家に帰ると、娘が死体を解体しています
「お父さん!コレ見て!」
家に帰るや否や、娘は血にまみれた肉の塊を差し出してきた。
私は家扉を固く閉めて、鍵をかける。
取り出されたばかりであろう塊はおそらく内臓。腐臭と血の匂い、生臭い汚物を煮詰めたような臭いは、いつになっても慣れたものじゃない。
対照的に、娘の笑顔は輝いていた。
「きょう、とっても上手に取れたの。あとで剥製にして、お父さんにも見せてあげるね!」
精一杯の背伸びをして、舌っ足らずな口を動かす。
「そうか、よくやったな」
私が一言、言葉をかけると、
「えへへ」
と無邪気な笑みを浮かべ、嬉しそうにはにかむのだった。
街の中には、死体の山が転がっている。
異常ではない。この街では慣れ親しんだ景色であり、当たり前の日常というやつだ。
石畳の上には老若男女問わず、やせ細ってコブのできた死体が放っておかれている。道行く人々は見て見ぬフリをし、そそくさと家路を辿る。
かく言う私も、その一人である。
「あーあ。今日もひでーなぁ」
口に布巾を巻いた葬儀屋の男が、荷馬車に次々と死体を載せていく。
ゴーン。
鐘の音が鳴り、誰かの死を告げていた。
「やべっ。そろそろ教会の連中が来る。とっとと片付けねぇと」
男は手早く荷物を整える。途中で私の視線に気づいたのか、男は私を睨みつけてきた。
「なんだい、あんた」
乾いた風が狭い路地を抜けていく。嗅ぎなれた死臭のせいか、世界がうす暗く見える。
「すまない。見ていただけだ」
「そうかい?そりゃなかなかの変わりモンだ」
そう言って、近くに転がっていた子供の死体を担ぎあげた。ちょうどわたしの娘くらいの少女の死体だった。全身に赤い湿疹があり、顔面は赤いコブで覆い尽くされている。
「その遺体は?」
「あん?知らねーよ。どうせ流行り病にやられたんだ」
赤い湿疹に、赤いコブができる病。この街、の住人は大抵この病に罹患し、死んだ。この少女もその一人というわけだ。
「これからどうするんです?」
「売りに行くんだよ」
男は少女の死体を乱雑に積み上げると、馬の背に乗った。
「こんなガラクタでも、欲しいって言う気味悪い連中がいるらしい。ま、教会にバレたら俺ら諸共ご破算だがな」
ゴーン。再び鐘がなる。
「金持ち連中はいいよなぁ。ちゃんと埋めて貰えて」
帽子のつばを少し上げ、白亜の塔を見上げた。先端には黄金色の鐘が輝き、今日も街の人に神の教えを説いている。
「おかげで貧乏人の死体は金になる。あんたもせいぜい気をつけるんだな」
その貧乏人の死体の行先は、何処ぞのヤブ医者か裏の解体屋だ。
男はもういちど帽子を深く被り、路地の向こうに消えていく。段々と小さくなる背中が、振り返ることはなかった。
次の週。
男は教会の門前で火炙りの刑に処されていた。
「噂の死体泥棒ですって。怖いわぁ」
「ちゃんと埋葬してあげなきゃ、可哀想ですのに」
扇で口元を隠しつつ、ご令嬢方は悶え苦しむ男を眺めていた。男の悲鳴がか細い喘鳴に変わると、興味を無くしたのか立ち話を始める。
「死体なんて売ってどうしますの?」
ご令嬢の片方が、意地悪そうに唇を釣り上げる。
「裏で解体屋に売り払うそうですわ。なんでも、人の死体を解剖するバチ当たりな人がいるそうですの」
「まぁ!なんと穢らわしい……。それでは、死んでも楽園へは行けませんのに」
心底毛嫌いするように、扇で口元を隠す。唯一見える両目からは侮蔑と嫌悪が滲んでいる。
――ゴーン
再び教会の鐘が鳴る。
信仰と秩序を司る鐘の音は、この街全体に響き渡る。何時どこにいても、この鐘の音からは逃れることはできない。
さっさと立ち去っとしていたご令嬢方が、ふと私の方を向いた。
「あら、アネスピア先生」
「ごきげんよう。お嬢様方」
軽く帽子を取り、私は会釈をする。高貴な令嬢はスカートの端をつまみ、華麗にお辞儀をして見せた。
「体の調子はいかがかな?」
「先生に血を抜いていただいてから、この通り!肌も白くなって、体重も減りましたの!先生には感謝してもしきれませんわ」
そう言ってご令嬢は「ふふふ」と微笑んだ。顔色は白を通り越して青くなり、衣服の隙間から見える手足は骸骨と見紛うほど細い。まるで死体から蘇ったゾンビのようだった。
「悪い血液を全部抜いたおかげで、わたくしさらに美しくなれましたわ。ぜひ、今後ともよろしくお願い致します」
ゾンビは今にも死にそうな顔で微笑む。
「私でよければ、いつでも」
私が答えると、ご令嬢は再び一礼してから去っていった。
あまりのやるせなさに、舌を噛み切りたい気分だった。
その日の夜。
私は荷馬車いっぱいに死体を積み、娘の元へ帰った。
「お父さんおかえり!」
両手にべったりとついた血も拭わず、娘は一目散に私に抱きついてきた。
