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女も子供も家督不可? 追放先の自治領を立て直したら、いつの間にか天下を取っていました  作者:


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第4話:召還状と帳簿の少年

 召還状というのは、つまるところ「今すぐ来い」という命令書である。


 しかも王国法に基づく正式な書式で、本家当主の印章と、王都の後見監督局の副署まで付いている。


 ……ガチの奴じゃん。


 朝露がまだ残る執務室――と言っても、領主館の一番マシな部屋を片付けただけの場所だけど――の机の上に、その羊皮紙は広げられていた。


 私はそれを三回読んだ。


 一回目は内容の確認。二回目は法的根拠の精査。三回目は、穴がないかの最終チェック。


 結論。


 穴、ない。


 よくできてる。さすが本家、こういうところだけは仕事が早い。


「ミチカ様」


 隣に立つミナが、不安そうに私の顔を(のぞ)き込む。


「……大丈夫ですか?」


 大丈夫じゃない。全然大丈夫じゃない。でもそれを言ったところで状況は変わらない。


「期限は三日」


 私は召還状の末尾を指でなぞった。


「届いた日を含めて三日以内に本家に出頭せよ。応じない場合は王国法第七十二条に基づき、領主権の即時停止および後見人の強制任命を行う、と」


 要するに。


 行けば後見人制度で権限を全部奪われる。行かなければ反逆扱い。


 どっちに転んでも詰み。


 見事なまでの二択。選択肢があるように見せかけて、実はどちらも死に筋という、最悪のゲームデザインだった。


「拒否しましょう」


 沈黙を破ったのはレオンだった。


 扉の横に立ったまま、まっすぐな目でこちらを見ている。十三歳の巡回兵見習い。亡き父の盾で、昨日本家の騎兵から私を守ってくれた少年。


「本家に出向けば、ミチカ様の身柄は確実に拘束されます。拒否一択です」


「根拠は?」


「……直感です」


 正直で良い。でも。


「根拠なき拒否は、敵に口実を与えるだけです」


 レオンが唇を引き結ぶ。悔しそうだけど、反論はしない。命令には従う。そういう人だ。


 私は椅子の背もたれに体を預けた。


 現在の状況を整理しよう。


 本家は召還状という合法的な手段で私を呼び出そうとしている。王国法に基づいている以上、感情論で拒否すれば「未成年の少女が法を無視した」という物語が完成する。


 それは最悪だ。


 この世界では、女性の家督相続はそもそも認められていない。私が領主でいられるのは、父の遺言と、まだ後見人が正式に任命されていないという手続き上の隙間にすぎない。


 その隙間を、本家は召還状で塞ぎにきた。


 だから必要なのは――


「拒否するにしても、拒否できる理由が要る」


 私はミナとレオンを見た。


「本家が法を盾にするなら、こちらも法で返す。そのためには証拠が必要です」


「証拠……横流しの、ですか?」


 ミナが小さく首を傾げる。


 そう。昨日発見した二十七袋の不足。あれは氷山の一角にすぎない。管理官ガルドの証言が正しければ、横流しは本家の命令で組織的に行われている。


 でも、二十七袋だけでは弱い。


「局所的な不正」で片付けられる。ガルドに罪を被せて終わり。本家は痛くも(かゆ)くもない。


 必要なのは、全体像だ。


「レオン」


「はい」


「昨日話していた書記官の息子――ユリウスという人物。案内できますか?」


 レオンの表情が一瞬だけ曇る。


「……案内はできます。ただ、あの人は相当な変わり者です。本家を追われてから誰とも関わろうとしない。協力してくれるかは――」


「行きます」


 即断即決。これが私の流儀だ。


「ミナも来てください。視察です」


「はいっ、ミチカ様!」


 ミナの目がぱっと輝く。……いや、視察だからね? ピクニックじゃないからね?


―――


 森の外れの廃屋は、想像以上にひどかった。


 屋根の半分は崩れ、壁には(つた)()い、窓枠には布切れが申し訳程度に掛けられている。


 人が住んでいるとは思えない。


 でも、煙突から細い煙が上がっていた。


「ここです」


 レオンが足を止める。その手は無意識に腰の剣に触れている。護衛として正しい。


 私は扉――というか、蝶番(ちょうつがい)が外れかけた板――を(たた)いた。


「どなたか」


 中から低い声。


「辺境領主、ミチカ・フォン・ヴァイスフェルトです」


 沈黙。


 長い沈黙。


 それから、かちゃりと内鍵が外れる音がした。


 扉を開けたのは、少年だった。


 私より少し年上――十四歳くらいだろうか。痩せていて、前髪が長く、その奥に視力補助の片眼鏡を乗せている。年齢不相応に疲弊した顔。目の下には、大人のような深い(くま)


