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女も子供も家督不可? 追放先の自治領を立て直したら、いつの間にか天下を取っていました  作者:


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第13話:後見人の書状

 詰んだ。


 ……と、思うじゃないですか。


 正直に言います。私、ミチカ・フォン・ヴァイスフェルト、十二歳。現在の心拍数は推定百二十。手のひらは汗でべったり。膝が笑いそうなのを根性で止めてます。


 ――前世の私が顔を出すと、こういう時つい内心の言葉遣いが崩れる。外面は領主。中身は三十路手前で過労死した元社畜。この落差は墓まで持っていく。


 秋の夕暮れだった。


 (あかね)色の空が領主館の尖塔(せんとう)の向こうに広がり、広場を囲む石造りの商館や倉庫の壁を赤く染めている。


 中央広場は百人も入れば肩がぶつかる程度の広さしかない。


 今、そこに二百人近い領民がひしめいていた。


 石畳の隙間から伸びた雑草を踏みしだき、息を詰めて一点を見つめている。



 その視線の先で、本家当主――私の叔父が、王都の紋章入り羊皮紙をこれ見よがしに掲げていた。


「改めて読み上げよう。


 ――『ヴァイスフェルト辺境領主ミチカ・フォン・ヴァイスフェルトが未成年かつ女子であることに鑑み、王都宮廷は後見人としてエルヴィン・ヴァイスフェルトを指名する。


 領主権の一切はこれを後見人に委任し、当人が成年に達するまで後見人がこれを代行する』」


 叔父の声は広場の隅まで届いた。慇懃(いんぎん)に、丁寧に、でも一語一語に「お前はもう終わりだ」と刻んでくる。背後に控える護衛兵四名が、(よろい)の上から本家の外套(がいとう)を羽織っている。その紺色が夕日に黒く沈んで見えた。


 ステータスオープン。


 対象:広場全体――領民信用値。


 さっきまで七十三あった数値が、六十八、六十五、六十二と秒単位で落ちていく。これは領民全体の集合的な信頼度。個人のステータスとは別の指標だ。


 ――(うそ)でしょ、と前世の私が悲鳴を上げる。外面は微動だにしない。


「あの、ミチカ様の宣言は……」

「王都の正式な書状だぞ。宣言なんぞ紙切れじゃないか」

「署名したのに……どうなるんだ」


 署名者たちの間にざわめきが広がる。動揺の波が群衆を端から端まで伝播(でんぱ)していくのが見えた。広場の四隅に立てられた松明の火が、冷たい秋風に(あお)られて揺れる。


 平静を装え。


 背筋を伸ばす。表情を固定する。視線を叔父から逸らさない。


「さて、ミチカ」


 叔父が羊皮紙を折り畳み、懐に収めた。


「自治領宣言とやらは面白い遊びだったが、後見人指名状が発行された以上、法的根拠は消滅した。大人しく領主権を返上しなさい。叔父として、寛大に処遇してやろう」


 寛大。この人の辞書にそんな言葉があるとは思えない。


 群衆が息を詰める。


 私が何か言わなければ――


「――お言葉ですが」


 声が横から割り込んだ。


 ユリウスだ。


 腕を組み、商館の壁に寄りかかっていた長身の少年が、ゆっくりと前に出る。石畳を踏む長靴の音が、静まった広場に硬く響いた。その目は書類を見る時の――つまり、獲物を見つけた時の光を帯びていた。


「法務担当風情が口を挟むか」


「法務担当だから口を挟むんですよ、当主殿。法的手続きの話でしょう? 専門家に発言の機会を与えないのは、それこそ手続き違反だ」


 叔父の目が細まる。


 ユリウスは群衆に向き直った。声量は控えめだが、よく通る。


「皆さん、少しだけお耳を拝借。後見人指名状について、三つほど確認させてください」


 三つ。


 事前に打ち合わせた内容だ。指名状が出てくる可能性は想定していた。全部じゃない。でもユリウスは「出てきたら三点で刺す」と言っていた。


「第一に――領主本人への事前通知義務」


 ユリウスが指を一本立てる。


「王国後見法第七条。後見人の指名に際しては、領主本人に対し書面による事前通知を行い、異議申し立ての期間を設けなければならない。当主殿、ミチカ領主に通知は届いていますか?」


