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女も子供も家督不可? 追放先の自治領を立て直したら、いつの間にか天下を取っていました  作者:


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第21話:二つの使節団

 公開審査会の前日――審理が始まって六日目の朝。(もや)がまだ領門の石壁に張りついている時刻に、それは来た。


 (ひづめ)の音。それも、一頭や二頭じゃない。


「……来た」


 カイの報告が、隣で短く落ちる。


 私は領門の見張り台から身を乗り出して、街道の向こうを凝視した。朝もやの中に、紺碧(こんぺき)の旗がはためいている。第一宰相派の私紋――三日月に(わし)。馬上の先頭には、正装の文官が一人。その後ろに護衛騎兵が六騎、荷馬車が二台。


 ステータスオープン。


 脳内に情報が展開される。


 先頭の文官――ハインリヒ・フォン・メルツァー。王都宮廷局次席書記官。忠誠先:第一宰相ヴェルナー(きょう)


 この能力で即座に読めるのは、忠誠先と、相手が発言した際の(うそ)反応。動機や内面の詳細は、対面して発言を重ねないと精度が上がらない。今はまだ、名前と所属と忠誠先だけ。それでも十分だ。


 はい来ました。二隊目の勅使です。


 昨夜から宿営している第二宰相派の勅使が広場の東側に陣取っている。そこへ今度は第一宰相派が西から。


 これ、席次でもめるやつだ。


「ミチカ様!」


 背後からミナの声。振り返ると、息を切らした彼女が毛布を片手に駆け上がってきた。


「朝が冷えるからって……あ、もう来てたんですね……」


「ミナ、ありがとう。でも今は――」


「見張り台で風邪を引いたら、明日の審査会に出られません!」


 正論すぎる。毛布を受け取った。


―――


 案の定だった。


 第一宰相派の勅使隊が広場に入った瞬間、第二宰相派の勅使――グスタフ・ランベルクが天幕から飛び出してきた。


「何のつもりか。この審査に第一宰相閣下の名代が来る理由はないはずだが」


「王都の政務に関わる案件に、宰相府が関心を持つのは当然でしょう。ランベルク殿」


 ハインリヒの声は穏やかだ。でも目が笑ってない。


 ステータスオープン。


 グスタフ・ランベルク。嘘反応:発言「関心を持つのは不当」に対し――82%。つまり、本当は来ることを予想していた。


 ハインリヒ・フォン・メルツァー。嘘反応:発言「関心を持つのは当然」に対し――12%。ほぼ本音。ただし「関心」の中身が純粋な正義感かどうかは別の話。


 二人の間で、広場の上座――教会鐘楼に近い北側の席をどちらが使うかで、早くも空気がぴりついている。


「レオン」


「はい」


「両勅使に伝えて。席次は領主権限で私が決めます。異論があるなら明日の審査会で正式に申し立ててください、と」


「……了解しました」


 レオンが階段を駆け降りていった。


 見張り台から見下ろしていると、レオンがまず第二宰相派の天幕に向かうのが見えた。


 グスタフの前で一礼し、伝達を始める。


 グスタフが何か言い返した――声は届かないが、身振りから察するに不快の表明だ。


 レオンの背筋が一瞬強張ったのが、ここからでもわかった。



 けれど彼は言葉を飲み込んだ。


「――領主の決定です。異論は明日、正式な場でお申し立てください」


 声を張って繰り返した。硬い敬語。感情を押し殺した、任務の声。


 グスタフが鼻を鳴らしたが、それ以上は言わなかった。レオンは一礼して(かかと)を返し、次に第一宰相派の隊列へ向かう。ハインリヒは穏やかに(うなず)いた――こちらは()めない。


