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女も子供も家督不可? 追放先の自治領を立て直したら、いつの間にか天下を取っていました  作者:


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20/27

第20話:日付の矛盾

 審理五日目の朝は、製粉所の水車が止まった音で始まった。


 正確には、音が消えたのだ。


 領主館の窓から聞こえるはずの、ごとん、ごとん、という低い振動。それが昨夜のうちに途絶えていた。


「……予想より一日早い」


 私――ミチカは、机の上に広げた報告書を(にら)みつけた。


 ステータスオープン。


 領民信用値:54。昨日から動いていない。


 製粉所稼働率:0%。


 配給可能日数:残り四日分。


 水源調査:進行中(ノア担当・結果待ち)。


 うん。数字で見ると胃が痛い。


 特に水源の件が気がかりだ。


 三日前、東地区の井戸水に異臭があるという報告を受けて、ノアに調査を依頼した。


 昨日の中間報告では「自然由来ではない可能性が高い」とだけ。


 今日中には確定結果が出るはずだけど――もし人為的な汚染だとしたら、製粉所の停止と合わせて、食糧問題が二重に悪化する。



 でもね。


 私の手元には、昨夜カイが持ち帰ってくれた封蝋(ふうろう)の分析結果がある。偽遺言状の封蝋と第二宰相派の密書の封蝋――成分一致。これは偽造の依頼主が王都の派閥であることを化学的に証明する、とんでもない切り札だ。


 今すぐ(たた)きつけたい。


 めちゃくちゃ叩きつけたい。


 でも、駄目だ。


「公開審査会まで温存します」


 誰に言うでもなく、声に出す。これは私の癖だ。判断を口に出すことで、迷いを断ち切る。前世でプレゼン前にトイレで「大丈夫、いける」って(つぶや)いてたのと同じ。まあ、あのときは結局プレゼン失敗したんだけど。


 ……今回は失敗できない。


「ミチカ様」


 ミナが朝食の盆を持って入ってきた。固いパンと薄い(かゆ)。質素だけど、温かい。


「製粉所が止まったって、広場でみんな話してます……」


「知ってる。想定内」


「想定内、なんですか……?」


 ミナの目が不安そうに揺れる。


 大丈夫。ちゃんと手は打ってある。


「リオに代替の製粉契約を動かしてもらってます。それと――レオンは?」


「朝一番で巡回に出ました。製粉所が止まったから、広場の様子を見てくるって……」


 さすがレオン。指示を出す前に動いてくれている。製粉所の停止は食糧不安に直結する。不安は不満になり、不満は混乱になる。その芽を摘むには、目に見える形で秩序を維持するしかない。


「食べたら審理に行きましょう」


―――


 審理の間。


 五日目ともなると、双方の席の配置も、書記官の羽根ペンの角度も、妙に馴染(なじ)んできている。馴染みたくないけど。


 入口の脇にレオンが立っていた。巡回から戻ったばかりなのか、外套(がいとう)の裾がわずかに湿っている。私と目が合うと、小さく(うなず)いた。


「広場は落ち着いています。ただ、東地区で水の買い占めの動きが出始めています。巡回を増やす許可を」


「許可します。ただし威圧にならないように。『領主が状況を把握している』と伝わればいい」


「了解しました」


 レオンが持ち場に戻る。その背中は、審理の間に入ろうとする者を無言で牽制(けんせい)するのに十分な威圧感がある。


 本家側の席には、今日もヴァルデン(きょう)が座っていた。銀縁の眼鏡の奥で、薄い笑みを浮かべている。


「では、本日の審理を開始いたします」


 書記官の宣言と同時に、ヴァルデン卿が立ち上がった。


「審理官殿。本日は自治領の経済状況について、重大な事実を報告せねばなりません」


 来た。


「ご承知の通り、ヴァイスフェルト自治領内の製粉所は、その水路使用権を含め、正規の領有権者――すなわち本家の管轄下にございます。現在、製粉所は操業を停止しており、自治領の食糧加工能力は事実上ゼロでございます」


 ヴァルデン卿は書類を掲げた。


「さらに申し上げれば、水路の維持費用、製粉所の修繕積立金、いずれも自治領側からの支払いが滞っております。これは領地運営の破綻を意味します」


 審理の間に、ざわり、と空気が揺れた。


 傍聴席の領民たちの顔が曇る。信用値が下がる音が、聞こえるようだった。


 ……でもね、ヴァルデン卿。


 あなたが製粉所を止めたのは、審理で私を追い詰めるためでしょう? 水路使用権を盾にして、経済的に干上がらせて、「ほら、この小娘には領地を治める力がない」と言いたいわけだ。


