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女も子供も家督不可? 追放先の自治領を立て直したら、いつの間にか天下を取っていました  作者:


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第3話:裁きと分配

 乾いた風が、砂埃(すなぼこり)を巻き上げていく。


 倉庫前の広場は踏み固められた赤土がむき出しで、晩秋の陽射しが白っぽく照りつけていた。


 広場を囲むのは低い石積みの塀と、板壁の補修痕だらけの穀物倉庫が三棟。


 その手前に集まった民衆――三十人ほど。


 痩せこけた頬、(くぼ)んだ目。


 (あか)じみた衣服から漂う、空腹の人間に特有の酸っぱい体臭。


 その全員の視線が、地面にへたり込んだガルドと、その前に立つ私に注がれている。


「本家の命令だ」


 ガルドが叫んだ言葉の余韻が、まだ空気に残っていた。


 ……さて。


 現在の状況を整理しよう。


 横流し二十七袋の犯人ガルドが「本家の命令」と口走った。民衆は怒りで煮えている。そして私は十二歳の、追放同然で送り込まれた少女領主。


 どう考えても詰んでる局面だけど――ここで引いたら終わりだ。


「ステータスオープン」


 心の中で唱える。視界の端に、例の半透明パネルが浮かぶ。


 対象:ガルド。感情値――恐怖87、敵意12、忠誠0。


 そして、(うそ)反応。


「本家の命令だ」という発言に対して――反応は「部分的真実」。


 ふむ。


 完全な嘘ではない。かといって全部が本当でもない。つまりガルドは本家から何らかの指示を受けていた。でも二十七袋全部が命令通りかは怪しい。中抜きもしてるだろう。


 ――ただ、この能力にも限界がある。対象を直接視認していないと反応は取れないし、立て続けに使うとこめかみの奥が鈍く痛む。万能じゃない。だからこそ、ここぞという場面で使わないと。