 沈黙。


 叔父の表情が一瞬だけ固まった。ほんの一瞬。すぐに微笑に戻る。


「通知は王都から発送済みだ。届いていないのは辺境の郵便事情の問題であろう」


「発送済み、ね。では受領証は? 到達主義ですよ、当主殿。発送しただけでは通知義務は履行されない」


 群衆の中から「そうなのか?」という(ささや)きが漏れる。


 領民信用値の下落が――止まった。六十一で横ばい。


「第二に」


 ユリウスが二本目の指を立てる。


「領民代表の同意署名です。後見法第十二条。辺境領における後見人指名には、領民代表三名以上の同意署名を要する。指名状に領民の署名はありますか?」


 叔父は一拍置いた。苛立ちを飲み込むように顎を引き、それから口を開く。


「辺境特例条項第三項をご存じかな、法務担当殿。

『領主が統治不能の状態にある場合、後見人候補者の申請により、領民署名は就任後三十日以内の追認をもって代替できる』。


 ミチカは追放処分を受け、一時的に統治不能の状態にあった。


 追認形式は特例条項の範囲内だよ」


 群衆がざわつく。条項の名前が出ただけで、法律に疎い領民たちの目が揺れる。


 ――さすがに、丸腰では来ない。


 だがユリウスは表情を変えなかった。


「特例条項第三項、ですか。


 よくご存じだ。


 ――では同条項の但し書きもご存じですね?


 『ただし、統治不能の認定は宮廷裁判所の判断を要し、領主本人または代理人による異議申し立ての機会を排除してはならない』。


 宮廷裁判所の認定書はお持ちですか、当主殿」


 叔父の口元がわずかに引きつった。


「認定書の発行には時間がかかる。手続きは進行中だ」


「つまり、まだ出ていない。統治不能の認定がなければ特例条項は発動しない。発動しなければ原則に戻る。原則は――事前の領民署名です」


 群衆のざわめきが質を変えた。不安から、疑問へ。広場の後方で、腕を組んだ年配の農夫が隣の男に何か耳打ちしている。


「第三に」


 三本目。ユリウスの声がわずかに鋭くなる。


「この指名状の発行日は、五日前です。つまり――ミチカ領主が追放処分を受けた後に発行されている」


 ここだ。


「追放処分は、ミチカ領主に領主としての資格がないことを前提としている。しかし後見人指名状は、ミチカ領主が領主であることを前提に発行される。追放された者に後見人を付ける必要はないからです」


 叔父が片手を上げた。余裕を見せようとする仕草だが、指先がわずかに強張っているのを私は見逃さなかった。


「追放処分は『保留』の扱いだ。ミチカが領地に戻った時点で、処分の執行は事実上中断されている。本家としては、追放を撤回し後見人制度に切り替えることで、より穏当な解決を図ろうとしたのだよ。温情と受け取ってもらいたいものだが」


 温情、ときた。この人は本当に言葉の使い方が上手い。群衆の何人かが(うなず)いているのが見える。


 だがユリウスは一歩も引かなかった。


「温情は結構ですが、法的手続きは別の話です。追放処分の『保留』は王国法に存在しない概念だ。撤回するなら正式な撤回手続きが必要であり、撤回が完了するまで追放は有効。有効な追放の下で後見人指名状を発行するのは――やはり矛盾です」


 ユリウスが叔父を真っ直ぐ見た。


「追放が有効なら指名状は不要。指名状が必要なら追放は無効。どちらかしか成立しない。これは循環論法です。当主殿、どちらの立場をお取りになりますか?」


 広場が静まり返った。夕日が完全に沈み、茜色が群青に変わりつつある。松明の火が照らす範囲だけが(だいだい)色に浮かび上がり、その外側は急速に闇に()まれていく。


 私はステータスで叔父の個人数値を見る。ストレス値が跳ね上がっている。だが個人の信用値はまだ高い――八十二。本家の権威というのは、法的瑕疵(かし)を三つ突きつけられてもなお数値を支える力がある。


