第八話:断罪の清掃、あるいは魔王の終焉
魔王城最深部、玉座の間。
そこは「世界の支配者」が座す場所というよりは、巨大な「不用品の山」の頂上だった。
略奪した宝剣、埃を被った古文書、食い散らかされた魔獣の骨……それらが無秩序に積み上がり、天井を突かんばかりの地層を形成している。
「……汚い。なんですか、この場所は。通気性も最悪。ダニの温床ですよ」
リリアの第一声は、勇者の宣戦布告ではなく、清掃婦の絶望だった。
「ククク……よくぞ来た、小娘。四天王を誑かし、我が城を勝手に磨き上げるとはな。だが、この玉座の光景こそが我が覇道の証。どこに何があるか、私はすべて把握している。入手した順に積み、私の記憶を遡れば済む話だ。これこそが合理的管理――すなわち究極の『清掃』だ!」
魔王は傲慢に笑い、山積みのガラクタの一つを指差した。
その瞬間、リリアの肩が小さく、しかし激しく震え始めた。
「……お黙りなさい」
「何だと?」
「それはただの『堆積』です。物を作った人の想いも、資料を残した人の意図も無視し、ただ自分の都合で積み上げただけのゴミの山。……今までの戦場も城内も見て確信しました。あなたの命令には『調和した未来』への想像力が欠けている」
リリアは一歩、書類の山を踏み越えて進む。その目は、かつてないほど冷たく据わっていた。
「この玉座の惨状は、あなたの心の現れです。略奪という『夢のない命令』の果てに、ただ散らかすことしかできない……。そんなあなたに、清掃を語る資格はありません!」
「黙れッ! 我が積み上げた覇道の重み、貴様ごと消し去ってくれるわ!」
魔王が咆哮し、周囲のガラクタが暗黒の魔力に染まって濁流のように襲いかかる。
だが、リリアは「岩さん」を垂直に構え、その口角を吊り上げた。
「ニタァ……」
「四天王! 私が道を空けます、あなたたちは背後の『不燃ゴミ』をまとめなさい! ……岩さん、全力で行きますよ。この『最大級の不法投棄』を、地平線の彼方まで弾き飛ばします!」
『……ああ、分かったよ相棒! 汚れもろとも、こいつの性根を叩き直してやろうじゃないか!』
リリアと聖剣の心が、初めて「不浄への怒り」で完全に同期した。
岩に溜まった聖なるエネルギーが限界を超え、空間が歪むほどの磁場が発生する。
「一括、処分ですッ!!」
ドォォォォォン!!
刹那、聖剣を「芯」として、数トンの岩盤だけが光速で射出された。
聖なるレールガンと化した岩は、魔王の放つ闇の奔流を物理的な質量で粉砕。魔王をその背後の壁ごと貫き、遥か大陸の果てまで押し流していった。
静寂が訪れる。
光の中に立っていたのは、数千年ぶりに岩から解き放たれ、本来の美しさを取り戻した『真・聖剣』を手にするリリアだった。
『……おお……おおお! ついに、ついに抜けたぞ! この軽さ、この輝き! 私は自由だ! 伝説の勇者の剣として、今、至福の時を――!』
そこへ、バルトロメウス率いる騎士団が駆け込んできた。彼らはその神々しい剣の姿に、思わず膝をつく。
「なんという美しさ……! これぞ真の聖剣! リリア殿、ついにやりましたな!」
『はっはっは! 見るがいい、この凛々しき姿を! さあ小娘、私を称え――』
「……チッ」
『今、舌打ちした!? 伝説の瞬間に舌打ちした!?』
「……いえ、別に。ただ、やっぱり岩さんがいないと、高いところの埃が払いにくいし、リーチが短くて不便だなぁって。やっぱり岩があったほうが、ガシガシ使えて便利だったんですよねぇ……」
『拒絶だ! 断固拒絶する! 私はもう二度とあの重苦しい岩には戻らん! 私は剣だ! 誇り高き――』
その時だった。
遠くの方から、**ガラガラ……ゴロゴロ……**という不穏な地響きが近づいてきた。
先ほど射出され、魔王を連れて世界を一周してきた「あの岩」が、正確無比な弾道でリリアの元へ帰還したのだ。
『……え?』
スポォォォォン!!
完璧な精度で、聖剣の背後から岩がドッキング。聖剣は再び、歪な形の岩に深く突き刺さった元の姿に戻った。
「(ニタァ……)おかえりなさい、岩さん」
『(心が折れる音)……あああああああ……私の……私の絶頂期がぁぁ……!!』
「さあ、みなさん! 城内はまだ片付いていませんよ! 岩さんの角で隅々まで削り落としますから、付いてきてください!」
騎士団たちの万歳三唱と、聖剣の絶望的な叫び。
世界で最も「綺麗」になった魔王城に、リリアの鼻歌がいつまでも響き渡るのだった。
(完)




