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女も子供も家督不可? 追放先の自治領を立て直したら、いつの間にか天下を取っていました  作者:


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第16話:偽りの遺言

 体が、動かない。


 ……いや、正確に言おう。体が動かないんじゃなくて、全身の筋肉が「もう無理です」と労働基準監督署に駆け込んだ状態だ。


 昨日の四往復。片道一刻の馬移動を八回。十二歳の体にやらせていいことじゃない。前世の記憶があるから精神的にはなんとかなったけど、肉体は正直だ。


 腕が上がらない。背中が板みたいに硬い。太ももに至っては存在を主張しすぎている。


「ミチカ様、朝です……ミチカ様?」


 ミナの声が遠い。遠いというか、布団から顔を出す気力がない。


「ミチカ様! お顔が真っ白です!」


「……白いのはいつものことです」


「いつもより白いです! お(かゆ)持ってきます!」


 ばたばたと駆けていく足音。ありがとうミナ。君は天使か。


 ……いや、感傷に浸っている場合じゃない。


 今日は審理二日目だ。


 私はなんとか上体を起こし、窓から差し込む朝日に目を細めた。


 ステータスオープン。


 自分の状態を確認する。体力値が通常の四割まで落ちている。これは……控えめに言って最悪だ。審理の場で倒れたら、それこそ本家の思う(つぼ)


 扉を(たた)く音。


「入れ」


「……入れ、じゃないでしょう。おはようございます、でしょう」


 ユリウスだった。手には羊皮紙の束。目の下に(くま)。あ、こいつ寝てないな。


「おはようございます、ユリウス。寝ましたか」


「二刻ほど。十分だ」


 (うそ)つけ。ステータスで見たら疲労値が私とどっこいどっこいじゃないか。


 ユリウスは部屋の椅子に腰を下ろし、羊皮紙を広げた。


「昨夜の整理結果を共有する。手短に」


「お願いします」


「後見人指名状の発行日は、追放令の六日前。これは確定。つまり――」


「追放する前から、後見人を決めていた」


「そう。追放が先にあったのではなく、後見人を据えるために追放を仕組んだ。因果が逆だ」


 これが昨夜ユリウスが見つけた時系列矛盾。決定打。


「ただし」


 ユリウスの声が低くなる。


「本家はこれを知っている。知った上で、今日何か別の手を打ってくる。昨日の審理で奴らが温存した切り札がある」


「読めますか」


「読めない。だから厄介だ」


 沈黙。


 ミナがお粥を持って戻ってきた。私はそれを三口で流し込み、立ち上がった。


 足が震える。でも、震えていい。震えたまま立てばいい。


「行きましょう。審理の場へ」


―――


 広場に設えられた仮設の審理台。


 昨日と同じ配置。中央に裁定役の巡回判事、右に本家当主とその随員、左に私とユリウス。周囲を領民が取り囲んでいる。


 ステータスで領民のストレス値を確認。七十八――昨夜の配給で下がった数値を維持している。でも、この数字は一瞬で跳ね上がる。審理の内容次第で。


 レオンが私の斜め後ろに立つ。無言。でも、その存在が背骨になる。


 巡回判事が審理の再開を告げた。


 本家当主が立ち上がる。


「裁定役殿。本家より、新たな証拠と証人を提出いたします」


 来た。


 ユリウスの目が細くなる。


 本家当主が手を振ると、随員の後ろから一人の老人が進み出た。痩せた体に仕立ての良い外套(がいとう)。顔に深い(しわ)


 ――知っている。この人を知っている。


 ヨルク。先代領主――つまり私の父の、元家令だ。父が亡くなった後、本家に引き取られたと聞いていた。


「こちらはヨルク殿。先代アルベルト領主の家令として二十年仕えた方です。そして――」


 本家当主が一枚の羊皮紙を掲げた。


「これは先代領主の遺言状。ヨルク殿はその作成に立ち会った証人です」


 ざわ、と領民がどよめく。


 遺言状? 父の?


「遺言状の内容を読み上げます。『我が領地の家督は、血筋の正統なる者に継がせるべし。ミチカには継がせてはならぬ。女子に領地を背負わせることは、亡き妻への不義である』――と」


 一瞬、世界が止まった。


 父が、そう言った?


 ……いや、待て。待て待て待て。


 頭の中の冷静な部分が叫ぶ。感情に流されるな。これは法廷だ。


 ステータスオープン。ヨルクの状態を確認する。


 嘘反応――『確信あり』。


 ……え?