 わかってる。全部わかってる。


 でも、ここで反論するのは私じゃない。


「異議がございます」


 ユリウスが立ち上がった。


 いつも通りの、退屈そうな顔。でも目だけが鋭い。


「ヴァルデン卿。製粉所と水路の使用権について議論する前に、一点、確認させていただきたい」


「……どうぞ」


「こちらをご覧ください」


 ユリウスが取り出したのは、二枚の書類だった。


「一枚目。王都発行の後見人指名状。日付は、今年の春分の月、十二日」


「二枚目。ヴァイスフェルト領主家への追放令の写し。日付は、同月、十八日」


 間を置く。


 ユリウスは、この「間」の使い方が天才的だ。


「……お気づきでしょうか。後見人指名状は、追放令より六日前に発行されています」


 審理の間が、しん、と静まった。


「つまり」ユリウスは眼鏡を押し上げた。「追放が先にあって後見人が必要になったのではない。後見人の就任が先に決まっていて、そのために追放が実行されたのです」


 ざわっ。


 今度は傍聴席だけじゃない。書記官の手が止まった。


 ヴァルデン卿の薄い笑みが、ほんの一瞬だけ固まったのを、私は見逃さなかった。


「これは――」


「計画的排除です」


 ユリウスの声は淡々(たんたん)としていた。でも、その淡々さが、逆に重い。


「後見人指名状の日付が追放令より前であるという事実は、本家側が最初から現領主の排除を前提として行動していたことを示しています。製粉所の使用権云々(うんぬん)以前に、この時系列の矛盾について、本家側の説明を求めます」


 ヴァルデン卿は一度だけ咳払(せきばら)いをした。だが、すぐに姿勢を正した。この男は、一撃で崩れるほど甘くない。


「ユリウス殿。ご指摘はもっともに聞こえますが、法的には何の矛盾もございません」


 ヴァルデン卿は手元の書類を繰った。あらかじめ用意していた動きだ。


「王国後見法第十二条をご存知でしょう。

『未成年領主に対する後見人の選定は、当該領主の就任以前より着手することができる』。


 これは領主交代が予見される場合の標準手続きです。


 先代領主のご病状を鑑みれば、後継問題への事前準備は王命に基づく正当な行政行為に過ぎません」


 傍聴席のざわめきが、少し引いた。


 ……さすがに、法令を持ち出されると空気が変わる。


 でも。


 ユリウスは微塵(みじん)も動じなかった。


「なるほど。第十二条ですか」


 ユリウスが小さく笑った。それは感心ではなく、獲物が(わな)に踏み込んだことへの笑みだった。


「では確認しましょう。同条の適用要件は『領主交代が予見される場合』。つまり先代領主の死去または退位が前提です。ところがヴァルデン卿、後見人指名状の日付――春分の月十二日の時点で、先代領主はまだご存命でしたね?」


