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女も子供も家督不可? 追放先の自治領を立て直したら、いつの間にか天下を取っていました  作者:


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第23話:羊皮紙の真実

 深夜の執務室。蝋燭(ろうそく)が三本、残り僅かな命を燃やしている。


 その揺れる明かりの下で、私――ミチカは、テーブルに広げられた二枚の羊皮紙を見比べていた。


 一枚は、本家当主が審理に提出した「先代領主の真正遺言状」。


 もう一枚は、たった今カイが持ち帰った未使用の羊皮紙。


「……同じだ」


 繊維の走り方。()きムラの位置。透かしの紋様。


 ステータスオープン。


 素材情報がずらりと並ぶ。産地:王都第三工房区。製造時期:今年の春。


 ――今年の春。


 先代が亡くなったのは二年前だ。二年前に書かれたはずの遺言状が、今年の春に製造された羊皮紙に記されている。


 これだけで詰む。


 ……本家当主側は、この能力を警戒していなかったのだろうか。


 おそらく、していなかった。


 ステータスオープンは本来、対象の基本能力値を読み取る程度の鑑定系スキルだ。


 物質の産地や製造時期まで読み取れるのは、私の統治特化チートが素材・物流情報に拡張されているから。


 本家当主にとって、追放された子供の「鑑定ごっこ」など脅威にすら映っていなかったはずだ。



 その油断が、致命傷になる。


 念のため封蝋(ふうろう)もチェックする。


 カイが倉庫から持ち帰った封蝋の残滓(ざんし)。赤黒い欠片をインベントリに格納し、成分情報を読み取る。


 蜜蝋(みつろう)七十二、松脂十八、辰砂(しんしゃ)顔料八、金粉微量。


 ……ノアが以前分析した偽遺言状の封蝋成分と完全一致。そしてそれは、先月の交易紛争調停時に王都から正式送付された第二宰相派の公文書――その封蝋とも一致する。正規ルートで受け取った公文書だから、証拠としての出所も問題ない。


 ――(そろ)った。


 全部、揃った。


 三つのピースが揃った。羊皮紙の産地と製造年。封蝋の成分一致。そして既に判明している後見人指名状の日付矛盾。


「カイ」


 部屋の隅で壁に背を預けていた影が、わずかに動いた。


「倉庫の状況を」


「……帳簿。まだある。束で、三つ。運び出されていない」


 短い報告。


 でも十分だ。


 御用商会の裏金帳簿本体がまだ倉庫にある。


 今回の審理には使わない――カイの潜入調査で得た情報をそのまま証拠にすれば手続きの瑕疵(かし)を突かれる。


 でも、帳簿の存在を知っていれば、正規の捜索令状を取って回収できる。


 次の手札として、確実に確保できる。



「ありがとう。よくやってくれました」


 カイの忠誠値が、ほんの少しだけ上がるのが見えた。


 扉が控えめに(たた)かれる。


「ミチカ様、お休みになれませんか……?」


 ミナだ。心配そうな声が木の扉越しに染みてくる。


「大丈夫。もう寝ます。……明日、勝ちます」


 沈黙。それから、小さな声。


「……はい。ミチカ様なら」


 足音が遠ざかる。


 さて。


 現在の状況を整理しよう。


 明日の審理再開で、ユリウスがこの三つの証拠を叩きつける。本家当主の(うそ)反応は前回「灰色」だった。つまり本人も遺言状の真贋(しんがん)を確信していなかった。でも証拠を突きつけられれば、動揺する。動揺すれば、嘘反応は灰色から赤に変わる。


 勝ち確定――と言いたいところだけど。


 本家には最後の切り札がある。第一宰相派の勅使だ。


 あの勅使がどう動くか。それだけが、読めない。


 第一宰相派と第二宰相派は王都で権力を二分している。本家当主は第二宰相派の駒。なら第一宰相派の勅使は、本家当主を助ける理由がない――はずだが、辺境の秩序を乱したくないという理由で「双方引き分け」の裁定を出す可能性もある。


 最悪なのは、第一宰相派が第二宰相派と裏で手を結んでいる場合だ。


 ……考えても仕方ない。出せる手は全て出した。あとは、証拠の力を信じる。


―――


 翌朝。審理の間。


 領民たちが詰めかけた広間は、前回の休廷時よりもさらに人が増えていた。壁際にまで人が(あふ)れ、窓の外からも顔を(のぞ)かせている者がいる。


 中央の審理席にはミチカ。向かいに本家当主。その背後に第二宰相派の随員が控える。


 そして――広間の最奥、一段高い来賓席に、第一宰相派の勅使が座っていた。四十がらみの痩せた男。表情は読めない。


 審理官を務める穏健派司祭が、鐘を一つ鳴らした。


「審理を再開します」


 ユリウスが立ち上がる。


 いつもの皮肉っぽい表情は、今日はない。代わりに、研ぎ澄まされた刃のような静けさがあった。


「審理官殿。弁護側より、新たな物証を三点提出いたします」


 本家当主の眉が、かすかに動いた。


 ユリウスがテーブルの上に、丁寧に三つの証拠を並べる。


「第一に、本家当主が『先代の真正遺言状』として提出した文書に使用されている羊皮紙について。この羊皮紙は王都第三工房区の製品であり、製造時期は今年の春です。王都第三工房区の出荷記録との照合結果を、ここに提出いたします」