 レオンが二つの勅使隊の間を渡り歩き、席次を仮決めして戻ってくるまで、砂時計四分の一ほど。駆け上がってきた彼の額には薄く汗が浮いていた。


「――両勅使とも、暫定的に領主裁定を受け入れました。ただ、ランベルク殿は不服の旨を明日申し立てると」


「予想通り。ありがとう、レオン」


「……任務ですから」


 短く答えて、レオンは持ち場に戻った。その背中を見送りながら、私は思考を回した。


 二つの派閥。二つの思惑。


 でも、これは脅威じゃない。


 チャンスだ。


―――


 午前中、私は二人の勅使を別々(べつべつ)の部屋で接見した。


 まずは第二宰相派のグスタフ・ランベルク。


「ランベルク殿。率直にお聞きします。第二宰相閣下は、この辺境の審理に何を求めておいでですか」


 グスタフは薄い笑みを浮かべた。


「後見人制度の適正な運用、それに尽きます。未成年の領主には然るべき後見人が必要。これは王国法の根幹です」


 ステータスオープン。嘘反応――38%。


 三割八分。完全な嘘じゃないが、本音でもない。後見人制度の「維持」そのものが目的だ。制度が崩れれば、第二宰相派が各地の未成年領主に送り込んでいる後見人ネットワークが瓦解する。


 なるほどね。


 つまりこの人にとって、私の領地がどうなるかは正直どうでもいい。後見人制度という「仕組み」を守りたいだけ。


 ……皮肉だな。仕組みで統治したい私と、仕組みで搾取したいあなたと。


「ありがとうございます。参考にさせていただきます」


 続いて、第一宰相派のハインリヒ・フォン・メルツァー。


 こちらは雰囲気が違った。椅子に座る姿勢が柔らかい。目線が、私を値踏みするようでいて、どこか好奇心を含んでいる。


「メルツァー殿。同じ質問をさせてください」


「ええ。第一宰相閣下の関心は明快です――本家エルスハイム卿の影響力が辺境で過大になることへの懸念。それが王都の均衡を崩しかねない、と」


 ステータスオープン。嘘反応――21%。


 低い。かなり本音に近い。


 でも、もう一層ある。


 対面して発言を重ねるうちに、忠誠値の輪郭が見えてきた。第一宰相への忠誠は高い。それは当然だ。だが、それとは別に――この人の発言が「辺境」に触れるたび、嘘反応が微妙に下がる。本音の度合いが増す。


「辺境の安定は王国全体の利益です」――嘘反応15%。


「本家の排除が目的ではなく、均衡の回復が目的です」――嘘反応28%。


 二つの数字を並べれば、推論は立つ。本家排除は建前寄り。辺境への関心のほうが本音に近い。


 ……あ、そういうことか。


 本家を(たた)くのは表向きの目的。本当は、辺境に恩を売りたい。将来、王都で何かあったとき――たとえば継承争いが本格化したとき――味方になってくれる勢力が欲しい。


 第一宰相派は、私に投資しに来たんだ。


「ありがとうございます。明日の審査会では、公正な立場でお立ち会いいただければ幸いです」


 ハインリヒは微笑んだ。意味深な笑みだった。


―――


 接見を終えて執務室に戻ると、ユリウスが待っていた。机の上には、両勅使の主張を法的に整理した一覧表が広がっている。


「聞いたよ。で、どうだった?」


「予想通り。第一宰相派は本家の影響力削減。第二宰相派は後見人制度の維持。二つの要求は――」


「矛盾する」


 ユリウスが指で表の一点を叩いた。


「後見人制度を維持するなら、本家当主を後見人として認めざるを得ない。でも本家の影響力を削るなら、後見人指名そのものを無効にしなきゃいけない。両立しない」


「そう。だから――」


「公開審査会で、両者の主張をぶつける」


 私は頷いた。


「第二宰相派が後見人制度の正当性を主張すれば、第一宰相派が本家の不正を突く。第一宰相派が本家排除を求めれば、第二宰相派が制度の維持を盾に反論する。勝手に消耗してくれる」


 ユリウスの口角が上がった。あの、性格の悪い笑みだ。


「……なるほど。で、その隙に我々(われわれ)は?」


「御用商会と王都派閥の共謀を証拠付きで叩きつける。両派閥の争いに紛れて、本丸を撃ち抜く」


「法の刃で斬るわけだ」


「実務です」


 ユリウスが肩をすくめた。「ああ、実務だったね。失礼」


―――


 午後。状況が動いた。


 リオが息を弾ませて執務室に飛び込んできた。


「ミチカちゃん、当たりだ! 大当たり!」


「落ち着いて。何が?」


「第二宰相派の勅使隊に随行してる商人――フリッツ・ヘルマンがいるだろ? あいつ、俺の前の取引先なんだよ。辺境産の薬草を王都に卸すルートで、三年前まで一緒に商いしてた」