 沈黙。


「先代の死去は春分の月十五日。


 指名状は、その三日前に発行されている。


 つまり第十二条の適用要件である『領主交代の予見』ではなく、『領主交代の確定』を前提とした文書です。


 ――先代がまだ生きているうちに、後継者の後見人を決めていた。


 これを『標準手続き』と呼ぶのは、さすがに無理がありませんか」


 傍聴席から、今度は笑いではなく、低いどよめきが起きた。


 ヴァルデン卿の指先が、わずかに書類の端を握り締めたのが見えた。


 小さな綻び。でも、確実な綻びだ。


 信用値を確認する。54のまま。まだ動かない。でも、下がってもいない。


 ユリウスの反撃で、なんとか踏みとどまっている。


―――


 昼の休憩。


 審理の間を出た瞬間、リオが廊下を走ってきた。


 息を切らしている。でも、顔は笑っていた。


「ミチカ様! 聞いてくれ!」


 興奮すると口調が崩れるのはリオの癖だ。でも呼び方はもう揺れない。五日も一緒にやっていれば、さすがに定まる。


「リオ、結果は」


「やったよ!」


 リオが懐から契約書を取り出した。


「隣領のベルツ製粉所。独立系の業者だ。御用商会とは取引がない。緊急契約、成立!」


「条件は」


「通常の一・三倍の加工賃。ただし、三ヶ月以上の継続契約に移行すれば一・一倍まで下がる。輸送路は東の間道を使う。御用商会の監視網にはかからないルートだ」


 一・三倍。痛い。


 配給可能日数残り四日の状況で、割増の外注費。財源の問題は避けて通れない。


「財源は緊急予備費から出します。先月の衛生改革で浮いた医療費の差額分がまだ手つかずで残ってる。二ヶ月分は賄える計算です」


「二ヶ月か……」


「三ヶ月目からは加工賃が一・一倍に下がる。そこからは通常予算の範囲内で回せます。最初の二ヶ月を(しの)げば、収支は合う」


 リオが目を丸くした。


「……もう計算してたのか」


「昨夜のうちに。製粉所が止まる可能性は想定してましたから」


 リオがにっと笑った。


「商人をなめちゃいけないよ、ミチカ様。見習いだって目は利くんだ。御用商会が道を塞ぐなら、別の道を作ればいい。それが商売ってもんだ」


 これだ。これがリオの強さだ。


 御用商会を正面から潰すんじゃない。迂回(うかい)する。代替する。市場原理で無効化する。


 一社依存は危険。調達先は複数持つ。この世界では御用商会の独占が当たり前になりすぎて、誰もやらなかった。でも、やれば動く。


「リオ。この契約、うまくいったら恒常化します。御用商会を通さない物流網の第一歩にする」


「おっ、それって――」


「商業同盟構想の実地試験です」


 リオの目が光った。商人の目だ。利益の匂いを嗅ぎ取った目。


 でも同時に、民が救われる利益だとわかっている目でもある。


―――


 午後。


 審理再開の直前、今度はノアが来た。


 静かに。いつも通り、必要最低限の言葉で。


「結果が出ました」


「水源汚染の確定結果?」


「はい。原因物質は硫砒銅鉱の精製粉末です。自然界では水源付近に存在しない。人為的に投入されたものと断定できます」


 やはり、か。三日前の異臭報告から予感はあったけど、確定すると別の重さがある。


 ノアが小さな紙片を差し出した。


「この薬品名を確認してください」


 紙片には、見慣れない鉱物名と、その下に商品名が記されていた。


「王都の薬種商『ゲルハルト商会』の専売品です。辺境では流通していません」


「……つまり、わざわざ王都から取り寄せたってこと?」


「はい。しかも、この薬品の購入には薬種商組合の許可証が必要です。一般人には入手できない」


 私の頭の中で、パズルのピースがカチッと()まった――いや、嵌まりかけた。


「ノア。購入記録は辿(たど)れる?」


「……そこが問題です」


 ノアの表情が、わずかに曇った。ノアが言い(よど)むのは珍しい。


「ゲルハルト商会の取引台帳は非公開です。薬種商組合の内規で、購入者情報の開示には組合長の署名が必要になります。現時点では、薬品の出所は特定できても、誰が買ったかまでは証明できません」


 ……そこか。


 薬品が王都由来であることは証明できる。でも、「誰が」「いつ」購入したかの記録がなければ、御用商会や本家との直接的な紐付(ひもづ)けができない。


 状況証拠としては強い。でも、決定打にはならない。


「分析結果は文書化できる?」


「すでに三部作成しました。一部は保管用、一部は審理提出用、一部は公開審査会用です」


 ノアの口元が、ほんのわずかに緩んだ。


「……購入記録の件は、別ルートで当たります。少し時間をください」


「お願いします」


 ノアが去った後、私は頭の中で証拠の優先順位を整理した。


 切り札その一、封蝋の成分分析。偽遺言状と第二宰相派の密書の一致を証明する、最大の爆弾。これは公開審査会の本番まで絶対に温存する。


 切り札その二、水源汚染の分析結果。薬品が王都由来であることは証明できるが、購入者の特定ができていない。審理で状況証拠として提示することはできるが、単体では決め手に欠ける。


 つまり、封蝋分析が「誰が偽造を指示したか」を証明する主砲で、水源汚染は「妨害工作が組織的である」ことを補強する援護射撃。提出順序は、水源汚染を先に出して敵の注意を引き、公開審査会で封蝋分析を叩きつける。