 しかし、その目だけは鋭かった。子供の目じゃない。数字と書類を(にら)みつけてきた人間の目だ。


「……へえ」


 ユリウスは私を上から下まで眺めた。


(うわさ)の子供領主。俺と大して変わらないな」


「二つ年下です。本題に入ってよろしいですか」


「どうぞ。ただし、中は散らかっている」


 散らかっている、のレベルではなかった。


 狭い室内の至るところに書類の束が積まれ、羊皮紙の切れ端が床を覆い、インク(つぼ)が三つほど机の上で干からびている。


 だが――書類の山には、ある種の秩序があった。


 年度別。項目別。地区別。


 積み方に規則性がある。これは「散らかっている」のではなく、「本人にしかわからない配列で整理されている」のだ。


 ……できる人だ。


「単刀直入に言います」


 私は唯一空いていた椅子に座った。ミナが横に立ち、レオンは扉の前を固める。


「本家の横流しに関する帳簿をお持ちですね。それを見せていただきたい」


 ユリウスの眉がぴくりと動いた。


「……誰から聞いた」


「情報源は伏せます。あなたが本家の書記官だったこと、不正を指摘して追われたこと、それだけで十分です」


 ユリウスは腕を組んだ。


「仮に持っていたとして。それをあなたに渡す理由がない」


「領民が飢えています」


「知っている。だから何だ?」


 冷たい声。でも、冷たいだけじゃない。


 私にはわかる。この人の冷たさは、諦めの冷たさだ。


「俺は一度、正しいことをしようとした」


 ユリウスは窓の外を見た。崩れかけた窓枠の向こうに、灰色の空。


「親父は本家の書記官だった。俺はその見習いだ。親父が死んでから帳簿を引き継いで、不整合を本家に報告した。結果はご覧の通りだ。見習いの分際で口を出すなと追われて、この森の端で朽ちかけている」


 声に感情はない。事実を述べているだけ。


「血筋だけで人を使い、都合が悪くなれば切り捨てる。それがこの領地の統治だ。あなたも同じだろう? ヴァイスフェルトの血筋。本家と同じ穴の(むじな)だ」


「違います」


「何が違う。血筋で領主になったことに変わりはない」


 正論だった。


 少なくとも、この時点では。


 私は立ち上がった。


「一つ、見せたいものがあります。失礼しますね」


 ――ステータスオープン。


 脳内で念じた瞬間、視界にユリウスの情報が浮かび上がる。


 名前:ユリウス・ヘルダー


 年齢:十四


 職能適性:行政管理A、会計処理S、法務解析A、交渉術B


 忠誠対象:なし


 精神状態:不信(高)、孤立感(中)、自己否定(低〜中)


 ……会計処理S。


 十四歳で。


 今回はずいぶん詳細な表示だ。


 昨日のガルドやレオンの時は忠誠値と(うそ)反応だけだったのに、今は職能適性まで展開されている。


 相手の能力が高いほど詳しく出るのか、それとも私が「何を知りたいか」に応じて変わるのか――仕様が読めないスキルだけど、この情報量は助かる。


 Sランクって。十四歳で。


 この世界でSランクの会計能力を持つ天才少年が、森の廃屋で朽ちかけている。


 人材の無駄遣いにもほどがある。ROI的に考えて大損失だ。


 そして「不信」の値が高い。当然だろう。正しいことをして罰せられたのだから。


「ユリウスさん」


「……何だ」


「あなたの職能適性は、行政管理A、会計処理S、法務解析A。この領地で――いや、おそらくこの王国で、あなたほどの書記官はそういない」


 ユリウスの目が見開かれた。


「……なぜそれを」


「私の能力です。詳細は省きますが、人の能力値と精神状態を読み取れる。そしてあなたの精神状態には『不信』が高く刻まれている」


 沈黙。


 ユリウスの視線が鋭くなる。警戒。当然だ。自分の内面を覗かれて平気な人間はいない。


「だからこそ、はっきり言います」


 私はユリウスの目をまっすぐ見た。


「私は血筋で人を使いません。能力で人を遇する。それが私の統治です」


 言葉が、廃屋の空気を切った。


「血筋で領主になったのは事実です。でも、血筋だけで人を従わせるつもりはない。あなたを必要としているのは、あなたがヴァイスフェルト家の元書記官の息子だからじゃない。十四歳にして会計処理Sの能力を持つ、この領地で最も優秀な実務家だからです」