 リオは懐から一枚の紙片を取り出した。薬種商の納品伝票の写し。


「久しぶりに顔を合わせたもんだから、酒を入れて旧交を温めてたんだけどさ。


 話の流れでゲルハルト商会の専売品の話になった。


 フリッツの奴、前からあそこの独占に不満を持っててね――自分の販路を広げたいんだ。


 それで『競合の仕入れ状況を知りたい、商談資料として写しをくれないか』って持ちかけたら、二つ返事だったよ」


「……それで?」


「水源汚染に使われた薬品――ゲルハルト商会の専売品。購入者の名前、出たよ」


 私は紙片を受け取った。


 購入者:ディートリヒ・ヴァイス。


 ステータスオープン。


 ディートリヒ・ヴァイス――第二宰相派勅使ランベルクの随員。役職は「補給係」。


 ……(つな)がった。


 御用商会が水源を汚染した。その薬品は王都の特定商会からしか手に入らない。そしてその購入者が、第二宰相派勅使の随員。


 つまり、水源汚染は御用商会の単独犯行じゃない。王都の派閥が資金と物資を提供し、組織的に辺境を攻撃していた。


「リオ」


「うん」


「フリッツに危険が及ぶ可能性は?」


 リオが片目を(つぶ)った。


「あいつが渡したのは商談資料として流通する範囲の写しだ。ゲルハルト商会の顧客リストは薬種商組合を通じて閲覧できるもんだから、フリッツ個人が特定される心配は薄い。……俺だって商人見習いだからね、売り手を危険に(さら)す取引はしないよ」


 ……この人、怖い。商人として怖い。


「ありがとう、リオ。これで証拠の出し方を組み直せる」


 ちょうどそのとき、控えめな二度のノックとともに、ノアが執務室に入ってきた。手には薄い革綴(かわと)じの報告書。


「ミチカ様。封蝋(ふうろう)の成分分析、最終確認が終わりました」


「結果は?」


「御用商会の公文書に使われた封蝋と、本家当主の私信に使われた封蝋――主成分の蜜蝋(みつろう)に混合された松脂の比率が一致。百分率で言えば、松脂含有率が双方とも一割二分。自然にこの数値が(そろ)う確率は極めて低い。同一の(ろう)元から取ったと見て間違いありません」


 ノアの声は淡々(たんたん)としている。けれど報告書を渡す手つきは丁寧で、私が読みやすいよう付箋が三箇所に貼られていた。


「分析の信頼度は?」


「試料を三回に分けて検証しています。誤差は百分の三以内。公開の場で問われても揺らぎません」


「ありがとう、ノア。これで物証の柱が揃った」


 ノアは小さく頷いて、「何かあればいつでも」とだけ言い残し、静かに退室した。


 私は机の上に並べた証拠書類を見渡した。


 封蝋の成分分析結果。裏帳簿の写し。放火犯の所持品。後見人指名状の日付矛盾。そして今、薬品購入者の特定。


 当初の計画では、水源汚染の証拠を先に出して御用商会を追い詰め、その後に封蝋の成分一致で王都派閥との繋がりを示す予定だった。


 でも、購入者が第二宰相派の随員だとわかった今、順序を変えるべきだ。


「ユリウス」


「聞いてたよ。証拠の提示順序、再構成だろう?」


「まず御用商会の三段階妨害――物流封鎖、放火、水源汚染――を時系列で並べる。次に、水源汚染の薬品が王都の専売品であることを示す。そして最後に――」


「購入者が第二宰相派の随員だと突きつける。御用商会が王都派閥の手駒だったと、公開の場で証明する」


「そう。第一宰相派が本家を攻撃し、第二宰相派が制度を盾にする。その真っ最中に、第二宰相派自身が不正の当事者だと暴露する」


 ユリウスが書類を整え始めた。その手つきは、もう迷いがない。


「……ミチカ。一つだけ確認していい?」


「どうぞ」


「この戦略、第一宰相派には有利に働く。彼らがそれを理由に辺境への介入を深めてきたら?」


 私は少し考えた。


「第一宰相派の目的は、辺境に恩を売ること。介入を深めるんじゃなく、貸しを作りたいだけ。だから明日の審査会では、彼らに『公正な立会人』の役割を演じさせる。恩は売らせるけど、介入の口実は与えない」


