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女も子供も家督不可? 追放先の自治領を立て直したら、いつの間にか天下を取っていました  作者:


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第34話:公開査察

 朝靄(あさもや)の残る領境の丘。


 馬列が六頭。先頭に白い法衣の査察使、その後ろに黒衣の随行者が四名。最後尾に荷駄馬が一頭。


 ……うん、カイの報告通りの編成だ。


 私は丘の上に立ち、風に前髪を押さえながら彼らを見下ろしていた。隣にはレオンとユリウス。少し後ろにマティアス司祭。


 査察使が馬を降りた。五十代半ば、痩せぎすの男。名はヘルマン。管区本部の上席査察官。


 ステータスオープン。


 ――ヘルマン。忠誠心:管区本部(高)。現在の感情:優越、確信。(うそ)反応:低。


 ふむ。本人は自分が正しいことをしていると思っている。つまり上からの命令に忠実なだけの実務官タイプだ。


 問題はその後ろ。


 黒衣の随行者の中で、一人だけ体格が違う男。ヴォルフ。


 ――ヴォルフ。忠誠心:本家当主(極高)。現在の感情:警戒、焦燥。嘘反応:中〜高で変動中。


 はい、真っ黒。


「領主ミチカ殿か」


 ヘルマンが法衣の裾を払い、こちらへ歩いてきた。威厳を出そうとしているのか、一歩一歩が妙に重い。


「管区本部より派遣された上席査察官ヘルマンである。本査察は非公開の審問形式で行う。場所を用意されよ」


 開口一番、これだ。


 非公開。密室。証人なし。


 教会法の査察規定では、確かに非公開が原則とされている。だけど――


「ヘルマン査察使殿」


 私は一歩前に出て、用意していた提案書を差し出した。


「本領では公開形式での査察をお願いいたします。こちらが提案書です。教会法第七十二条但し書き、『被査察地の領主が公開を求め、かつ祈祷(きとう)者が立会う場合、査察使はこれを拒否できない』。マティアス司祭に祈祷者をお引き受けいただいております」


