第二話 異世界
手に溶けるような、至福の感触だった。ボリュームも抜群で、すくい上げるようにしてやれば顔が埋まってなお余りある。手にズシリと重く持っているだけで腕が疲れそうな感覚が心地よい。思わず二度三度と、アキトの手が動いた。本能をまったく抑え切れていない。
「マスター……」
「なんで、やわらけえ……」
「マスター!」
「す、すまん!」
使い魔の少女に見つめられ、アキトは正気に戻った。彼はとっさに後ろへと下がると、使い魔たちの顔色を伺う。すると不思議なことに、彼に対して冷たい視線を送っているような者は居ない。大半のものが顔を赤くしながらも興奮したような顔をしており、中には寄せたり揺らしたり、積極的に自身のふくらみの大きさをアピールしている者までいる。
いったい何が起きたのか。夢のような状況であるが、アキトの頭は冷えてきた。とっさに様子をうかがってしまったが、そもそも使い魔たちがアキトの行為に対して反応を示すことなどあるはずがない。むしろ、先ほどのような行為自体が設計上できるわけがないのだ。間違いなく、何か異常事態が発生している。
ウィンドウを出そうと指を動かした。しかし、ウィンドウが現れる気配はない。さらに窓の外へと視線をやると、夜だったはずがすっかり朝になっていた。加えて遠くに見えていたはずの山々の形が大きく変わっている。国を開拓するために何度も調査した山地だったので、アキトがその地形を間違えるはずはない。
「すまんが、大臣とソフィアを残して一旦下がってくれないか。重要な相談ができた」
「イエス、マスター」
使い魔たちは一斉に綺麗な礼をすると、部屋から去って行った。通常ならばこのような命令を理解して実行するはずはないのだが、彼女たちは全く戸惑うことなく部屋から出て行ってしまう。その機敏な動きが、逆にアキトを不安にさせた。
部屋にはソフィアと五人の使い魔が残された。数多くいるアキトの使い魔の中でも特に古株で、それぞれ大臣と補佐役の地位を与えられている者たちである。気をつけをしている彼女たちに、アキトは少々不安げに尋ねる。
「お前たち、異常が起きたことには気づいたか?」
「夜が……朝になっておりますね。地理も変わっているように思われます」
そういったのは、ビジネススーツにも似た服をタイトに着込んだ美女であった。メガネを知的に光らせる彼女は、商業大臣のパネラである。種族は知略と魔力に長ける天魔竜で、もちろん神話級の存在だ。冷静で非常に抜け目ない性格をしているとアキトは彼女を設定していたが、それもきっちり反映されているようである。
「その通りだ。この国には間違いなく何か大変なことが起きている。これからお前たちには国の各部署をの現状を調査してもらいたい」
「イエス、マスター」
「それからアルマダは調査が終わり次第、軍の精鋭を集めて調査隊を作ってくれ。外の様子を早急に知らねばならん」
「イエス、マスター」
軍務大臣のアルマダは、そう答えるとポンと胸を叩いた。先ほどの使い魔の少女よりもさらに大きなふくらみが大揺れする。しかも、彼女は露出の激しい赤のいわゆるビキニアーマーを着ていた。これでもかというほど大胆な胸元がたわみ、歪む谷間にアキトの視線が吸い込まれる。
「……あたいの身体に惚れ直したのかい? なんなら、調査は下の奴に任せてベッドの用意でもさせようか?」
「……いや、いい。しっかりと調査をしてくれ」
「ふふ、イエスマスター!」
アルマダは豪快に笑うと、そのまま部屋を出て行った。そのあとに四人の大臣たちも続いていく。あとに残されたのは、ソフィアとアキトだけだった。アキトは後ろに控えているソフィアに、疲れたような顔で命じる。
「何か、落ち着く飲み物の用意はできるか?」
「紅茶、コーヒーともに最上級のものがストックされております」
「では、紅茶を頼む」
「イエス、マスター」