 ざわ、と広間が揺れた。


「先代領主が亡くなられたのは二年前。二年前の人間が、今年の春に製造された羊皮紙に遺言を書く。……これは控えめに言って、奇跡ですね」


 皮肉が戻ってきた。でも今日の皮肉には、刺すための意志がある。


「第二に、封蝋の成分分析結果です」


 ユリウスが分析記録を掲げる。


「偽遺言状に押された封蝋と、先月の交易紛争調停時に王都から正式送付された第二宰相派公文書の封蝋。


 蜜蝋、松脂、辰砂顔料、金粉の配合比が完全に一致しています。


 なお、先代領主の私印に使われていた封蝋は、領の公式記録によれば辰砂ではなく朱砂を使用しており、金粉は含まれていません」


 広間の空気が、変わった。


 ざわめきではない。静寂だ。息を()む静寂。


「そして第三に」


 ユリウスの声が、一段低くなる。


「後見人指名状の日付です。この指名状は、ミチカ殿の追放令が発布される六日前に発行されています。追放されていない領主に対して、後見人を指名する。つまり――」


 一拍、間を置いた。


「追放は、後見人就任のために計画的に仕組まれたものです」


 沈黙が、爆発した。


 領民たちのどよめきが壁を震わせる。怒号が混じる。「やっぱりそうだったのか」「最初から仕組まれていた」という声が、あちこちから上がった。


 私はステータスオープンで本家当主を見た。


 嘘反応――灰色から、赤へ。


 はっきりと、赤に変わった。


 灰色は「確信なし」。赤は「虚偽の自覚あり」。


 つまり、この瞬間、本家当主は自分が偽造に加担していたことを意識した。証拠を突きつけられて、もう「知らなかった」とは自分自身にすら言えなくなったのだ。


「異議を――」


 本家当主が立ち上がった。声が震えている。でもすぐに慇懃(いんぎん)な仮面を被り直す。


「これらの物証は、いつ、どのように入手されたものですか。正規の手続きを経ていない証拠に、審理上の効力はございませんが」


 来た。手続き論で逃げようとする。想定内。


 ユリウスが薄く笑った。


「羊皮紙の産地証明は、王都第三工房区の出荷記録と照合したものです。


 封蝋の分析は、当領の薬学士ノアが公開審査会の規格に基づいて実施し、記録は既に審理官に提出済み。


 第二宰相派公文書は先月の交易紛争調停時に正式送付されたもので、受領記録も残っております。


 後見人指名状の日付は――本家当主殿ご自身が、前回の審理で証拠として提出されたものですよ」


 全部、正規の手続き。全部、相手が自分で出した証拠か、公式に受領した文書を使って崩している。


 合法ざまぁの刃。ユリウスの真骨頂だ。


 本家当主の顔から、血の気が引いた。


 ――だが、ここで終わらなかった。


 本家当主が、深く息を吸った。震えていた声に、別の色が混じる。怒りだ。


「……なるほど。証拠は結構。手続きも結構」


 仮面が、剥がれ始めていた。


「しかし、審理官殿。一つ確認させていただきたい」


 本家当主が広間を見回した。慇懃な口調はまだ保っているが、目が変わっている。追い詰められた者特有の、ぎらついた目。


「この領を統治しているのは、齢十二の少女です。未成年であり、家督相続の正式な認可も受けておらず、王都の承認もない。仮に遺言状に瑕疵があったとして――それは後見人制度そのものの否定にはなりません」


 ユリウスが口を開こうとしたが、本家当主が遮った。


「後見人制度は、未成年領主の暴走を防ぐために存在する王国法です。遺言状の真贋は一つの問題に過ぎない。本質は、この領に正統な統治者が必要だということ。血筋も、経験も、王都との(つな)がりもない子供に、領民の命を預けてよいのですか」


 広間が、揺れた。


 さっきとは違うざわめきだ。領民たちの中に、不安の色が走るのが見えた。信用値が――わずかに、揺らいだ。


 本家当主は、ここぞとばかりに畳みかけた。


「私は三十年、本家の当主としてこの地方の統治に関わってきました。飢饉(ききん)の対応も、交易紛争の調停も、全て経験がある。それを、転生者だか何だか知りませんが、得体の知れない力で帳簿を読んだり物の出所を言い当てたりする子供の遊びで――」