「……詭弁(きべん)だな」


 叔父が低く言った。笑みは消えていない。でも目が笑っていない。


「法律の文言を弄んで民を惑わす。法務担当とはそういう生き物か」


「法律の文言を守るのが法務担当の仕事です。弄んでいるのは、手続きを省略して権力を行使しようとする側では?」


 ユリウス、煽りが過ぎる。


 でも――効いてる。領民信用値が六十一から六十三に戻った。微増だけど、流れが変わりつつある。


 叔父が一歩前に出た。石畳を踏む革靴の音が、妙に大きく響いた。


「よかろう。手続きの不備については議論の余地があるとしよう。だが――」


 叔父が背後に目配せした。


 黒い外套の男が進み出る。王都の書記官服。胸元に宮廷の銀章。ただし、その歩みには微かな逡巡(しゅんじゅん)があった。叔父の隣に立った瞬間、視線が一度だけ叔父の横顔を(うかが)うように動き――すぐに正面に戻る。左手が無意識に手袋の縁を弄っていた。


「私は王都宮廷第三書記局のハインツと申します」


 静かだが、権威を(まと)った声。群衆がざわつく。王都の人間がこんな辺境に来ること自体が異例だ。


「後見人指名状の手続きについて、宮廷の正式使者として保証いたします。本指名状は宮廷の正規の手続きを経て発行されたものであり、法的に有効です」


 ――来た。


 権威の力押し。


 ユリウスの論理は正しい。でも、「王都の正式使者が有効だと言っている」という事実は、論理とは別の重さを持つ。


 領民にとって王都は遠い存在だ。だからこそ、その権威は絶対的に見える。


 領民信用値が再び揺らぐ。六十三から六十一。


 ユリウスが口を開きかけたが、私は目で制した。


 ここで論理をぶつけても、権威と論理の殴り合いになるだけ。勝てない。少なくとも、この場では。


 代わりに――ステータスオープン。


 対象:ハインツ(個人)。


 職業:王都宮廷第三書記局書記官。忠誠値:宮廷――七十二。ストレス値:四十八。


 そして――嘘反応。


 通常、嘘をついている人間の嘘反応は真っ赤に振れる。本当のことを言っている人間はゼロに近い。


 ハインツの嘘反応は――灰色。


 数値で言えば、四十前後を行ったり来たりしている。


 初めて見るパターンだ。


 完全な嘘じゃない。でも真実でもない。


 つまり、この書記官自身が指名状の正当性に確信を持っていない。「正規の手続きを経て発行された」と言ったけど、本人がそれを完全には信じていない。


 知らされていないんだ。


 手続きの詳細を知らないまま、「有効だと保証しろ」と命じられて来ただけ。使い捨ての権威。先ほどの仕草――叔父の顔色を窺い、手袋を弄る不安定さと符合する。


 情報は得た。でもこれを今ここで暴露しても意味がない。「ステータスで嘘がわかります」なんて言えないし、言ったところで証拠にならない。


 必要なのは時間だ。


 私は一歩前に出た。


「叔父上」


 声が震えないように。腹に力を入れる。十二歳の体は不便だけど、声だけは張れる。


「指名状の有効性について、この場で即座に結論を出すことは困難です」


「何を言っている。宮廷の使者が保証したではないか」


「はい。そして当方の法務担当が三点の瑕疵を指摘しました。双方に主張がある以上、公正な判定が必要です」


 群衆を見回す。不安と期待が入り混じった顔。松明に照らされた二百の瞳が、私を見ている。


「七日間の猶予審理を提案します」


 ざわ、と空気が動いた。


「七日間の間に、双方が証拠を提出し、領民立ち会いのもとで公開審理を行う。この場にいる全員が証人です。密室ではなく、開かれた場で決着をつけましょう」


 叔父の目が鋭くなる。


「拒否する。そのような前例のない形式に――」


「前例がないのは当然です。この領地で後見人指名状が争われたこと自体が前例にないのですから」


 ユリウスが横から補足した。さすがの連携。打ち合わせてないけど。


 叔父が拒否の言葉を続けようとした、その時――


 カーン。


 鐘楼から鐘が一つ鳴った。


 全員が見上げる。広場の北東、石造りの教会の鐘楼に、白髪の老人の姿があった。穏健派のブルーノ司祭。


 鐘楼からの一打は、教会法における「調停の鐘」だ。領内で公的な争議が生じた際、教会が中立の立場から審理の場を求める権限を示す古い慣習。形骸化して久しいが、法的には今も有効とされている。