 嘘じゃない。この人は嘘をついていない。本気でこの遺言状が本物だと信じている。


 まずい。これは前回の書記官とは違うパターンだ。書記官は「知らされていない」灰色の確信なしだった。でもヨルクは違う。完全に信じ切っている。


 つまり――本人が(だま)されている。


 領民のストレス値が動く。七十八から八十二。八十三。八十五。


 どよめきが大きくなる。


「先代様が……」「ミチカ様を否定していた?」「じゃあ、本家の言い分が正しいのか」


 まずい。このまま放置したら、昨日の配給で稼いだ信頼が吹き飛ぶ。


 私はユリウスを見た。


 ユリウスは微かに(うなず)いた。――任せろ、という目だ。


「裁定役殿。反対尋問の許可を」


 巡回判事が頷く。ユリウスが立ち上がり、ヨルクの前に進み出た。


「ヨルク殿。お勤めご苦労様です。いくつか確認させていただきたい」


「……はい」


「この遺言状は、先代領主がいつ、どこで書かれたものですか」


「先代様が亡くなる三月前。領主館の書斎にて」


「書斎にて。なるほど。では、使用された羊皮紙はどこから調達されたものですか」


「……それは、領主館の備品でしょう」


「領主館の備品。つまり領内で調達された羊皮紙、ということでよろしいですか」


「そうだと思います」


 ユリウスが私を見た。


 今だ。


 私は遺言状に目を向けた。巡回判事の机の上に置かれた一枚の羊皮紙。目視――できる。距離は三歩。


「裁定役殿。遺言状の真贋(しんがん)を確認するため、少々(しょうしょう)お手を触れてもよろしいですか」


 巡回判事が許可する。


 私は遺言状に手を伸ばし――インベントリに格納した。


 一瞬だ。手に触れた瞬間に格納し、即座に取り出す。傍目には手に取って戻しただけに見える。


 でも、その一瞬で情報が流れ込む。


 重量:二十三グラム。形状:縦三十二センチ、横二十四センチ。厚み:〇・三ミリ。素材特性――上質()羊皮、漂白処理済み、繊維密度は王都産高級品の規格に一致。


 ビンゴ。


「ユリウス」


「聞こえている」


 ユリウスが再びヨルクに向き直った。


「ヨルク殿。もう一つ確認です。先代アルベルト領主の書斎で使われていた羊皮紙は、領内のなめし職人から納品されていたと記録にあります。領内産の羊皮紙は成羊の皮を使用し、漂白処理は行わない。厚みは〇・五ミリ前後。これはご存知ですか」


「……は」


「この遺言状の羊皮紙は、仔羊の皮を使用し、漂白処理が施されています。厚みは〇・三ミリ。これは王都の高級工房でしか生産されていない規格です」


 広場が静まり返った。


「先代領主が領主館の書斎で書いたはずの遺言状が、なぜ王都産の高級羊皮紙に書かれているのですか?」


 ヨルクの顔から血の気が引いた。


「わ、私は確かに立ち会った……先代様が書かれるのを見た……」


 ステータスを再確認。嘘反応――まだ『確信あり』。この人は本当に信じている。でも、信じているものが偽物だった。


「ヨルク殿」


 私は一歩前に出た。声を張る。十二歳の声は細い。でも、広場に響かせる。


「あなたは嘘をついていません。私にはそれがわかります。あなたは本当に、この遺言状が父のものだと信じている」


 ヨルクが目を見開く。


「でも、この羊皮紙は父の書斎にはなかったものです。誰かがあなたに偽物を渡し、本物だと信じ込ませた。あなたは――利用されたんです」


 ざわめきの質が変わった。怒りではなく、理解。


 ストレス値を確認。八十五から八十一に下がった。まだ高い。でも、方向が変わった。


 ユリウスが畳みかける。


「裁定役殿。ここで追加の証拠を提出します」


 ユリウスが羊皮紙を広げた。昨夜徹夜で整理した、あの資料だ。


「本家が提出した後見人指名状の発行日は、春分の月十二日。ミチカ様への追放令が出されたのは、春分の月十八日。指名状が六日も先行しています」


 巡回判事の眉が動いた。


「追放が起きてから後見人を選ぶのが通常の手順です。しかし実際には、後見人が先に決まり、その後で追放が実行された。これは追放が後見人就任のために計画された排除であることを意味します」