「命令」


 私の声が、広間に響いた。


 自分でも驚くほど、冷たく、硬い声だった。


 本家当主が、言葉を止めた。


 私は席から立ち上がった。背は低い。本家当主の胸元にも届かない。でも、目は逸らさない。


「本家当主殿。一つ、事実を確認させてください」


 声は丁寧語。でも、命令の声だ。


「あなたが三十年の経験で統治に関わったとおっしゃる、その三十年間。この地方の飢饉発生率は何回ですか。流通障害による餓死者の累計は。交易紛争の調停で、領民側が勝った事例は何件ありますか」


 沈黙。


「私が自治領を宣言してからまだ二十日余り。その間に流通路の代替確保で配給を一日も止めず、井戸水の汚染報告はゼロに抑えました。御用商会の不正価格を是正し、配給の公平性も数字で証明できます。全て、記録に残っています」


 本家当主の目が、泳いだ。


「経験と血筋は、結果の代わりにはなりません。実務です」


 広間が、静まり返った。


 そして――領民たちの信用値が、跳ね上がった。


 揺らぎが、消えた。数字は嘘をつかない。このわずかな期間で自分たちの生活が変わり始めたことを、領民たちは身体で知っている。


 本家当主の顔が、蒼白(そうはく)から赤に変わった。


「……っ、小娘が――!」


 仮面が、完全に剥がれた。


「貴様のような得体の知れない者に、由緒ある血統の権威を――」


「当主殿」


 審理官の穏健派司祭が、静かに、しかし明確に制止した。


「審理の場での侮辱的発言は記録に残ります。ご自重ください」


 本家当主は口を(つぐ)んだ。だが、その目はまだぎらついている。


 ユリウスが、その隙を逃さなかった。


「さらに申し上げます」


 ユリウスの声は変わらず冷静だった。


「筆跡鑑定官の署名が付されていることを本家当主殿は強調されましたが、鑑定官が鑑定したのは『筆跡』であって『羊皮紙の真正性』ではありません。


 そして鑑定対象の文書自体が偽造であれば、鑑定官の署名は『偽造品に本物の署名が付いている』という状況を証明するに過ぎません」


 一呼吸。


「鑑定官が買収されていたか、鑑定対象が差し替えられていたか。いずれにせよ、筆跡鑑定の信頼性は、羊皮紙の物理的証拠によって完全に覆されました」


 広間が、再びどよめいた。


 本家当主は、もう反論しなかった。


 代わりに――広間の奥を見た。


 来賓席の、第一宰相派勅使を。


「勅使殿」


 本家当主の声が、(すが)るような響きを帯びた。もう慇懃さを取り繕う余裕もない。


「この審理は、辺境の一領主が独自に設けた私的法廷に過ぎません。王都の権威による正式な裁定を求めます。勅使殿にはその権限がおありのはず」


 広間が静まり返った。


 全員の視線が、来賓席に集まる。


 第一宰相派の勅使が、ゆっくりと立ち上がった。


 痩せた体躯(たいく)。穏やかだが底の見えない目。


 私はステータスオープンで勅使を見た。感情値は――平坦(へいたん)。怒りも同情もない。あるのは「計算」だけだ。


 この男は、今この瞬間も損得を測っている。


 第二宰相派の駒である本家当主を(かば)えば、第一宰相派の「中立性」が傷つく。しかも証拠は公開の場で提出済みだ。ここで本家当主を擁護すれば、偽造の共犯と見なされるリスクがある。


 逆に、本家当主を切り捨てれば――第二宰相派の辺境における足場が崩れる。そして「公正な判断を下した」という名目で、勝者であるこちら側に恩を売れる。


 どちらが得か。答えは明白だ。


「……本家当主殿のお求めは理解いたしました」


 勅使の声は、驚くほど平坦だった。計算通りの平坦さ。


 間。


 長い、長い間。


 広間の全員が息を止めている。私も、止めていた。


 読みが正しければ、勅使はこちらにつく。でも「読みが正しければ」だ。政治は、合理的な選択肢が常に選ばれるとは限らない。


「しかし」


 勅使が、口を開いた。


「私は本審理に先立ち、提出予定の証拠資料を事前閲覧いたしました。審理官殿のご厚意です」


 ――事前閲覧。


 つまり、この男は昨夜の時点で証拠の内容を知っていた。知った上で、今日この場に座っている。


 結論は、とうに出ていたのだ。


「証拠に基づく審理結果を尊重いたします。本審理において提出された物証は、規格化された手続きに則り、公開の場で検証されたものです。これを覆す根拠を、私は持ち合わせておりません」


