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女も子供も家督不可? 追放先の自治領を立て直したら、いつの間にか天下を取っていました  作者:


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第22話:公開審査会

 朝靄(あさもや)が広場を白く染めていた。


 まだ日が昇りきらない早朝だというのに、領民たちはすでに広場を埋め尽くしている。パン屋の親父、井戸端の老婆、畑仕事帰りの若者。みんな固い表情で、中央に設えられた審査台を見つめていた。


 ――公開審査会、当日。


 ……あ、どうも。ミチカです。


 現在の状況を整理しよう。


 審査台の左右には勅使席が二つ。右手に第一宰相派のハインリヒ・フォン・メルツァー。左手に第二宰相派のグスタフ・ランベルク。そして正面やや上座に、本家当主が座っている。


 あの不敵な笑み。


 昨夜の密会で何を仕込んだのか、余裕たっぷりの表情。まるで勝利を確信しているかのような――いや、確信しているのだろう。何か切り札を握っている顔だ。


 でもね。


 こっちだって七日間、寝る間も惜しんで準備してきたんですよ。


「ミチカ様……」


 背後から小さな声。振り返ると、ミナが両手を胸の前で組んで、震えていた。


「大丈夫ですか……? あの、領民のみなさんも、すごく緊張していて……」


「大丈夫」


 短く答える。振り返らない。振り返ったら、きっとミナの不安が伝染する。


 今日の私は、領主だ。


「――開廷します」


 声が広場に響いた。自分でも驚くほど、よく通った。


「本審査会は、領主権限に基づく公開審理です。提出書式の統一、証拠一覧の公開掲示、そして領民立会いのもとで行います」


 審査台の横に、大きな掲示板が立てられている。リオが手配した木板に、ユリウスが一晩かけて書き上げた証拠一覧が貼り出されていた。


 証拠番号、概要、提出者、日付。全てが規格化された書式で並んでいる。


 これが、監査対応標準化の原型。


 回答書の公開読み上げから始まった試みが、ついに制度として形になった瞬間だった。


 領民たちが掲示板に目を走らせる。ざわめきが広がった。


「あの数字……穀物の横流し量が書いてある……」

「年間収穫の二割だと?」

「そんなに抜かれてたのか……!」


 よし。数字が効いている。


 ここからが本番だ。


―――


「では、証拠提示を開始します」


 ユリウスが立ち上がった。


 いつもの皮肉っぽい表情は鳴りを潜め、今日は冷徹な法務担当の顔をしている。彼の手には、三つの証拠束が握られていた。


「まず第一に――物流封鎖について」


 淡々(たんたん)と、しかし確実に。


 ユリウスは封印付き穀物袋の数量不一致を示す記録を掲げた。裏帳簿の写し。二十七袋どころではない、領全体に及ぶ組織的収奪の全容。


「御用商会は製粉所と水路の使用権を盾に経済封鎖を行い、穀物の流通を意図的に止めていました。これは横流しの隠蔽と、領主権限への圧力を目的とした計画的行為です」


 どよめき。


「第二に――放火について」


 ユリウスが次の証拠を取り出す。放火犯から押収した指示書だ。


「配給所への放火は、御用商会の幹部が直接指示したものです。この指示書の筆跡は商会の帳簿と一致しており、組織的な破壊工作であることが明白です」


 領民のざわめきが大きくなる。


(うそ)だろ……」

「配給所が燃えたのは事故じゃなかったのか!」


 怒りの声が混じり始めた。


 そして――第三の矢。


「最後に、水源汚染について」


 ここだ。ここが今日最大の爆弾。


 ユリウスの声が、一段低くなった。


「配給所の水源に投入された薬品は、王都の特定薬種商からしか入手できない希少品です。……そしてこの薬品の購入伝票に記された購入者名は」


 間を置く。


 グスタフ・ランベルクの表情が、目に見えて強張った。


「――第二宰相派勅使の随員、ディートリヒ・ヴァイス」


 広場が、一瞬静まり返った。


 それから――爆発した。


「勅使の随員が水源を汚した!?」

「王都の連中がやったのか!」

「ふざけるな! 子供たちが腹を壊したんだぞ!」


 怒号が渦を巻く。


 ユリウスは動じない。


「以上三点――物流封鎖、放火、水源汚染。これら全てが御用商会の組織的指示のもとに行われ、かつ王都の特定派閥が資金と人員を提供していたことが、証拠により裏付けられています」


 ……完璧だ。


 三段攻撃の全容が、ひとつの線で(つな)がった。御用商会と第二宰相派の共謀。その構図が、領民の目の前で白日のもとに(さら)された。


 ステータスオープンで領民の信用値を確認する。


 ――上昇。はっきりと。


 ハインリヒは腕を組んだまま、表情を変えない。中立を装いつつ、黙認している。いや、むしろ内心では歓迎しているだろう。第二宰相派の不正が暴かれることは、第一宰相派にとって好都合なのだから。


