表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
女も子供も家督不可? 追放先の自治領を立て直したら、いつの間にか天下を取っていました  作者:


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

7/16

第7話:夜の穀倉と小さな影

 盗まれた。


 穀物が、三袋。


―――


 朝の倉庫確認で気づいた。


 昨日の閉庫時に数えた残量は四十一袋。今朝は三十八。鍵は壊されていない。窓にも侵入の痕跡はない。


「ミチカ様、内部の者の可能性は」


 レオンが険しい顔で言った。


「鍵を持っているのは私と管理係のみです。管理係は昨夜、館に泊まっています。鍵の複製か、別の侵入経路が――」


「レオン。落ち着いて」


 私はステータスオープンで倉庫を確認した。物資管理の統治指標――格納記録に「異常出庫」の表示が出ている。


 出庫時刻は深夜の第三刻。


「深夜三時頃に搬出されています。――外部からの侵入です。レオン、倉庫の裏手に小窓がありませんでしたか」


「あります。ただし――」


「人が通れない大きさ、ですよね」


 大人なら。


 でも、子供なら。


―――


 リオを呼んだ。


「穀物三袋の盗難? ――そりゃまた、えらくピンポイントだな」


 リオが腕を組んだ。


「三袋ってのが気になるね。転売目的なら、もっとごっそり持って行くだろ。三袋は――」


「食べる分だけ」


「そう。自分で食べる量だ。しかも運べる量でもある。大人なら一度に五袋は行ける。三袋しか運べないってことは――」


「子供」


 リオと私の声が重なった。


「で、子供の窃盗となると――」


 リオの表情が少しだけ変わった。軽い口調の下に、何か引っかかるものがあるような。


「……心当たりがある?」


「いや、確信はない。けど、街道筋で(うわさ)を聞いたことがあってね」


「噂?」


「この辺りの街道で、行商人の荷から小物を抜く奴がいる。巧いんだ。気づかないうちにやられる。被害は少額だから大騒ぎにはならないけど、やり口がプロっぽい。――で、目撃情報だと、小柄な子供らしい」


「小柄な子供が、プロの手口で窃盗を」


「スリだよ。街道筋のスリ。――俺も一回やられかけた。気づいたのは偶然だ。荷(ひも)に触る手つきが、やけに上手かった」


 リオの目が、いつもの商人の計算とは違う色を帯びた。


「俺が声かけたら、(うさぎ)みたいに逃げやがった。追いかける気にもなれないくらい速かった」


―――


 翌日の深夜。


 私は倉庫の裏手で待っていた。


 レオンには反対された。「ミチカ様が直接張り込むなど」と。


 でも、これは私がやるべきだと思った。


 ステータスオープンの近距離探知を使えば、接近者をリアルタイムで捕捉できる。レオンや他の大人では、相手が逃げる。


 ――子供相手に追い詰めるのは、大人の仕事じゃない。


 同い年くらいの私が行く。


 冬の夜気が骨に染みる。石壁に背中をつけて、毛布に包まって座り込む。ミナが持たせてくれた白湯の水筒がありがたい。


 深夜。星が出ている。息が白い。


 探知範囲五十メートル。倉庫周辺に反応はない。管理係はとっくに館に引き上げている。レオンは――命令通りなら館の警護に就いているはず。命令を無視してどこかで見張っている可能性もあるけど、それはレオンの判断に任せる。


