第一話 未知の感触
VRMMOというジャンルが生み出されて、早二十年。ゲーム業界の進歩というのは凄まじい物があり、すでに数え切れぬほどのタイトルが発表され、VRMMOをプレイしたことがない若者は先進国ではほとんどないのではないかといわれるほどになっていた。
そんな時代に、一つの伝説が終わろうとしていた。ストレイウス・オンライン、VRMMOの生みの親でありゲーム業界の巨人であるK&M社が十年前に発表した傑作中の傑作。それが今宵、その長きにわたるサービスを終えるのだ。
「綺麗なもんだ……」
濃紺の空に咲く大輪の華。別れを惜しむように咲き続けるそれを、青年は寂しげに見ていた。その頭には燦然と輝く王冠。中央に黄金で小さな竜をあしらったそれは、彼が造り上げた国――アルゲニアこと通称赤竜帝国の王たる証だ。宝石の重さで首が痛くなりそうなほどのそれを、青年は愛おしげに撫でながら眼下を見下ろす。円形に広がる城下町には魔法灯の明かりが煌々と輝き、赤煉瓦の建物が無数に連なっていた。これほどまで国を育てるのに、いったいどれだけの時間がかかっただろうか。彼は胸に熱い物を感じた。
ストレイウス・オンラインは国家経営型のシミュレーションゲームだ。しかし、最初は国というよりも集落というのが相応しい状況からスタートする。不死の存在であるプレイヤーは膨大な時間をかけ――もちろん、ゲーム内時間の話であるが――集落を一大国家まで発展させていくというゲームだ。そのやりこみ度たるや半端なものではなく、たとえば城の壁のデザイン一つとってもプレイヤーの思いのままに造ることができる。芸術性に長けたプレイヤーの中には、国全体を前衛芸術のようなアートにしてしまったものなどもいた。
そのあまりのやりこみ度故にストレイウス・オンラインは廃人しかしない、できないゲームなどと揶揄されることもあった。ネット住民曰く、プレイヤー総廃人ゲー。しかし、世の中には時間のある人間も多いらしく、このゲームは爆発的人気とまではいかないもののそれなりに安定したプレイ人口を誇った。加えて、熱烈にやりこむ人間も多かったためかれこれ十年にもわたり細く長く続いてきたのである。
青年ことプレイヤーネーム『アキト』はこのゲームに熱烈にハマった廃人の一人であった。彼の国は今や大陸を席巻する大帝国である。国の規模、擁する兵力、都の壮麗さ……何を取ってもトップクラスだ。道一本でさえ、計算されて作られている。
そんな中でも、彼が何よりもこだわったのはプレイヤーの手となり足となり働いてくれる使い魔たちの作成だった。次々と世代交代を繰り返していく国民に対し、彼や彼女らはプレイヤーと同じ不死の存在だ。能力値などが設定されていて、戦場に出たりすればもちろん死亡するのだが、RPGの勇者などと同じで回復アイテムさえあればいくらでも復活できる。故に長く付き合う文字通り不死のパートナー。プレイヤーとして位が上がるにつれて保有数が増える彼や彼女たちを、彼は凝りに凝って造った。
そうして造りに造った使い魔たちはその数なんと三百体。最高位の『黄金皇帝』になったからこそ為し得る数だ。しかも、男性としての欲望を素直に反映してしまったためかすべて女性である。その顔と名前はもちろん完全に一致し、一人ひとりどんな性格付けを設定したのかまで覚えている。
「ソフィア、こちらへ来い」
衣擦れの音を響かせながら、静々と進んでくる少女。白銀の髪を長く下ろし、鳶色の瞳を輝かせるその姿は細く華奢で、可憐な花を思わせた。しかし、その胸元は折れそうな体に反比例するように大きくたわんでいる。エプロンドレスは大きく張り出し、その隙間から深い渓谷が覗いていた。
ただし、彼女の頭には小さな角のようなものが生えていた。さらに身体の後ろには鱗のついた尻尾が生えている。彼女は人間ではなく、竜人の使い魔だった。しかも種族は神話級の天氷竜。アキトが所有する使い魔の中でも、かなりの古株である。
ソフィアはアキトの足元に跪くと、完璧な礼を見せた。アキトは彼女に対して、やや尊大な態度で言い放つ。ここ数年の間に身に付けた、王としての態度だ。誰も見ていないので、あくまで彼の気分を満たすものでしかないのだけれども。
「他の者も集めてくるのだ。最後にみんなの顔が見たい」
「イエス、マスター」
ソフィアはくるっと反転すると、赤絨毯を抜けて廊下の奥へと消えた。そしてすぐにまた、残りの使い魔たちを引き連れて現れる。軍服にドレスに、変わり種だと水着までという幅広い衣装を着た美女や美少女達が次々と部屋に入ってくる。広すぎるほど広いはずのアキトの執務室が、たちまちのうちに彼女たち使い魔でいっぱいになってしまった。部屋の端から端までずらりと美女や美少女が並ぶそのさまは、男にとっては感動的ですらある。
全員集合させることなど、実は初めてだった。今までは各自、国のあちこちで働いてもらっていたのだ。それがサービス終了間近となって仕事から解放されたため、こうして集めることができたのである。アキトは鼻の下を若干伸ばしつつも、皮肉なものだと考える。
「あともう少し、こいつらに囲まれてたかった……」
アキトが割と切実にそうつぶやいたとき、窓の外でひと際大きな光の華が咲いた。光の粒が手が届きそうなほど近くまで降ってくる。国中に光の雨が降り注ぎ、あちこちで歓声が上がった。アキトはその光の粒がやがて闇に溶けて行ってしまうのを、愛おしそうに見つめる。
それきり、花火は終わってしまった。どこからか運営のものと思われる男の声が響いてくる。いよいよゲームの終わりが来るのだ。アキトは最後に手を大きく広げると、先頭に立っていた使い魔の胸に顔から突っ込んだ。今までこんなことを彼はしたことがなかったが、どうせ終わりなのだと構いはしない。それに、セクハラ防止の観点からこんなことしても硬くて痛い感触が帰ってくるだけとなっている……はずだったのだが。
「あれ、やわらか……」
「マスター! そ、その私としてはいつでも構わないのですが……!?」