外套の裾がぎゅっと掴まれ、血が付着する。この服はもう着れないだろう。
「急に走ったら危ないぞ、アルマ」
「えー……でも、お父さんにはやく見て欲しくて」
娘――アルマが強く私の手を引いた。導かれるまま、私は奥の部屋へと誘われる。
「あのねアルマ、バイ菌さんの実験してみたの!」
アルマによって実験室、と名付けられた部屋。中央に置かれた大きな台上には、2人の死体が置かれていた。
解剖しやすいよう、顔や手足など不要な部分は切り落とされ、部屋の隅に置かれている。胴体は胸から一直線に裂かれ、中にある内臓が丸見えの状態だった。
「どんな実験をしたんだい?」
私が尋ねると、アルマはさらに目を輝かせ、言った。
「あのね!赤いポツポツとたんこぶがない人と、ある人の中身を調べたんだ!」
アルマは死体へ駆け寄り、大っぴらになった胸の部分を指さす。
「ポツポツのある人の大きいお豆さんの部分は真っ黒で、ない人はピンクだった!アルマ気になってね、捕まえたねずみさんに、赤いポツポツのある人のお豆さんを食べさせてみたの」
「ねずみさんはどうなったんだい?」
「3日前に死んじゃった!」
アルマは片隅に置かれたケージの中から、1匹のねずみを取り出した。既に息はなかった。胴体からしっぽにかけて切り裂かれ、隅々まで観察されている。
「ねずみさんね、1週間は元気だったの。でも次の日に急にかゆかゆしてね。それから4日経って死んじゃった!でね、お父さん!コレ見て!!」
アルマはねずみのとある臓器を指差す。
「ねずみのお豆さん、真っ黒になったんだ!だからね、ポツポツのバイ菌さん、このねずみさんに移ったんだよ!だからねずみさん死んじゃったの!」
にこにこと無邪気に笑うアルマ。私は死体が解剖された台の上に腰掛け、膝にアルマを座らせた。
小さな顔が、私の胸元に擦り寄ってくる。
「アルマは、これが呪いだと思うかい?」
「のろい?なにそれ」
まん丸の瞳が問いかけてくる。私はしばらく悩んだ後、口を開いた。
「神様の敵である、とても悪い魔女が、気に入らないにんげんに呪いをかけるんだ。すると、人間は赤い湿疹やコブができて、死んでしまう」
アルマはしばらく考えこんだ。膝の上の体温がゆらゆらと動き、血に濡れた両手を動かす。
「んー。アルマ、ちがうと思うよ」
膝と上でねずみの中身をじっくり眺めながら、アルマは言った。
「のろいって人に移るの?なんでねずみさんはにんげんじゃないのに、お豆真っ黒になって死んだの?のろいなのに、真っ黒になるのは大きいお豆さんだけなの?変だよ」
ひとしきり述べた後、アルマは小さな頭を右へ左へかしげる。
「お父さんは、これがのろいだと思うの?」
純粋無垢な、真っ直ぐな瞳。人の善悪も罪も罰も、何も知らない。彼女の中に有るのは、ただ知りたいという欲求だけ。
「いや。教会のえらい人たちがそう言ってるだけさ」
「ふーん。へんなの」
興味が失せたのか。はたまた無意識のうちの大人へ軽蔑か。アルマは私の膝からぴょんと飛び降りて、棚に入れられた資料を取り出す。
「アルマ、神様とかよくわかんない。だってあったこともないのに、どうやって存在を証明するの?」
紙に何かを書き込みながら、アルマは唇を尖らせる。
「大人って、みんな変。わたしのこと"魔女"って言っていじめるの。アルマ、好きなことやってるだけなのに。どうして?」
「それはきっと、大人がおバカさんだからだね」
私が答えると、アルマはふふっ、と笑った。
「そうかなー?……でも、お父さんはちがうよ!」
輝かんばかりの笑みで、アルマは言う。
「お父さんはアルマのこと虐めない……アルマ、お父さん大好き!」
ぎゅっと抱きついてくる小さな体。私はかくも幼い体を受け止め、精一杯優しく抱きとめた。
「アルマ……君は、ただ君らしくあればいい。異端も、狂気も……人類の進歩の前には、全てどうでもいいことなんだ」
「?」
アルマが首を傾げる。私は苦笑し、更に腕に力を込める。
「君の才能は、必ずや私が生かしてみせる。だから、何も気にすることはないよ」
温かな体温を全身で受け止める。この子には、人の負うべき業など存在しない。常識も倫理も、何もこの子を縛らない。
人が定めた罪は、代わりに私が受け止めると決めたから。
いつかの未来。遠い遠い未来で、この子の功績は必ず役に立ち、世界から認められる偉業となろう。私のような人を殺すだけの医者ではない。本当の意味で、誰かを救う糧になる。だからこそ、その芽をここで潰させるわけにはいかない。
アルマはぎゅっと抱きしめ、私は決意を固める。
このこのためなら、人類の進歩のためなら。
いくらでもこの手を血に染めてやる、と。