 本家当主の顔が、凍りついた。


「中立の立場から申し上げます。後見人指名状の根拠となる遺言状が偽造であるならば、指名状そのものの法的効力は失われます」


 後ろ盾が、崩れた。


 第二宰相派の随員が慌てて本家当主に何か(ささや)いたが、本家当主はもう聞いていなかった。崩れ落ちるように椅子に座り直し、両手で顔を覆った。三十年の権威が、この広間で砕けた音がした。


 審理官の穏健派司祭が、静かに立ち上がる。


「審理の結果を宣言いたします」


 鐘が、三度鳴った。


「先代領主の遺言状として提出された文書は、偽造と認定いたします。これに基づく後見人指名状は無効とし、ミチカ殿の自治領宣言は、本審理の範囲において正当と認められます」


 一瞬の静寂。


 そして――広場の教会鐘楼から、大きな鐘の音が響いた。


 前に自治領を宣言した時と同じ、穏健派司祭の鐘。でも今日の鐘は、あの時よりもずっと力強かった。


 領民たちの歓声が、広間を満たす。


「ミチカ様!」


 ミナの声が聞こえた。泣き笑いの声。


 レオンが右手で剣の柄を握ったまま、左手で目元を拭っている。任務中だから泣かない、という顔で泣いている。


 リオが隣のノアの肩を叩いた。「封蝋の分析、あれが決め手だったな。いい仕事だ、薬学士殿」。ノアは静かに分析記録を畳みながら、「仕事です」とだけ返した。目が少しだけ、柔らかい。


 カイは――広間の隅で、壁に背を預けたまま、微動だにしていなかった。でもその忠誠値が、また少しだけ上がっているのが見えた。


 ユリウスが席に戻りながら、小さく息を吐いた。


「……まあ、証拠が揃えば誰でもできる仕事ですよ」


 嘘つき。あの三段論法の組み立て、誰にでもできるわけないでしょう。


 でも、ありがとう。


 勝った。


 第一章の、最後の壁を越えた。


―――


 歓声が遠ざかる廊下。


 審理が終わり、領民たちが広場へ溢れ出していく中、私は執務室へ戻ろうとしていた。


「ミチカ殿」


 背後から声がかかった。


 振り返ると、第一宰相派の勅使が立っていた。随員を下がらせ、一人だけ。


少々(しょうしょう)、お時間をいただけますか」


 穏やかな声。でも、穏やかすぎる。


「……何でしょうか」


「個人的な所感を、お伝えしたく」


 勅使は一歩近づいた。蝋燭の光が、その痩せた顔に影を落とす。


「本日の審理、見事でした。証拠の規格化、公開審理の手続き、三段論法による立証。辺境の、しかも未成年の領主がここまでの統治能力を示されるとは」


 お世辞か。それとも――。


「王都には」


 勅使の声が、わずかに低くなった。


「あなたの力を必要とする方がいらっしゃいます」


 心臓が、一拍跳ねた。


「それは、どなたのことでしょう」


「今はまだ、申し上げられません。ただ――」


 勅使は微笑んだ。底の見えない、静かな微笑み。


「いずれ、お声がかかるでしょう。その時は、どうかお耳を貸していただければ」


 それだけ言って、勅使は(かかと)を返した。


 去り際。廊下の角を曲がる直前に、勅使がちらりと振り返った。


 その目が――笑っていなかった。


 口元は微笑んでいるのに、目だけが冷たく計算している。恩を売る側の、値踏みする目。


 ぞくり、と背筋が冷えた。


「ミチカ様」


 袖を、引かれた。


 ミナだった。いつの間にか隣にいた。小さな手が、私の袖をきゅっと(つか)んでいる。


「あの方……笑っているのに、笑っていませんでした」


 ミナの直感は、いつも正しい。


「うん。……わかってる」


 自治領は認められた。偽遺言状は崩した。後見人制度の悪用は公的に暴いた。


 でも。


 王都には、私たちの知らない力学が動いている。第一宰相派が「恩を売った」ということは、いずれその対価を求めてくるということだ。


 そして御用商会の倉庫には、まだ運び出されていない帳簿の束がある。


 勝ったのに、終わっていない。


 一つの戦いが終わるたびに、次の戦いの輪郭が見えてくる。


 ミナの手を、そっと握り返した。


「大丈夫。次も、勝ちます」


 小さな手が、握り返してくる。


 廊下の窓から、領民たちの歓声がまだ聞こえていた。その向こうに、王都へ続く街道が夕陽に染まっている。


 あの道の先に、勅使の言う「ある方」がいる。


 ――次の視察先は、決まったかもしれない。

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