 一刻が過ぎた。


 二刻が過ぎた。


 ……来ない。


 子供の体力ゲージ、限界が近い。まぶたが重い。


 もう少しだけ――


 反応。


 探知圏の端に、生体反応が一つ。


 小さい。子供だ。


 移動速度が異常に遅い。――いや、遅いんじゃなくて、音を立てないように動いている。壁際を()うようにして、一歩ずつ。


 上手い。


 夜間の潜行技術としては、大人の偵察兵でもこうはいかない。足音がゼロ。影から影へ、月明かりの下を完全に避けて移動している。


 倉庫の裏手――小窓の下に、人影が(うずくま)った。


 見える。


 月明かりの端で、小柄な影が窓枠に手をかけた。


 小さい。私やミナよりさらに小さい。年齢は十一くらいか。髪が短い。目つきだけが暗闇の中で光っている。――猫みたいだ。


 窓枠を外す手つきが(よど)みない。何度もやっている動きだ。


 三袋。きっちり三袋だけ抜くつもりなのだろう。生きるために必要な量だけ。


「――そこまで」


 私は毛布を脱いで、小窓の横に立った。


 影が凍った。


 一瞬――本当に一瞬で、全身が逃走の態勢に入った。猫どころじゃない。野生動物だ。


 でも、逃げなかった。


 逃げられなかったのではない。私の目を見て――止まった。


「逃げなくていいです」


 声を抑えた。怒鳴らない。追い詰めない。


「話を聞かせてください」


 沈黙。


 影の目だけが、暗闇の中でこちらを見ている。出入り口と窓の位置を確認している。――逃走経路の把握。身体が覚えている癖だ。


「……誰だ」


 低い声。子供の声だけど、声の出し方が暗い。喉の奥で潰すような発声。見つかりにくい声を作っている。


「ミチカ・フォン・ヴァイスフェルト。この領の領主です」


「……領主」


 目が、少し変わった。警戒が一段階上がったのか、それとも――。


「穀物を盗っていたのは、あなたですね」


 返事はない。


「三袋ずつ。食べる分だけ。鍵を壊さず、痕跡を残さず」


 返事はない。でも、身体の強張りが少しだけ変わった。自分の手口を正確に言い当てられた驚き。


「上手です。正直に言って、感心しました」


「……莫迦(ばか)にしてるのか」


「していません。事実を言っています。――名前は?」


 長い沈黙。


「……カイ」


「カイ。――一つ聞いてもいいですか」


 返事を待たずに聞いた。


「なぜ三袋なんですか。もっと持って行けたはずです」


 カイの目が揺れた。


「……必要な分だけだ」


「必要な分」


「食う分。――それ以上は盗らない」


 その言葉に、(うそ)はなかった。


 ステータスオープン。


『カイ Lv.5 元スリ(更生中)』


 忠誠値:5/嘘反応:なし


 職能適性:潜入A、偵察A、追跡B、情報操作C


 精神状態:警戒(極高)、罪悪感(中)、居場所不安(極高)


 忠誠値5。ほぼゼロ。


 でも嘘反応なし。この子は嘘をつけない。あるいは――つかない、と決めている。


「元スリ(更生中)」。


 更生中。つまり、もうやめようとしている。食べ物を盗るのは――生きるための最後の手段。


 精神状態、「居場所不安(極高)」。


 この子は、どこにも居場所がない。


「カイ。あなたを捕まえるつもりはありません」


 カイの目が見開かれた。


「穀物は返してもらいます。でも、罰は与えません。――ただし、条件があります」


「……条件」


「明日、領主館に来てください。話したいことがあります」


 カイは何も言わなかった。


 身を翻して、闇の中に消えた。


 速い。影が影に溶けるように。足音はゼロ。


 ――来るかどうかは、わからない。


―――


 翌朝。


 来ないかもしれないと思っていた。


 半分は来ることを祈って、半分は来なくても仕方ないと覚悟していた。


「ミチカ様、館の裏手に……子供が一人、立っています」


 ミナの報告で、私は椅子から立ち上がった。


 裏手。正面玄関じゃない。――裏口から来るのが、この子らしい。


 館の裏口を開けた。


 カイがいた。


 昨夜と同じ格好。小柄な身体。短い髪。鋭い目。――でも、昨夜と一つだけ違う。


 足元に、穀物の袋が三つ、置いてあった。


「……返しに来た」


 低い声。こちらを見ない。


「ありがとう。――中に入りませんか」


「……用件だけ聞く。中には入らない」


 逃走経路を確保したいのだ。建物の中に入れば、出口が限られる。この子は常に「逃げられる場所」にしかいない。


「わかりました。ここで話します」


 私は裏口の敷居に腰を下ろした。カイとの間に、三袋の穀物がある。


「単刀直入に言います。あなたの足と目が必要です」


「……何のためだ」


「この領を守るために」


 カイの眉が動いた。


「本家から召還状が届いています。本家は力で押し切ろうとしている。それに対抗するには、情報が必要です。――敵の動きを察知し、領内の異変を見つけ、誰にも気づかれずに報告を持ち帰れる人間が」


「……俺を偵察に使うのか」


「偵察。監視。情報収集。あなたの技術は、そのためにあると思います」


 カイの目が、ちらりと私を見た。


「……盗みの技術を、褒めるのか。領主が」


「盗みの技術じゃない。あなたが身につけたのは、気配を消す技術と、観察する技術と、逃げる技術です。それを何に使うかは――あなたが選べる」


 沈黙。


 長い沈黙。


 カイの手が、無意識にズボンの裾を握っていた。


「……居場所」


 小さな声。


「……ここにいて、いいのか」


 その声が――不意に、胸に刺さった。


 この子が欲しいのは「使われる場所」じゃない。「いていい場所」だ。


 十一歳。親がいるのかもいないのかもわからない。街道筋でスリをしながら、一人で生き延びてきた。必要な分だけ盗って、それ以上は手を出さない。自分なりのルールを守りながら。