 領民の間からはっきりとした声が上がった。


「仕組まれてたのか」「最初から追い出すつもりだったんだ」


 ストレス値。八十一から七十六。怒りの矛先が本家に向いている。


 本家当主を見る。


 動揺――していない。


 この男、まだ笑っている。慇懃(いんぎん)無礼な、あの薄い笑み。


「なるほど。なかなかの論弁ですな、小さな領主殿」


 本家当主が立ち上がった。


「しかし、羊皮紙の産地が王都産であることは、遺言状の内容が虚偽であることの証明にはなりません。先代が王都から取り寄せた紙を使った可能性もある。また、後見人指名状の日付については、王都の手続きに時間がかかっただけのこと」


 ()理屈だ。でも、法的には完全に論破できていない。ユリウスの歯噛(はが)みが聞こえる。


「よって――」


 本家当主が巡回判事に向き直った。


「この件は、より上位の権威による判断が必要です。王都より正式な勅使を招き、裁定を仰ぎたい。七日間の猶予では足りません。審理の延長を求めます」


 ――そう来たか。


 時間稼ぎ。審理が延びれば、御用商会の経済封鎖も延びる。配給はいつまでも持たない。クルツの粉屋だけで四百十二人を養い続けることはできない。


 巡回判事が少し考え、告げた。


「勅使の招聘(しょうへい)には相応の時日を要する。本家側の申し立てを記録に留め、次回審理日を追って通達する」


 事実上の審理延長だ。


 本家当主が一礼して退出する。その背中に、動揺の欠片もない。


 計画通り、ということか。遺言状が崩されることすら、想定内だった?


 ……いや、違う。崩されても構わなかったんだ。目的は最初から時間稼ぎ。偽の遺言状は、審理を引き延ばすための餌に過ぎない。


「ユリウス」


「わかっている。勅使が来れば、王都の権力が直接この領地に介入する。審理の長期化と経済封鎖の持続。二重の締め付けだ」


「対策は」


「……考える。時間をくれ」


 珍しく、ユリウスが即答しなかった。


 それだけ厄介だということだ。


―――


 夜。


 審理の後始末と明日の配給計画の確認を終え、私は宿舎に戻った。


 ミナが湯を用意してくれていた。ありがたい。足を浸しながら、今日の審理を反芻(はんすう)する。


 偽の遺言状。王都産の羊皮紙。本家が用意した証人は嘘をついていなかった――騙されていただけ。


 そして勅使の要請。これは単なる審理戦術じゃない。王都の誰かが、この辺境の領地問題に手を突っ込んでいる。


 後見人指名状の封蝋(ふうろう)は第二宰相派の私印だった。遺言状の羊皮紙も王都産。線が(つな)がりつつある。


 でも、今はそこまで手が回らない。目の前の七日――いや、延長された不確定の日数を、どう生き延びるか。


 ステータスオープン。領民ストレス値、七十六。今日の審理で本家の計画的排除が露呈したことで、怒りの矛先は本家に向いた。でも、怒りは長続きしない。空腹の方が強い。


 指先が、かすかに震えていた。


―――


 同じ夜。


 レオンは宿舎の裏手を巡回していた。


 審理の場では微動だにしなかった。それが任務だ。でも、今は一人だ。拳を握る。あの本家当主の笑みが、まだ目の裏にちらつく。


 ――気配。


 レオンの手が腰の剣に伸びた。


 闇の中から、影が(にじ)み出るように現れた。


 小柄な人影。フードを深く被っている。


「誰だ」


 短く、鋭く。


 影は動かない。


 そして――口を開いた。


「製粉所に火が放たれる」


 声は低い。若い。感情がない。


「明日の夜だ」


 レオンの目が見開かれた。


「何者だ。名を――」


 影はもう動いていた。闇に溶けるように、音もなく消える。


 残されたのは、レオンと、夜風だけだった。


 製粉所。クルツの粉屋。あそこが燃えたら――配給が止まる。領民の命綱が断たれる。


 レオンは拳を握り直した。


 報告すべきだ。ミチカ様に。


 でも――あの疲弊した体で、これ以上の負担を。


 正体不明の情報提供者。信じていいのか。(わな)ではないのか。


 報告か。独断か。


 レオンは闇を(にら)んだまま、動けなかった。

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