 ヘルマンの目が細くなった。


 ステータス確認。感情が「優越」から「困惑」に変わった。


「……マティアス司祭。貴殿が祈祷者を?」


「はい」


 マティアスが穏やかに、しかし明確に(うなず)いた。


「この領の民が正しく神の教えのもとに暮らしていることを、私は祈祷者として証言いたします。公開の場でこそ、真実は明らかになりましょう」


 ヘルマンが提案書に目を落とす。ユリウスが作った書式だ。教会法の条文引用、祈祷者の資格証明、公開査察の手続き要件。一点の隙もない。


 ヴォルフが後ろからヘルマンに耳打ちした。ステータスを見る。ヴォルフの嘘反応が跳ね上がった。何か吹き込んでいる。


 だが、ヘルマンは提案書を閉じて、短く息を吐いた。


「……よかろう。公開形式で行う」


 実務官タイプで助かった。法的根拠を突きつけられて、それを無視するほどの胆力はない。


 よし。第一関門突破。


―――


 広場に着くと、既に領民が整然と並んでいた。


 レオンの警備配置が完璧だ。広場の四隅に治安隊員が立ち、中央に査察用の長机と椅子。領民は半円状に囲む形で、全員が査察の様子を見られる位置にいる。


 ヘルマンが広場を見渡して、一瞬足を止めた。


 そうでしょうとも。


 荒廃した異端の地を想像してきたはずだ。でも実際に目に入るのは、整備された水路、清潔な井戸、秩序だった領民の列。


 ここで、リオの出番。


「査察使殿、長旅でお疲れでしょう。まずはお茶と軽食をどうぞ」


 リオが商人スマイル全開で、査察使一行に盆を差し出した。焼きたてのパン、季節の果物、ハーブティー。全部この領で採れたもの。


「これは……領内産か」


「ええ、すべて。小麦は今季の新麦、果物は南斜面の果樹園から今朝摘んだものです。お茶のハーブはノアが――あ、衛生管理官が品質を確認済みですので、ご安心を」


 リオ、さりげなく領の生産力と制度をアピールしてる。完璧。これが接待戦略だ。


 随行者たちがパンに手を伸ばす。焼きたてのパンの香りに抗える人間はいない。これは万国共通、異世界でも同じ。


 ヴォルフだけが手をつけなかった。


 ステータス確認。ヴォルフの焦燥値がじわじわ上がっている。広場の領民の数、整った設備、リオの接待。全部が「この領は異端の地ではない」と証明しているから。


 シナリオが崩れ始めていることに、こいつだけが気づいている。


―――


 公開査察が始まった。


 ヘルマンが長机の前に座り、教義問答から入る。


「では問う。この領において、朝夕の祈りはいかなる形式で行われているか」


 マティアスが立ち上がった。


「管区標準の祈祷文を用い、朝は日の出の鐘とともに、夕は日没の鐘とともに行っております。祈祷文の写しはこちらに」


 書面を提示。ヘルマンが目を通す。


「神事の暦は?」


「王国教会の標準暦に準拠しております。直近の収穫感謝祭も規定通り執り行いました。参列者名簿と司祭の署名入り報告書をご確認ください」


 また書面。マティアスとユリウスが昨夜まとめた資料だ。


 ヘルマンの質問が続く。洗礼の手続き、埋葬の儀式、十分の一税の納付状況。一つ一つ、マティアスが穏健派の教理に基づいて応答し、書面で裏付ける。


 ……これ、ユリウスが言ってた「監査対応標準化」の宗教版だ。


 ステータスでヘルマンを見る。


 感情:困惑→諦観。


 うん。異端の証拠が出てこない。出てくるわけがない。だってうちの領、ちゃんとやってるもの。


 問題は、ヘルマンの隣でそわそわしているヴォルフだ。


 嘘反応が急上昇中。焦燥も天井知らず。


 教義問答で異端認定ができないと悟って、次の手を打とうとしている。


 来る。


「――では」


 ヘルマンが書面を閉じた。


「教義に関しては特段の問題を認めない。次に、異端告発の手続きに移る」


 広場がざわついた。領民の視線が集まる。


 ヘルマンが(かばん)に手を伸ばした。告発書式を取り出そうとしている。


 今だ。


「ユリウス」


「……ああ、出番だね」


 ユリウスが一歩前に出た。その顔に、いつもの皮肉な笑みが浮かんでいる。


「ヘルマン査察使殿。一点、確認させていただきたい」


「何か」


「査察使殿のお荷物の中に、査察開始前に記入済みの異端告発書式がございますね?」


 広場が静まり返った。


 ヘルマンの手が止まる。ステータス。感情が「諦観」から「動揺」に一気に振れた。


「……何を根拠に」


「カイ」


 私が名を呼ぶと、広場の端からカイが現れた。手に一枚の紙を持っている。


「荷物の写し。査察使の鞄、内側の仕切り。告発書式、日付は三日前。被告発者名、ミチカ。告発事由、異端の疑い。査察官署名欄、記入済み」


 カイの報告は、いつも通り短い。でも十分だ。


 領民がざわめいた。三日前。査察がまだ始まってもいない時点で、告発書式が完成していた。


「これは教会法第八十五条に明確に違反します」


 ユリウスが条文を読み上げた。


「『異端告発は査察の結果に基づいて行われなければならず、査察開始前の告発書式作成はこれを無効とする』。査察使殿、この書式は査察の結果ではなく、査察の前提として作成されたものですね?」