 恐怖値87。これは演技じゃない。


 本家の名前を出した瞬間の、あの引きつった顔。脅されて動いていた末端の実行者。自分の意思で始めた首謀者じゃない。


 ――よし、方針は決まった。


「皆さん」


 私は声を張った。十二歳の声は細い。でも、倉庫前の静寂がそれを広場の隅まで運んでくれた。


「これより、領主裁定を行います」


 ざわり、と空気が動いた。


 民衆の中から、痩せた中年の男が一歩前に出た。日焼けした肌に深い(しわ)が刻まれ、手の甲の骨が浮いている。


「裁定だと? そいつを()るせばいいだろう! 俺たちの食い扶持を盗んだ泥棒だぞ!」

「吊るせ!」

「追放しろ!」


 怒号が重なる。当然だ。子供が飢えてるのに倉庫番が横流ししてたんだから。


 でも――感情で動いたら、制度は作れない。


「黙りなさい」


 声を一段低くした。丁寧語ではなく、命じる声。


 一瞬、広場が静まった。十二歳の少女の声に、ではない。声に込めた確信に、だ。


 私は帳簿を高く掲げた。昨夜、倉庫の搬入記録と本家の納入書を突き合わせて一から作り直した帳簿だ。


「まず事実を確認します。この倉庫には本家封印の穀物袋が八十袋納入された記録があります。封印の刻印番号、搬入日、すべて帳簿に残っている」


 ぱらり、と(ぺーじ)をめくる。乾いた紙の音が、妙に大きく響いた。


「現在の残数、五十三袋。差分二十七袋。これは先ほど私自身が数えました。立会人として――」


 視線をミナに向ける。


「ミナ」


「は、はいっ! ミチカ様!」


 ミナが背筋を伸ばした。緊張で声が裏返っている。


「あなたも袋を数えましたね。いくつでしたか」


「ご、五十三袋です……! 間違いありません……!」


 よし。証人確保。


「以上の物証により、二十七袋の穀物が所在不明であることは確定です」


 帳簿を下ろし、ガルドを見下ろす。


「ガルド。答えなさい。あなたは倉庫管理の任にありながら、この差分について説明できますか」


 ガルドは震えていた。額に脂汗が浮き、その滴が赤土の地面に小さな染みを作っている。


「お、俺は……命令されただけだ……本家の御用商会が来て、封印を確認して、持っていけと……」


 ステータス確認――嘘反応「部分的真実」。やっぱり全部は本当じゃない。でも核心部分、つまり御用商会が関与しているという点は真実寄りだ。


 ここは深掘りする。


「御用商会の名は」


「……ヴェルト商会」


 嘘反応なし。真実。


 商会名が取れた。これは大きい。本家との(つな)がりを辿(たど)る糸口になる。


 ――顔には出さない。ここで感情を見せれば、ガルドに情報の価値を悟らせる。


「記録しました」


 私は帳簿にヴェルト商会の名を書き込んだ。民衆の前で。堂々(どうどう)と。文字を刻む音が、静かな広場に響く。


「さて、処分を言い渡します」


 広場が静まり返る。


 吊るせ、追放しろ――さっきの声が、まだ耳に残っている。民衆はそれを望んでいる。


 でも、ここが分岐点だ。


「ガルド。あなたの罪状は、倉庫管理の職務懈怠(たいまん)および備蓄穀物の横流しへの加担。認めなさい」


「……認める」


「処分は以下の通り」


 息を吸う。


「追放ではなく、倉庫修繕および配給労役三十日。以上」


 一拍の沈黙。


 そして――爆発。


「ふざけるな!」

「たった三十日だと!?」

「甘すぎる!」


 怒号が波のように押し寄せる。予想通り。でも(ひる)まない。


「理由を開示します」


 私の声は、怒号の隙間を縫うように通った。


「ガルドを追放すれば、この場は収まるでしょう。でも、追放された人間は証言しません。ヴェルト商会との取引の詳細、本家からの指示内容、搬出の日時と経路――すべてガルドの証言なしには立証できない」


 ざわめきが、少しだけ小さくなった。


「私が追及したいのはガルド一人ではありません。二十七袋を持ち去った先、それを命じた者、この仕組みそのものです。ガルドを追い出せば、本家への追及の道が閉ざされる。――それで本当にいいですか?」


 沈黙が落ちた。


 痩せた中年の男が、歯を食いしばっていた。拳を握り、震えている。


「……納得したわけじゃねえぞ」


 低い声で、男は吐き捨てた。でも――それ以上は言わなかった。列の後方で、若い男が一人、舌打ちをして広場から去っていく。その背中を誰も引き留めなかった。


 全員が納得したわけじゃない。当たり前だ。飢えた人間に理屈だけで矛を収めろというのは傲慢でもある。


 でも。


「追放は簡単です。でも簡単なことをしても、仕組みは変わらない」


 私は民衆を見渡した。晩秋の風が広場を吹き抜け、痩せた体を震わせている人が何人もいた。


「私はこの領地の仕組みを変えに来ました。だから――制度で裁きます」


 ……我ながら、十二歳の台詞じゃないな。


 前世の記憶がなければ絶対に出てこない言葉だ。でも今の私には、この言葉しかない。権威もない、武力もない、体力もない。あるのは帳簿と、ステータスオープンと、制度を作るという意志だけ。


 広場の空気が、ゆっくりと変わった。


 納得ではない。でも、怒りの矛先が少しだけ――ガルドから、その背後の「仕組み」に向いた。


 それでいい。今はそれで十分だ。


―――


「俺が監視します」


 レオンだった。


 裁定が終わり、民衆がまだざわめく中、彼は一歩前に出てきた。


「ガルドの身柄確保、俺に任せてください。夜通し監視します」


 ステータスオープン――レオン。忠誠値71。恐怖0。敵意0。


 71。昨日より上がってる。


 嘘反応もなし。本気だ。


「……盾、持ってますね」


「……これは――」


 レオンが背中の古い木盾に手をやった。()びた金具、欠けた縁。でも革紐(かわひも)は新しく巻き直されている。大事にしている盾だ。


「元衛兵ですか」


「……末席の、見習いでした。本家の人員整理で、こちらへ」


 ステータス――真実。


 なるほど。元衛兵の見習い。だから体格がいいし、監視任務を自分から買って出る。「守る」が身体に染みついている人だ。


「任せます。ただし条件がひとつ」


「何でしょうか」


「暴力は禁止。ガルドには証言者としての価値がある。傷一つつけないでください」


 レオンは一瞬、目を見開いた。それから――不器用に(うなず)いた。


「了解しました。盾で守るのが俺の仕事です。……殴るのは、得意ではないので」


 ふ、と笑いそうになった。いい人だ。


「では、レオン。ガルドを倉庫脇の小屋へ。食事は一日二回、配給と同じ量を」


「……俺にも食わせるのか」


 地面に座り込んだままのガルドが、(かす)れた声で言った。


「当然です。飢えさせて証言能力を落とすほうが損失ですから」


 実務です。これは実務。情けではなく合理的判断――そう自分に言い聞かせた。


―――


「それでは――配給を始めます」


 残り五十三袋。これを今すぐ配る。


 この領地は三つの集落からなり、総世帯数は約八十。今日広場にいるのは各集落から駆けつけた世帯代表の一部だが、配給は全世帯に行き届かせなければ意味がない。


 民衆がどよめいた。今度は、怒りではない種類のざわめき。


「本当に……配ってくれるのか?」


「命令です。即時配給。世帯人数に応じて均等に分配します。今日ここに来られなかった世帯には、各集落の代表を通じて届けなさい」


 問題は列の整理だ。三十人以上が殺到したら収拾がつかない。私一人では――


「あの……! ミチカ様!」


 ミナだった。


 おずおずと、でも確かな足取りで前に出てくる。


「わ、私、列の整理をします……! 第一集落から順番に、世帯ごとに並んでもらえば……」


「ミナ」


「は、はいっ」


「お願いします」


 ミナの顔がぱっと明るくなった。


「はいっ! ミチカ様!」


 彼女は振り返り、民衆に向かって声を張った。


「えっと……! 第一集落の方から順に、世帯の代表お一人で並んでください……! 押さないで、順番に配りますから……!」


 声は震えていた。でも、民衆は――動いた。


 痩せた中年の男が、最初に列に並んだ。さっき「吊るせ」と叫んでいた男だ。彼は何も言わず、ただ黙って並んだ。その顔にはまだ不満の色が残っていたが、拳はもう握られていなかった。


