか?」
「いいえ、該当するような物は私の記憶には全く。完全に未知の存在ではないでしょうか」
「わかった、とりあえず念写をしておけ。あとで主様にお見せする」
「わかりました」
年かさの文官は懐から水晶玉を取り出した。念影水晶、ストレイウス・オンラインでは非常によく見られる下級アイテムである。ゲーム内では主にコミュニケーションツールとして用いられるアイテムであったが、帝国ではこれを写真の代わりなどとして使用している。
水晶が閃き、周囲の景色がその中に焼きつけられた。アルマダはそれを確認すると、周囲に知的生命が居ないか、また貴重なものがないかなどを調査にとりかかる。するとその時、さきほど水晶を使用した場所めがけて光が飛んだ。
「なんだ!?」
光が命中した地面は赤く溶けて、もうもうと白煙が上がっていた。その様子からすれば、先ほどの光は中位魔法程度の威力はあるだろう。しかし驚いたことに、まったく魔力の気配がしなかった。それどころか、光の発生源としてあるべき生命の気配というものがない。神話級モンスターとして非常に鋭敏な感覚を持つアルマダの五感を持ってしても、何一つ敵の気配がとらえられなかったのだ。
『生命反応アリ。生命反応アリ』
平坦でひどく耳障りな声とともに、建物の陰から敵が姿を現した。その外見はちょうど、鉛色の骸骨のようだ。アイアンスケルトンなんて種族、居ただろうかとアルマダはふと考える。ギイギイと独特の音を響かせながら、その異様な集団はドンドンと数を増やしていった。最終的にその軍勢は、幅百メートルはあろうかという建物と建物の間の道路を埋め尽くすほどになってしまう。
『攻撃開始、攻撃開始!』
骸骨たちの腕が、筒のように変形した。そこに蒼い光が集中し、独特の炸裂音が響く。夕闇を裂いて迫る数百もの光条。大気が焦げるそのさまは一見すると、それは破滅的な光景にも思えた。しかし、攻撃を受けたアルマダは待ってましたとばかりに声を上げる。
「騎士は文官を攻撃から守れ! 敵は私がすべて倒す!」
地面が砕け、アルマダの体が加速した。しなやかな肢体が光の隙間をするりするりと通り抜け、放たれた白刃が鋼の骸を裂く。金属の骨格は火花を噴出し、あっけなく倒れた。せいぜい、中級の下位クラスか――アルマダは未知の敵の弱さに少々失望した。気配がなかったことは異様だが、正直、このような敵は彼女自身が相手にするほどではない。あまりの弱さに落胆したアルマダは一気に片を付けるべく、剣を高く構えると気迫を込める。
「灼熱の斬撃!!」
炎の竜が黒き大地を走り抜けた。敵は次々のうちに炎にのまれ、溶けて消えていく。アルマダが得意とする上位スキルの一つ、灼熱の斬撃。ストレイウス・オンラインでは割と目にするポピュラーなスキルなのであるが、神話級の天火竜であるアルマダがそれを使用することにより、その威力は相当なものとなっていた。炎が消えた後は大地が赤くたぎっており、それが数百メートル先まで続いている。そこに立っていたはずの敵はすべて溶けてしまって、ほとんど残骸のような状態となっていた。アルマダはそのうち状態のよい物を手に取り、動かないことを確認すると肩から背負う。
すでに日は山の陰に消え、あたりは暗くなり始めていた。夜間に活動するための魔法具も携帯してはいるが、いかんせんここは未知の大地。今回は大した敵ではなかったが、またいつ今日敵が現れるかわからない。ちょうどキリもいいので彼女は調査隊を改めて招集すると、撤退準備にかかる。
「続きは明日だ、帰るぞ!」
一仕事を得た調査隊の面々は、すがすがしい顔をして翼を広げた。その様子を遥か彼方より苦み走った表情で眺めていた者たちが居るとは知らずに――。