「いていいですよ」


 私は言った。


「ここは、あなたの居場所です。――ただし、ルールは守ってもらいます」


「……ルール」


「盗みはしない。嘘はつかない。任務には全力で当たる。――それだけです」


 カイは答えなかった。


 ただ、ほんの少しだけ――顎を引いた。(うなず)いたのだ。たぶん。


「……カイ。一つ、今すぐお願いしたいことがあります」


「何だ」


「御用商会の倉庫の周辺を見てきてほしい。人の出入り、荷の動き、異変があれば全て。――戻ったら、報告を」


 カイの目が変わった。


 さっきまでの不安が、一瞬だけ引っ込んで――代わりに、鋭い集中の光が灯った。


 仕事を与えられた顔。


「……了解」


 それだけ言って、カイは消えた。


 文字通り、消えた。角を曲がった瞬間、気配がゼロになった。探知で追いかけると、すでに五十メートル圏の端に達している。速い。


 ミナが裏口から顔を出した。


「あの子……仲間になるんですか?」


「なるといいね」


「ミチカ様が声をかけたんだから、きっとなります」


 ミナの楽観論は根拠がない。でも、なぜか安心する。


―――


 夕方。


 カイが戻ってきた。


 裏口から。やっぱり裏口。


「報告」


 カイの声は短い。体言止め。必要最小限。


「御用商会の倉庫。本家の紋章入りの馬車が二台、今朝出発。荷は穀物。行き先は領外。街道の検問を通らず、東の間道を使用。――帰路に本家からの伝令が一騎、合流」


 情報量が多い。しかも整理されている。観察力はステータス通りだ。


「……伝令の内容は分かりますか」


「近づけなかった。ただ、伝令を受けた後、御用商会の人間が荷を降ろし始めた。――出発を中止した」


「中止?」


「伝令が来て、方針が変わった。荷を領内に戻している」


 ステータスオープン。御用商会関連の統治指標に変動――。


 本家からの伝令で、穀物の搬出が止まった。これは――召還状と連動している。回答書を出す前に穀物を抜き終えるつもりだったのが、計画変更。


 何かが動いている。


「カイ。よくやりました」


 カイの表情は変わらない。でも、肩の力が少しだけ抜けたように見えた。


「……もう一つ」


「何ですか」


「倉庫の裏手の壁に穴がある。子供なら通れる。――俺が使ってた侵入口だ」


「……それ、自分の手口を暴露してませんか」


「もう使わない。――塞いだ方がいい」


 ああ。


 この子は、自分の「逃げ道」を差し出したのだ。もう盗みはしない、という宣言。


「ありがとう。レオンに伝えて、塞いでもらいます」


 カイが頷いた。今度ははっきりと。


 ミナが走ってきた。この子は本当にいつも走っている。


「ミチカ様! ノアさんが東地区の井戸の水質報告を――あ」


 ミナがカイに気づいて、足を止めた。


「……えっと、こんにちは」


 カイは答えなかった。ミナの顔を見ず、出入り口の位置を確認している。


 ――逃走経路の把握。この癖、直るのに時間がかかりそうだ。


「ミナ、紹介します。カイです。今日から――」


 何と言おう。偵察担当? 監視係?


「――仲間です」


 ミナの顔がぱあっと輝いた。


「仲間が増えた……!」


 カイが一瞬、目を見開いた。


「仲間」という言葉を聞いたことがないような顔だった。


―――


 夜。


 ユリウスの小屋で回答書の最終調整をしていると、リオが来た。


「カイのこと、聞いたよ」


「知っていたんですね。街道筋のスリ」


「まあね。――あの子さ、俺が声かけたとき、逃げたんだ。でも翌日、俺の野営地に干し肉が置いてあった」


「干し肉?」


「俺から抜こうとした分。返しに来たんだ。――盗れなかったからじゃない。盗らないことに決めたんだと思う」


 リオが肩をすくめた。


「そういう奴を、見捨てられなくてね。面倒だけど」


「リオ」


「ん?」


「あなた、いい人ですね」


「やめてくれ。商人に『いい人』は禁句だ。商売がやりにくくなる」


 リオがにやっと笑った。でも、その笑みの下に――少しだけ、柔らかい何かがあった。


 ユリウスが羽ペンを止めずに言った。


「随分と(にぎ)やかになったな。四人で始まった陣営が、もう七人か」


「ミチカ様、ミナ、レオン、ユリウス、リオ、ノア、カイ。――七人」


 ミナが指を折って数えている。


「全員、子供です」


「子供で上等だ。大人に期待するより、よほど確実だよ」


 ユリウスの皮肉は、ときどき本音と区別がつかない。


 私は窓の外を見た。


 星が出ている。


 七人。


 召還状の期限は迫っている。本家は力で来る。御用商会はまだ息をしている。未知の「未定義」の影もいる。


 でも――


 駒は(そろ)いつつある。


 穀物を配り、流通を築き、衛生を整え、情報網を敷いた。


 次は――回答書を完成させて、本家に(たた)きつける。


「ユリウス。回答書の進捗は」


「九割。明日の朝には完成する。――寝てくれ、ミチカ。子供は寝ないと育たない」


「あなたも子供でしょう」


「俺は例外だ」


 こいつ、本気で言ってるな。


「おやすみなさい。――明日から、忙しくなります」


「今まで暇だった覚えはないがね」


 ユリウスの皮肉を背に、私は小屋を出た。


 夜風が冷たい。


 でも、不思議と凍えない。


 七人分の体温が、この領を少しずつ温めている。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