 一人、また一人。列ができていく。


 ミナが「こちらですよ」「大丈夫、全員分ありますから」と声をかけながら列を整える。遠巻きに見ていた女性たちも、子供の手を引いて近づいてきた。裸足の子供が母親の服の裾を握りしめている。


 穀物袋を開くと、乾いた麦の匂いがふわりと広がった。何日も穀物の匂いを嗅いでいなかったのだろう、列の先頭にいた老婆が目を閉じて鼻を鳴らした。


 升で量る。五十三袋、一袋あたり四升として全量二百十二升。八十世帯で割れば一世帯二升半弱――端数は切り上げて配る。少ないけれど、(かゆ)にすれば三日は持つ。


「次の方、どうぞ」


「……ありがとう、ございます」


 老婆が、震える手で穀物を受け取った。節くれだった指が、麦の粒を一粒もこぼすまいと袋の口をしっかり押さえている。


 その目に、涙が(にじ)んでいた。


 ――ああ。


 これだ。これが、やるべきことだ。


 帳簿も裁定も制度も、全部ここに繋がっている。この人たちの手に、食べ物が届くこと。それだけだ。


 配給は二時間かかった。


 終わる頃には日が傾いて、広場の赤土が(だいだい)色に染まり、倉庫の板壁に長い影が落ちていた。民衆の表情は――まだ不安が消えてはいない。でも、さっきまでの殺気立った空気は確かに和らいでいた。


 レオンはガルドを小屋に連行し、入口の前に盾を立てかけて座った。あの姿勢のまま夜通し監視するつもりらしい。元衛兵の見習いの矜持(きょうじ)か。


 ありがたい。護衛の原型として、あの姿は民にも見えている。「守る人がいる」という安心感は、配給と同じくらい大事だ。


―――


 夜。


 執務室――と呼ぶには貧相すぎる、領主館の小部屋。蝋燭(ろうそく)一本の灯りが石壁に揺れる影を落とし、溶けた(ろう)の甘い匂いが狭い部屋に籠もっている。窓の隙間から入る晩秋の夜風が冷たく、指先がかじかんだ。


 私は帳簿を広げていた。


 ガルドに作らせた備品目録。任務を放棄して倉庫に駆けつけてきたから、途中までしか書かれていない。でも、途中まででも十分だった。


「……ん?」


 目録の端に、小さな記号が並んでいる。


 数字でも文字でもない。丸と線を組み合わせた――暗号?


 いや、これは。


「倉庫番号だ」


 丸の中の点の数が、倉庫の番号を示している。一つ点があれば第一倉庫、二つなら第二倉庫。そして線の本数が――


「搬出回数……?」


 第一倉庫、線三本。第二倉庫、線五本。第三倉庫――つまりさっき開けた倉庫――線二本。


 おそらくガルドが本家の定期検査に備えて、帳尻を合わせるために書き留めていた私的なメモだ。正規の記録には残せない数字を、記号に変えて目録の隅に隠した。自分の身を守るための保険――あるいは、命じられるままに記録する習慣が抜けなかったか。


 ぞわり、と背筋が冷えた。


 第三倉庫は二回の搬出で二十七袋が消えた。


 じゃあ五回搬出された第二倉庫は? 三回の第一倉庫は?


「……二十七袋どころじゃない」


 声が震えた。


 この記号が正しければ、横流しは第三倉庫だけの話じゃない。領内の全倉庫で、組織的に行われている。


 ヴェルト商会。本家の御用商会。彼らが定期的に巡回して、封印付きの穀物を「正規の手続き」として持ち出していた。


 飢饉(ききん)の原因は天災じゃない。


 流通が詰まっていたんじゃない――流通ごと、抜かれていたんだ。


 帳簿を握る手に力が入る。指先の感覚が戻らないのは、寒さだけのせいじゃなかった。


 全倉庫の一斉点検。それをやらなければ、全体像は見えない。でもそれは――本家の利権構造に、正面からぶつかるということだ。


 追放同然の十二歳の少女領主が、王国有数の貴族家の利権に挑む。


 ……冷静に考えれば無謀だ。手持ちの駒は帳簿一冊と、忠誠値71の元衛兵見習いと、声が裏返る侍女が一人。


 でも。


 あの老婆の震える手を思い出す。


 穀物を受け取った時の、涙を。麦粒を一つもこぼすまいと押さえた、あの指を。


「――やるしかない、か」


 蝋燭の炎が揺れた。


 窓の外では、レオンがまだ盾を構えて座っているのが見えた。夜闘の冷気の中、白い息を吐きながら。


 窓の外で、レオンの白い息が途切れた。何かに気づいたように、暗がりの向こうへ視線を投げている。


 翌朝――領主館の門前に、一通の書簡が届く。差出人の名は、本家筆頭執事。

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