 ……いける。まだ完璧じゃないけど、戦える形にはなっている。


 物流封鎖。放火。水源汚染。


 御用商会の三段攻撃。その全てが、組織的な指示に基づいている。そして水源汚染に使われた薬品は、王都の特定業者からしか手に入らない。


 御用商会は、本家の手先であると同時に、王都派閥の資金で動いている。


 これは単なる領地争いじゃない。


 王都の権力闘争の、末端の駒として、私たちの領地が使われているのだ。


 ……怒りは、後で。


 今は、証拠を積む。


―――


 午後の審理は、午前ほど荒れなかった。


 ヴァルデン卿は製粉所の件を再度持ち出したが、ユリウスが「経済状況の評価は公開審査会で包括的に行うべき」と手続き論で封じた。


 ヴァルデン卿は不服そうだったが、午前の時系列矛盾の件で傍聴席の空気を失っている自覚があるのだろう。


 それ以上は押さなかった。



 そして夕刻。


 審理が終わり、領主館に戻った私は、すぐにステータスを確認した。


 領民信用値:61。


 ……上がってる。


 54から、61。


 理由はわかる。リオの製粉契約の(うわさ)が、もう広場に広がっているのだ。「製粉所が止まっても、別のところから粉が来る」。その情報だけで、民の不安は和らぐ。


 そしてユリウスが審理で見せた時系列矛盾の指摘。「追放は計画的だった」という事実が、領民の中で静かに共有され始めている。


 レオンが巡回報告を持ってきた。


「東地区の買い占めは収まりました。製粉契約の話が出回ったことで、住民の動揺が落ち着いています。ただ――」


「ただ?」


「水源の件を気にしている住民がいます。井戸の異臭は東地区だけではなく、南地区でも報告が上がり始めています」


「……南地区も」


 水源汚染の範囲が想定より広い。ノアの分析結果を公表するタイミングを慎重に考える必要がある。不安を(あお)らず、かつ対策を同時に示せる形で。


「レオン。南地区の井戸は使用停止にしてください。代替の給水は――」


「領主館の貯水槽から運びます。すでにミナ殿と段取りを組んでいます」


「……ありがとう。助かります」


 レオンは一瞬だけ何か言いかけて、飲み込んだ。それからいつもの硬い敬礼をして、部屋を出ていった。


 数字は(うそ)をつかない。


 信用は、行動で積む。


「ミチカ様!」


 ミナが駆け込んできた。


「カイさんが、お話があるって……」


「通して」


 カイが入ってきた。相変わらず表情が薄い。でも、目だけが切迫している。


「報告」


「どうぞ」


「勅使の先触れ。もう一隊、増えている」


「……もう一隊?」


 先触れの第一報があったのは三日前だ。本家が王都に要請した勅使が来る――それ自体は想定していた。公開審査会に王都の権威を持ち込むための、本家側の布石だと。


 でも、もう一隊?


「紋章が違う。最初の隊は勅使府の正紋。新しい隊は、左に傾いた(わし)の紋」


 左に傾いた鷲。


 ユリウスが、背後から声を上げた。


「……待て。それは第一宰相派の私紋だ」


 沈黙が落ちた。


「整理するぞ」ユリウスが腕を組んだ。その表情は、珍しく険しい。「偽遺言状の封蝋は第二宰相派の密書と成分が一致している。つまり偽造工作の背後にいるのは第二宰相派だ。本家が要請した勅使も、おそらくは第二宰相派の息がかかっている」


「そこに第一宰相派が割り込んできた、ということですか」


「ああ。第一宰相派と第二宰相派は王都で主導権を争っている。第二宰相派がこの辺境で動いていると知れば、第一宰相派が黙っているはずがない。放っておけば辺境の利権を第二宰相派に独占されるからな」


 私は頭を整理した。


 最初の勅使は、本家が要請したもの。第二宰相派寄り。後見人指名状を出した側。


 新しい隊は第一宰相派。第二宰相派の動きを牽制するために、独自に使者を送り込んできた。


 つまり、王都の対立する二つの派閥が、それぞれ別の思惑でこの辺境に介入しようとしている。


「勅使が二隊……」


「公開審査会が、領地問題の裁定じゃなくなるな」


 ユリウスの声は、珍しく硬かった。


「王都の代理戦争だ。この辺境が、戦場になる」


 私は窓の外を見た。


 夕焼けが、遠い街道の向こうを赤く染めている。


 二つの勅使。二つの派閥。そして、その狭間に立つ、この小さな自治領。


 ……でも。


 ピンチは、裏を返せばチャンスだ。


 二つの派閥が対立しているなら、どちらか一方に取り込まれる必要はない。


 両方を利用する。第三の立場を作る。


「ユリウス」


「……なんだ」


「明日の審理六日目、公開審査会の前日ですよね」


「ああ」


「戦略を練り直します。今夜中に」


 ユリウスが眉を上げた。


「……また徹夜か」


「実務です」


 私は机に向かった。


 ペンを取る。紙を広げる。


 公開審査会は、もう領地の裁定だけの場じゃない。


 王都の二つの派閥。本家。そして私たち。


 三つ巴(みつどもえ)。いや、四つ(ともえ)かもしれない。


 でも、証拠は(そろ)いつつある。物流の代替手段もある。領民の信用も回復し始めている。


 足りないのは、水源汚染の購入記録と、この全てを一つの絵にまとめる戦略だけだ。


「ミチカ様」


 ミナが、温かい茶を置いてくれた。


「……無理、しないでくださいね。無理してるの、わかってますから……」


 その声が、じんわりと胸に()みた。


「……大丈夫。実務です」


 ミナが小さく笑った。信じてないな、その顔。


 でも、止まるわけにはいかない。


 夜風が窓の隙間から入り込み、机の上の書類をかすかに揺らした。


 公開審査会まで、あと二日。

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