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映画に連れてって!

作者: シゲさん

僕は、映画が大好きだ。

映画が始まる時、暗闇の中で、東映のマーク、日活のマーク、大映のマークが出てきてくると、

期待で胸がどきどきする。






小学校に行く途中に散髪屋さんがある。そこの前に映画のポスターが張ってある。

そこには、前髪をたらしたかっこいい大川橋蔵がいたり、ギターを抱いた小林旭がいたり、

宮本武蔵に扮した中村錦之助がいたりする。

勉強が出来ない僕にとって、学校はつらい場所だ。先生に怒られに行くみたいなものだ。

それに比べ、ポスターの中には、楽しい事がたくさん詰まっていそうで、ついつい見とれてしまう。

楽しい場面が、どんどん頭の中に浮かんでくる。

「あーあー、映画みたいなー。映画館近くにあったらいいのになー。

 映画館のある東古市は遠いから、一人では行けん。でも行きたいなー。

 いつか父ちゃんに連れて行ってくれと頼もう」

いつも、そう思ってた。






そして、小学4年の冬休みの時、父ちゃんに頼んだ。

「父ちゃん、正月に映画連れてってや。中村錦之助の宮本武蔵やってるんや。

 散髪屋の前にポスターがはってあった。お年玉もいらんし、勉強もこれから頑張るし。

 連れていってや!」

「そうやなー、勉強頑張るなら連れてやるか!1月3日に連れてってやる。

 その代わり勉強頑張るんやぞ!」

「頑張る!頑張るちゃ!やっぱ父ちゃん大好きや!」

僕は、父ちゃんと約束できたので、有頂天。

父ちゃんは、約束を守る男だ!

これで絶対に映画を見に行ける。

1月3日は、父ちゃんとバスに乗って映画にいける。






1月2日 雪

雪がやまない。僕は心配でならない。

あまり雪が降ると、バスが運行しなくなるからだ。

僕の心配をよそに、雪は降り続けた。






1月3日朝、 雪は小降りになっていた。

朝、目覚めるとすぐに、家の横を通る道をみた。

道一面雪。道の真ん中には、人がやっと通れるくらいの道が出来ていた。

とてもバスが通れる状態でなかった。

「これじゃ、バスは通らんなー。映画観に行けんやないか!」

父ちゃんと約束した日からの楽しみが、

一度に、消えてしまった。

絶対行けると思ってた楽しみが、

一度に、どこかに飛んで行ってしまった。

雪が恨めしい!




しかし、気を取り直した。

まだ朝だ。

役場の人が、大急ぎで大型ブルトーザーを使い、除雪してくれるかも知れない。

そうなれば、バスは運行するはずだ。

お昼までに、バスが通れば、映画にいける。




「父ちゃん、昼までに、バスが通るかもしれん。そしたら映画連れてってや!

 前からの約束やからなー。 お昼までは、どこも行ったらあかんで!」

「解った!解った!正月早々何処に行くとこあると言うんじゃ。何処も行かんわ!」

「早く、役場の人、道の雪どけんかなー」

「今日は、正月じゃから、役場の人も仕事せんわ!バスが通らんかったら、今度いつか連れて行ってやる」  

「バス絶対通るって!絶対通るって!」






雪は、ポッリポッリ降る程度のだが、10時になっても、11時になっても、

大型ブルトーザーは来ない。道行く人もほとんどいない。

だんだん不安になってきた。

「やっぱり、正月だから、役場の人も仕事せんのかなー。父ちゃんもそう言ってたなー」






いろんな想いが、僕の心をよぎる。

「バスが通らんかったら、今度いつか連れて行ってやる」と父ちゃんが言ってたけど、

「今度いつか」って、いつだろ?

お盆の時か?来年の正月か?

父ちゃんの言う「今度いつか」ってあてにならない気がしてきた。

だから、

僕は、「なんとしても今日映画を観に行こう。歩いてでも行こう」と思った。

父ちゃんと一緒なら大丈夫だ!