 ユリウスは何も言わない。


 腕を組んだまま、じっと私を見ている。


「……条件がある」


 長い沈黙の後、ユリウスが口を開いた。


「帳簿は公正に運用しろ。恣意的な改竄(かいざん)も、都合の良い解釈も許さない。不正が見つかれば、相手が誰であろうと――たとえあなた自身であろうと――制度に基づいて裁け」


「当然です」


 即答した。


「むしろ、それ以外の運用をするつもりがありません」


 ユリウスの目が、ほんの少しだけ揺れた。


「……即答するか。普通」


「普通です。当たり前のことを当たり前にやる。それだけの話です」


「…………」


 ユリウスは眼鏡を外し、目頭を押さえた。


 それから、部屋の奥――書類の山の下に隠された木箱を引きずり出した。


 蓋を開ける。


 中には、びっしりと数字が書き込まれた帳簿の束。


「裏帳簿の写しだ。俺が書記官時代に、万が一のために複写しておいた」


 私はその帳簿を手に取った。


 ページをめくる。


 数字が並ぶ。穀物の出入り。日付。行き先。そして――正規の帳簿との差異。


「……これは」


 声が震えた。自分でも驚くほどに。


 横流しの規模が、想像を(はる)かに超えていた。


「年間収穫量のおよそ二割。それが過去五年にわたって、本家の御用商会を通じて外部に流出している」


 ユリウスが淡々(たんたん)と解説する。


 二割。


 年間収穫の二割が消えていた。


 五年間。


 領民が飢えていたのは、天候のせいでも、土地が痩せていたからでもない。


 単純に、食糧が盗まれていたのだ。


「……許せない」


 ミナが小さく(つぶや)いた。いつも柔らかいミナの声に、初めて怒りが混じっていた。


「これだけの証拠があれば、召還状への回答書が書けます」


 私は帳簿を机に置いた。


「ユリウスさん、回答書の起草を手伝ってください。法的根拠の構成はあなたの方が詳しいはずです」


「……視察、ね」


 ユリウスが小さく笑った。皮肉っぽい、でもどこか温かい笑み。


「まさか子供に使われる日が来るとは思わなかった」


「実務です」


「……ああ、そうだな。実務だ」


 ユリウスが羽根ペンを取り上げた。干からびたインク壺の一つに、新しいインクを注ぐ。


 二人で羊皮紙に向かう。


 召還状への回答。ただの拒否ではない。本家の不正を法的に指摘し、後見人制度の発動要件を満たしていないことを論証する。


 攻撃的防御。


 逆襲の第一手。


「起草の骨子はこうだ」


 ユリウスのペンが走る。


「第一に、召還の法的根拠となる後見監督局の副署について、同局が不正の当事者である本家の申請をそのまま受理した手続き瑕疵(かし)を指摘。第二に、裏帳簿を証拠として添付し、本家側に領地管理義務の重大な違反があることを主張。第三に――」


「第三に、現領主による是正措置が進行中であり、召還に応じることが領民の利益を著しく損なうことを陳述する」


 私が続けた。


 ユリウスが目を細める。


「……なるほど。筋は悪くない。子供にしては、だが」


「褒め言葉として受け取っておきます」


 羽根ペンの音だけが、小屋に響く。


 三日の期限。残り二日と少し。


 間に合わせる。絶対に。


「――ミチカ様」


 小さな声。


 ミナだった。


 窓際に寄っていたミナが、こちらを振り返る。その顔が、わずかに青ざめていた。


「外に……人がいます」


 全員の動きが止まった。


 レオンが即座に剣の柄に手をかけ、扉の横に身を寄せる。


「どこだ」


「木立の陰です。こちらを見ていました。でも――もう、動いて……」


 ミナの声が途切れる。


 私は窓に近づいた。


 森の木々(きぎ)の間に、影はもうなかった。


 ただ、枝が一本だけ不自然に揺れていた。風のない朝に。


「……本家の密偵か」


 ユリウスが低く呟いた。


「あるいは、別の誰かか」


 沈黙が、廃屋を満たす。


 私は帳簿に目を戻した。


 敵がこちらを見ている。ならば、こちらも手を止めるわけにはいかない。


「続けましょう。時間がない」


 ペンを取る。


 召還状への回答書。そこに書くのは、拒否ではない。


 ――逆襲だ。


 ペン先が紙に触れた瞬間、小屋の外で枯れ枝が踏み折られる音がした。

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