ソフィアはくるりと背を向けると、廊下の奥へと消えていった。彼女が居なくなり一人となったアキトは、執務机に腰掛けぐったりと突っ伏したのであった。
「お前たち、これは我らが主が直々に命令された重要な任務だ! アルゲニア帝国の名にかけて、絶対に成功させるぞ!」
「うおおおッ!」
咆哮する男たち。アルゲニア帝国軍の精鋭である、炎竜騎士団の中でもさらに精鋭の猛者たちだ。さすがに最上位の使い魔たちには及ばないが、国民の中では桁外れの実力を誇る。一人ひとりがまさに一騎当千の兵と呼んで差し支えないような連中だ。
軍の人員や設備に問題がないことを確認したアルマダは、さっそく調査隊を結成していた。未知の大地を調査するということで、とにかく実力重視の面々をそろえてある。仮に強力なモンスターに遭遇したとしても、伝説級までならアルマダ抜きでそこそこ戦えるほどだろう。もっとも、調査のための人員として何人か文官を連れてきたのでいざというときは逃げるような手筈となっている。
「行くぞ! オーガン小隊は東、ダンテ小隊は西、ガンド小隊は南だ! 残りは私についてこい!」
「おおおッ!」
勇ましい掛け声とともに、調査隊の面々は空へと舞い上がった。背中には赤い鱗の輝く翼を広げ、力強く空をかけていく。ここにいる者はすべて人間ではなく、竜の血をひくなんらかの種族であった。むしろ、アルゲニアという国自体が竜族で構成されている国なのである。故にかつてゲーム世界に轟いた帝国の二つ名は赤竜帝国。最強にして最大の竜の国が、このアルゲニア帝国なのである――。
「で、彼らの正体について何かわかったのか?」
ところ変わって、こちらは惑特防の衛星基地。未知の種族の侵入によって混乱する基地の会議室には、各部署から技術者や研究者たちが掻き集められていた。空間ディスプレイを前にして行う彼らの会議の議題は、もっぱらこのたび出現した未知の種族の正体について。会議は長らく紛糾し、混迷を極めていた。惑星内部に侵入した割には文明水準が低く、建築物はせいぜい石を切り出して積んでいるレベル。その割に身体の方は何らかの改造が加えられているとしか思えないほど頑強という、何とも理解しがたいちぐはぐな種族だったのである。
「確定ではありませんが……」
一人の老人がおもむろに手を挙げた。軍が環境保全の顧問として雇用していた人工生命研究の権威ローレンツ博士だ。ここに集められた学者の中では重鎮ともいえる彼の発言に、騒然としていた会議室の中が一気に無音に近づく。
「彼らは生体型の侵略ユニットの一種なのではないでしょうか。我々人類が未知の星へ進軍する際にまずはマシンを送り込むような要領で、彼らは送り込まれてきたのではないかと」
「では、彼ら自身は未知の上位種族に使える従属的な種族だと?」
「然り。建築物などから推定される彼らの文明水準では次元防護壁を突破できたとは考えられません。彼らを操る高度な文明を持った種族が居ると考えるのが妥当でしょう」
周囲の学者から称賛の声が上がった。それだけ彼の発言はこの不可解な状況をうまく説明できていたのだ。わずかながらも光が見えた会議室は、先ほどまでとは打って変わって建設的な雰囲気に満たされ始める。
「彼らがもしそうだとして、我々には何ができる? 誰か案はないか?」
「それについては私に考えがあります!」
手を挙げたのは一人の青年だった。彼の名はスグル・ナナオ、若手の歴史研究者としてこの惑星の調査をしている人間である。
「彼らの都市から北東に百五十キロほど離れた地点に、旧国連軍の極東本部跡地があります。そこに旧歴時代の製品ですがドロイドが保存されているのです」
「そんな骨董品、動くのかね?」
「当時のドロイドの動力源は半永久的に動かせるプラズマ炉です。状態が良ければ遠隔操作でいくらでも動きます」
「よろしい。ちょうど、連中の一部が北へ向かったとの報告が入った。旧国連軍極東本部にて第一次の迎撃を行うこととする!」