お昼が過ぎた。






「父ちゃん、バス通らんけど、僕やっぱ映画観たい。歩いて東古市の映画館まで行こう!」

「何で、こんな雪の中、わざわざ歩いて映画観にいかにゃならんのじゃ!今度連れて行ってやる」

僕は、問い詰める。

「今度って、何時や?明日か?」

「いや、明日は都合が悪い」

「だったら、今日行こう!僕頑張って歩くから」

僕は、涙目で父ちゃんに頼む。涙目でも、今日映画を見に行く決心は揺らがない。

中村錦之助が、僕を応援してくれる。映画を観ているときの「ドキドキ」が、僕に頑張れと言ってくれる。

最初は、「小学4年生にもなって、聞き分けのない子だ!」と怒っていた父ちゃんも、

最後には、根負けしたのか

「途中で、寒いからといって、泣くんじゃないぞ!」と言いながら、

歩いて映画に行く事を了承してくれた。

僕は、

目にたくさんの涙をためながら、笑った。

目にたくさんの涙をためながら、嬉しかった。






厚手の靴下を履き、ゴム長靴も履いた。

耳を覆うことの出来る帽子も被った。

手袋も履いた。服も多めに着た。

父ちゃんは、土方の仕事の時使う厚手のジャンパーにゴム長靴、それに帽子のいでたちである。

二人とも準備万端である。

そして、

午後1時頃に家を出た。






家から、映画館まで、6kmぐらいある。

上浄法寺、下浄法寺、山鹿、鳴鹿、東古市の順に通って行けばいい。

父ちゃんが先に歩く。僕がその後に続く。

集落の中は、人の通れるぐらいの道は出来ていて、そこそこ歩きやすいのだが、

予定外だったのが、集落と集落の間の道だ。

特に下浄法寺と山鹿の間はひどかった。

まったく人が通った跡がないのである。

一面、昨日から積もった雪である。

父ちゃんが、雪を踏みつけ道を作り、その後をぼくが歩く。

急いで作る道だから、丁寧には作れない。

丁寧に作っていたのでは、遅くなってしまうからだ。

長靴の中に、雪が入ってきた。

靴の中に入った雪の冷たさを気にする余裕などない。

遅れぬように父ちゃんの背中を見て、一生懸命歩く。

靴下はぐちょぐちょに濡れてきた。

普通なら気持ち悪いのだが、今は気にならない。

泣き言を言っては、無理を言って連れてきてもらった父ちゃんに申し訳がない。

もう少し頑張れば、楽しい映画が観れるから、全然気にならない。

僕は、父ちゃんの背中を見ながら一生懸命歩いた。






東古市はに着いたのは、3時を過ぎていた。

僕の住むところと違い、街だ。

ここまでくれば、もう大丈夫。

あとは、一路 映画館に向かうのみと思っていると、

父ちゃんは、突然通りの洋服屋さんに入り、

「子供の靴下くれんかのー。」と

お店の人に言った。

ストーブにあたりながら、

「ほら、はよう長靴脱いで、靴下も脱いで」

と僕をせかす。

せかされた僕は、父ちゃんが、一瞬何しようとしているのか解らなかった。

「冷たいじゃろう!ほら、はようせんか!風邪引くぞ!

 こんなバスも通らんなか、歩いて映画見に行くなんて、本当に馬鹿な奴だ!」

と言いながら、再度僕をせかす。

今度は、解った。

父ちゃんは、僕の靴下が濡れていて冷たいだろうと心配しているのだ。

「父ちゃん、大丈夫だ。濡れてはいるけど、全然冷たくない。靴下体温で温かくなってるわ!

 父ちゃん、靴下いらんよ!」

父ちゃんは、僕の言い分など全然聞きもせず、お店の人に向かい

「はやく子供用の靴下持ってきてくれ」と催促する。

僕は、父ちゃんに悪いと思った。

僕の我がままでこんな雪の日に映画に連れてきてもらった上に、

新しい靴下まで買ってもらっては、父ちゃんに申し訳がない。

それに、映画を観れる喜びのためか、靴下が濡れている事は、正直気にならなかった。

新しい靴下が、僕のところにきた。

有無を言わさず、父ちゃんに、長靴と靴下の脱がされた。

出てきたぼくの足は、濡れた靴下を履いていた為かしなびていた。

新しい靴下を履いた。

指先からふわふわしとた柔らかさが伝わり、ほんのりと温かくなって来た。

僕の心の「頑張らなければ」と言う緊張が、少しほぐれ、

「父ちゃん、温かけー!」と思わず言い、笑いながら父ちゃんの顔を見た。

父ちゃんも笑ってた。

そして僕の頭を二三度軽くたたいた。

僕が靴下を履いたのを確認すると、

長靴を買う為に、斜め前にある靴屋さんに向かった。






洋服屋さんから映画館までは500mぐらいだ。

父ちゃんの後について歩く。

今までと全然違う。足の指先があったけー!

映画館までもう少しだ。

身体から、元気が湧き出る。雪を踏む足に力が入る。






映画館に着いた。

父ちゃんが、入場料を払ってる。

待ってる僕の耳に、上映している映画の声が聞こえる。

心が、浮き浮きする!

ついに来た。映画が観れる!

映画館の大きくて重いドアーを開け、父ちゃんと僕は、中に入った。

真っ暗だ!

暗闇の中のスクリーンには、中村錦之助扮する宮本武蔵が大写しになっていた。







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