 司祭は何も言わない。ただ、広場を見下ろしている。その視線の意味を、叔父は読み取ったはずだ。


 教会が見ている。領民が見ている。ここで強引に押し通せば、「教会の調停要請すら拒否した」という事実が残る。


 信用値の問題は、叔父にもある。


「……七日か」


 叔父の声に苛立ちが(にじ)む。


「七日で十分です。正当な指名状であれば、審理で証明できるはずですから」


 私の言葉に、叔父は薄く笑った。


「いいだろう。七日後、この広場で決着をつけよう。――だが覚えておけ、ミチカ。時間を稼いだところで結果は変わらん」


 (かかと)を返す叔父。随行の兵士と書記官ハインツが続く。ハインツは最後に一度だけ振り返り――何かを言いかけるように口を開いたが、すぐに閉じて叔父の背を追った。


 領民信用値――六十三。微増。即座の決着は避けられた。


 でも勝ったわけじゃない。七日間の猶予を得ただけだ。


 群衆がゆっくりと散り始める。冷えた秋風が広場を吹き抜け、松明の火が大きく傾いだ。


「ミチカ様……!」


 ミナが駆け寄ってきた。その目に安堵(あんど)と不安が同居している。


「大丈夫。七日あれば、やれることはたくさんある」


 言い切る。自分に言い聞かせるように。


「ユリウス」


「ああ。三点の瑕疵は時間稼ぎにはなったが、書記官の口頭保証で相殺された。七日間で物的証拠を(そろ)えないと厳しい」


「わかってる」


「……わかってるなら、その震えてる手をポケットに入れたらどうだ」


「余計なお世話です」


「レオン」


「はっ」


「広場の警備を維持。署名簿は絶対に守って。命令」


「お任せください。命に代えても」


「命は代えなくていいから、仕組みで守って。交代制の引き継ぎ、ノアに確認した?」


「先ほど打ち合わせ済みです。夜間は二名一組、四交代制で署名簿の保管庫を巡回いたします」


「よし。――ノアに伝えて。明日の朝、水路の定期点検と並行して、領主館周辺の不審者の動きも見ておくように」


「了解いたしました」


 レオンが敬礼して持ち場に戻る。


 夜が落ちた。群青の空に星が一つ、二つと灯り始める。広場の石畳が松明の光を反射して、湿った橙色に光っていた。


 と――


 視界の端に、影が動いた。


 カイだ。


 あの寡黙な少年が、叔父の一行が去った東門の方角から音もなく戻ってくる。


 叔父が到着した時点で、私はカイに偵察を指示していた。


 一行の人数、装備、そして――荷物の中身。


 カイは群衆に紛れて広場を抜け、東門の外に停めてあった叔父の荷馬車を確認してきたはずだ。



 私の前で立ち止まり、一言。


「書記官の荷物。封書が一通。宮廷の紋章じゃない。別の印」


「別の――?」


「蛇と天秤(てんびん)。見たことない紋章」


 蛇と天秤。


 ――昨夜、ユリウスが渡してくれた王都の派閥紋章一覧。「辺境にいても、これくらいは頭に入れておけ」と言って寄越した羊皮紙の写し。その中に確かにあった。


 第二宰相派の紋章だ。


 後見人指名状は宮廷の正規手続きを経たものじゃない。特定の派閥が、特定の利害のために発行させたもの。


 書記官の灰色の嘘反応と、符合する。


「中身は」


「読めなかった。封蝋(ふうろう)が未開封。荷馬車の底板裏に隠してあった」


「……十分。ありがとう、カイ」


 カイは無言で頷き、再び闇に溶けた。


 七日間。


 この七日で、指名状の裏にある王都の思惑を暴く。


 広場の片隅で、リオが腕を組んで笑った。


「七日あれば商いで一つ二つ潰せるよ。――ミチカちゃん、買い物リスト、作っといてくれる?」


「リスト? もうあるけど」


「……早いね、相変わらず」


 リオが肩をすくめる。


 鐘楼の上で、ブルーノ司祭が静かに十字を切った。


 七日間の審理が始まる。


 ――このとき私はまだ知らなかった。叔父が七日間をただ待つような人間ではないことを。そして、カイが見つけた封書の中身が、この領地どころか王都全体の権力図を揺るがす爆弾であることを。


 でも、今夜はまず一つだけ。


 震える手をポケットに突っ込んで、私は広場を後にした。

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