 ……したたかな人だ。でも今は、その打算が味方になる。


 グスタフは唇を()んでいた。随員の不正を突きつけられ、弁明の余地がない。あの伝票は本物だ。購入者の署名も、薬種商の受領印も、全て(そろ)っている。


 よし。


 ここまでは予定通り――


「……お見事ですな、ミチカ嬢」


 低い声が割り込んだ。


 本家当主だ。


 立ち上がり、ゆったりと審査台の前に歩み出る。その手には、革装の文書筒が握られていた。


「御用商会の不正については、私も遺憾に思います。しかし――」


 慇懃(いんぎん)無礼な微笑。


「――それは所詮、商会の問題。領主権の正当性とは、別の話でございましょう?」


 来た。


 論点のすり替え。御用商会の不正を切り捨てて、本丸を攻めに来る気だ。


「本日、私は新たな証拠を提出いたします」


 文書筒の蓋を開ける。中から取り出されたのは、古びた――いや、古びて見える羊皮紙。


「先代領主の真正遺言状です」


 広場が静まった。


「この遺言状には、先代が明確に記しております。『領地の相続は嫡男に限る。女子への家督相続は認めない』と」


 ざわ、と空気が揺れた。


「さらに――」


 本家当主が羊皮紙を掲げる。その下部には、もうひとつの署名があった。


「王都筆跡鑑定官による鑑定書付きです。先代の筆跡と一致することが、正式に認定されております」


 ……これか。


 昨夜の密会で仕込んだ切り札。ヴァイスが御用商会倉庫に運び込んだ荷物の正体。


 筆跡鑑定官の署名付き。王都の権威を背景にした、正面からの一撃。


 領民たちの視線が揺れた。


「女子相続は認めない……?」

「先代様がそう書いたのか……?」

「じゃあミチカ様の領主権は……」


 ステータスオープン。


 信用値が――下がっている。


 さっきまでの上昇分が、みるみる削られていく。領民は数字で動くわけじゃない。でも、感情の揺れは数値に反映される。遺言状という「血筋の論理」は、この世界では依然として強い。


「ミチカ様……!」


 背後でミナの声が震えた。


 心臓が跳ねる。


 正直に言おう。想定はしていた。本家当主が遺言状を持ち出す可能性は、ユリウスと検討済みだ。でも――筆跡鑑定官の署名付きとは思わなかった。


 偽物なら崩せる。封蝋(ふうろう)の成分、羊皮紙の産地、インクの年代。検証手段はある。


 でも――本物だったら?


 父さんが本当にそう書いていたら?


 一瞬、脳裏に父の顔が浮かんだ。飢饉(ききん)のとき、周辺村落に食糧を分けた父。血筋ではなく、民のために動いた父。


 ……いや。


 感傷は後だ。


 今は、領主として動く。


「――当主殿」


 自分の声が、思ったより落ち着いていた。


「提出を受理します」


 広場がざわつく。受理するのか、と。


「ただし」


 一歩、前に出た。


「本審査会は、提出書式の統一と証拠精査を原則としています。先ほどの御用商会関連の証拠も、全て同じ規格で検証されました」


 本家当主の笑みが、わずかに固まった。


「――よって、その遺言状も本審査会の証拠規格に従い、精査します」


 羊皮紙の産地。封蝋の成分。インクの年代。筆跡鑑定官の独立性。


 全てを、同じ基準で。


「……ほう。精査、ですか」


 本家当主が目を細めた。


「もちろん結構ですとも。なにしろ真正ですので」


 余裕の笑み。


 でも私は見逃さなかった。ほんの一瞬――ほんの一瞬だけ、その目が泳いだことを。


 ステータスオープンの嘘反応。


 灰色。確信なし。


 完全な嘘ではない。でも、完全な真実でもない。


 つまり――本家当主自身も、あの遺言状が本物かどうか確信していない可能性がある。


 誰かに渡されたものを、そのまま出しただけ。


 第二宰相派か。


「審理を続行します。遺言状の精査結果は、次回審理にて報告いたします」


 宣言した瞬間、広場の隅で小さな動きがあった。


 カイだ。


 黒い外套(がいとう)のフードを深く被り、審査台の裏手から静かに離脱していく。人混みに紛れるように、しかし確実に――御用商会倉庫の方角へ。


 その姿を目で追っていたのは、レオンだけだった。


 レオンの手が剣の柄にかかる。追うべきか。しかし――ミチカの護衛が最優先だ。


 唇を引き結び、視線を審査台に戻す。


 カイは振り返らなかった。


―――


 審査会は一時休廷となった。


 領民たちはまだ広場に残っている。半分は怒りで、半分は不安で。御用商会の不正に対する怒りと、遺言状が突きつけた「女子相続否定」への動揺が、矛盾したまま渦を巻いていた。


 ミナが駆け寄ってきた。


「ミチカ様、あの遺言状……大丈夫、ですよね……?」


 その目は潤んでいた。不安で、怖くて、でも信じたくて。


「大丈夫」


 また、同じ言葉を返した。


 でも今度は――振り返って、ミナの目を見た。


「大丈夫。制度で裁くと決めたんだから、制度で精査する。それだけです」


 ミナが小さく(うなず)いた。


 その背後で、ユリウスが腕を組んでいた。


「……筆跡鑑定官の署名付き、ね。随分と金のかかる小道具だ」


 皮肉っぽく、しかし目は笑っていない。


「封蝋とインクの検証は間に合うか」


「ノアに任せてある。ただ、羊皮紙の産地特定には――」


「時間がかかる。わかっている」


 ユリウスが眼鏡を押し上げた。


「だからカイが動いた。御用商会倉庫に搬出の痕跡が残っていれば、あの遺言状が昨夜持ち込まれた新造品だと証明できる」


 間に合うか。


 それが全てだ。


 一人になった審査台の裏で、私は拳を握った。


 偽物なら崩せる。


 でも――本物だったら?


 父さんが本当に、女の私には継がせないと書いていたら?


 ……いや。


 たとえ本物でも。


 制度を作ったのは私だ。この審査会のルールを決めたのは私だ。血筋の論理に、仕組みの論理で答える。それが私の戦い方だ。


 ――でも。


 心のどこかが、小さく(きし)んだ。


 心の軋みが、まだ消えない。


 カイの足音が、倉庫の方角へ遠ざかっていく。

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