 ヘルマンが絶句した。


 口を開いたのはヴォルフだった。


「待て、それは――事前の準備として書式を用意しただけだ。記入は仮のもので――」


「ヴォルフ殿」


 私はまっすぐヴォルフを見た。


「もう一つ、確認があります。カイ」


「ヴォルフ。本名ヴォルフガング・ベーレン。三年前まで本家当主の近衛副長。退役後、管区本部の事務官として採用。推薦状の署名者は本家当主」


 広場が再びざわついた。今度はもっと大きく。


 査察使の随行者が、本家当主の元家臣。


 ヘルマンがヴォルフを見た。その目に浮かんでいるのは、怒りだ。自分が利用されていたことへの怒り。


 ステータス確認。ヘルマンの感情:動揺→憤怒。ヴォルフへの信頼値が急落している。


「ヴォルフ。これは本当か」


「……それは……」


 ヴォルフの嘘反応が振り切れた。何を言っても嘘になる状態。もう弁明のしようがない。


 ヘルマンが立ち上がった。


「本査察は中断する」


 その声は、広場の隅まで届いた。


「手続きに重大な瑕疵(かし)が認められた。本件は管区本部に差し戻し、改めて審議する。告発書式は無効とする」


 査察使としての矜持(きょうじ)が、最後に勝った。実務官タイプの面目躍如だ。


 領民から、小さな拍手が起きた。それがじわじわと広がっていく。


 ミナが広場の隅で、両手を胸の前で握りしめていた。目が潤んでいる。


 ……泣くのは早いよ、ミナ。まだ終わってない。


―――


 査察使一行が撤退の準備を始めた。


 馬を引き出し、荷物をまとめる。ヴォルフは終始無言で、顔面蒼白(そうはく)のまま荷駄馬の荷を括り直していた。


 その時だ。


「ミチカ様」


 マティアスが私のそばに来た。その手に、一通の封書があった。


「ヴォルフ殿の荷駄から落ちたものです。宛名は――本家当主」


 封書を受け取る。


 裏返す。封蝋(ふうろう)


 赤い(ろう)に押された紋章を見て、私の背筋が冷たくなった。


「ユリウス」


「……見せて」


 ユリウスが封蝋を(のぞ)き込み、目を細めた。


「管区本部の公印だ」


 管区本部から、本家当主への封書。


 教会の上層部が、本家に直接書簡を送っている。


 査察の結果報告ではない。査察はまだ終わっていないのだから。これは査察とは別の、もっと根深いやり取りの証拠だ。


「開けますか」


 レオンが聞いた。


「開けない」


 私は封書をそのまま懐にしまった。


「これは未開封のまま保管します。開けた瞬間に『盗み見た』と言われる。封蝋が無傷のまま保管されていること自体が、いつか最大の武器になる」


 ユリウスが小さく口笛を吹いた。


「……やるね、領主殿」


 マティアスが静かに言った。


「私は今日、公の場で査察使に反論しました。管区本部は……おそらく、これを許さないでしょう」


 その声に、覚悟があった。


「処分が来るかもしれません。異動か、あるいは聖職剥奪か。しかし」


 マティアスは広場を振り返った。領民たちがまだそこにいる。査察の結末を見届けた人々(ひとびと)が、穏やかな顔で立っている。


「穏健派が一人で戦う時代は終わりにしなければなりません。組織として動く。そのための第一歩が今日だったと、私はそう思っています」


 私はマティアスに頭を下げた。


「マティアス司祭。あなたを一人にはしません。それは約束します」


 マティアスが微笑んだ。穏やかで、少しだけ寂しい笑みだった。


―――


 夕刻。執務室。


 封書を机の上に置いて、全員で見つめている。


 管区本部の公印。本家当主宛。未開封。


「これの中身が何であれ」


 ユリウスが腕を組んだ。


「教会上層部と本家が直接やり取りしている物証だ。査察という建前すら通さない、直接の共謀。開けなくても、存在するだけで圧力になる」


「ヘルマンの差し戻し報告も気になるね」


 リオが果物を(かじ)りながら言った。


「あの人、真面目だから正直に書くだろうけど……管区本部の強硬派がその報告を素直に受け取るかな」


「握り潰す可能性は高い」


 ノアが淡々(たんたん)と言った。


「その場合、別の手段で来る」


 カイが壁に背を預けたまま、短く言った。


「次は、もっと直接的に来る」


 全員が黙った。


 私は封書に手を伸ばし、そっと引き出しにしまった。


「この封書は、最後の最後まで取っておきます。開けるのは、教会強硬派を完全に封じる時」


 窓の外では、夕日が領境の丘を赤く染めていた。


 査察使の馬列は、もうとっくに見えなくなっている。でもこの戦いは終わっていない。むしろ、今日から本当に始まる。


 マティアス司祭を守る。穏健派を組織にする。そして、この封書の中身が暴く真実を――最も効果的な瞬間まで、温存する。


 夕日が沈みきる前に、もう一つだけ確認しておくことがある。


 引き出しの封書に、そっと指を添えた。冷たい蝋の感触が、指先に残った。

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