 ユリウスが眼鏡の奥で目を細めた。


「……君、本当に何歳?」


「実務に年齢は関係ありません」


―――


 深夜。


 審査会の準備を終え、最後の証拠確認に入ろうとしたとき――カイが窓の外から現れた。


 音もなく。影のように。


「……報告」


「どうぞ」


「本家当主。第二宰相派勅使の宿舎を訪問。密会。内容不明。滞在時間、砂時計半分ほど」


 私の手が止まった。


 本家当主がランベルクと密会。


 審査会の前夜に。


 何を話した? 証拠の存在に気づいた? 対策を練っている?


 最悪の場合、明日の審査会で想定外の一手を打ってくる可能性がある。


「カイ。密会の場所は?」


「宿舎の二階奥。窓は閉じていた。読唇不可」


「随員の動きは?」


「ディートリヒ・ヴァイス。密会後、荷物を一つ宿舎から運び出した。行き先は御用商会の倉庫」


 荷物を運び出した。


 証拠の隠滅か。それとも――


「カイ、ありがとう。下がって休んで」


「……了解」


 カイの姿が闇に溶けた。


 私は机の上の証拠書類に目を戻した。手元にある写しと分析結果は既に確保してある。原本を隠されても、公開の場で突きつけるには十分な物証がある。


 ――はず。


 でも、本家当主は馬鹿じゃない。追い詰められた人間が前夜に動くとき、それは守りじゃなく攻めのことが多い。


 私は羽根ペンを取り、白紙を引き寄せた。


 もし明日、想定外の反撃が来たら。証拠の提示順序を崩されたら。


 ――各証拠を独立した論点として成立させておく。


 水源汚染の薬品購入者の特定は、封蝋の成分一致がなくても単体で王都派閥との繋がりを示せる。封蝋の成分分析は、購入伝票がなくても御用商会と本家の共謀を証明できる。裏帳簿は、他の物証が全て潰されても御用商会の不正を立証する最低限の柱になる。


 どの証拠が欠けても、残りで論を組み直せるようにしておく。一本の(やり)ではなく、三本の矢。折られても次がある構成。


 それだけ確認して、ようやく少しだけ息が吐けた。


「ミチカ様」


 ミナの声だった。扉の隙間から、心配そうな顔が(のぞ)いている。


「まだ起きてるんですか……?」


「もう少しだけ」


「……お茶、()れますね」


 ミナが静かにお茶を置いて、部屋の隅の椅子に座った。帰る気はないらしい。


 私は証拠書類の束を手に取った。


 御用商会の横流し記録。放火犯の指示書。水源汚染の薬品分析。封蝋の成分一致報告。後見人指名状の日付矛盾。そして――薬品購入者の伝票写し。


 全部ある。全部揃っている。そして、どこから崩されても組み直せる。


 明日、この全てを一つの場で出す。


 本家当主の策略も、第二宰相派の思惑も、御用商会の妨害も――全てをまとめて、公開の場で決着させる。


「明日、全てを一つの場で決着させます」


 声に出して言った。自分に言い聞かせるように。


 ミナがこちらを見た。その目に、不安と信頼が同居していた。


「……ミチカ様なら、きっと」


「きっと、じゃなくて。やります。実務ですから」


 ミナが小さく笑った。


 私は最後の書類に目を通し始めた。


 本家当主とランベルクが何を企んでいるかはわからない。でも、私の手元には事実がある。数字がある。証拠がある。そして、崩された場合の再構成案がある。


 仕組みで戦う。それが私のやり方だ。


 蝋燭(ろうそく)の火が揺れた。


 窓の外では、二つの旗が夜風にはためいている。三日月に鷲と、双剣に冠。二つの派閥の旗の間に――何もない。正式な叙任を経ていない未成年領主には、領地旗を掲げる資格がまだない。それがこの王国の法だ。


 でも明日、この広場で、旗がなくても立てることを証明する。


 二つの旗の間にある空白が、やけに広く見えた。


 明日の審査会が、始まる。

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