第三話:『深夜の説教、あるいは聖剣の屈辱』
その夜。王宮の片隅にある備品倉庫は、奇妙な熱気に包まれていた。 リリアは鼻歌を歌いながら、今日一日、泥にまみれた「岩さん」――聖剣が刺さったままの巨大な岩盤を、丁寧に磨き上げていた。
「よし、角のところも綺麗になりました。明日はこれを使って、厨房の裏の凍った地面を砕かないといけませんからね」
リリアが雑巾をバケツで絞った、その時だった。
『……おい。……聞こえるか、小娘』
低く、威厳に満ちた声が倉庫に響いた。リリアは手を止め、周囲を見渡す。
「あら。まだ誰か残っていましたか? ここはもう清掃済みですよ」
『私だ! 貴様が今、雑巾で無遠慮にこすり上げている、この私だ!』
声の主は、岩に突き刺さったままの聖剣だった。 かつて世界を救ったとされる伝説の武具。それは単なる鉄の塊ではなかった。神々の祝福を受けた聖なる力を宿し、歴代の勇者と共に歩んできた、誇り高き意志を持つ存在なのだ。
「えっ……。剣が、喋った?」
『いかにも。私は輝ける王道の守護者、エクス・カリバーンである。数千年の眠りを経て、ついに私の封印を解く者が現れたと思ったのだが……貴様、今日私を使って何をしたか分かっているのか!?』
「何って……国境の掃き掃除ですけど。おかげさまで捗りました」
『害虫駆除だろうが! しかも、私の刀身を一度も使わず、この不格好な岩の角でド突き回すとは! 私は、私は……こんな恥ずかしい姿を見られるために目覚めたのではない!』
聖剣の声は、怒りと、それ以上に深い羞恥に震えていた。彼にとって、岩から抜けずに「岩ごと」振り回されるのは、騎士が鎧を着ずに鍋を被って戦場に出るような、耐え難い屈辱だったのである。
「でも、岩さん。あなた、抜けないじゃないですか」
『岩さんと呼ぶな! 抜けないのではない、私の意志に相応しい勇者が……ぐぬぬ、そもそも貴様の引き抜き方が物理的すぎたのだ!』
聖剣はプライドを剥き出しにして抗弁したが、リリアは全く動じなかった。それどころか、彼女は聖剣から発せられる「怒りの放熱」に、ある一点で注目した。
「……ところで。エクスさん、でしたっけ。あなた、喋ると少し熱くなりますね。その……聖なる力、というやつですか?」
『当然だ! 私の魂は、邪悪を焼き払う浄化の焔そのもの! 一度振るえば、地獄の業火すら――』
「ちょうど良かったです。明日の朝までに仕上げなきゃいけない、シーツの山があるんですよ」
リリアは、まだ湿り気のある巨大なリネンを、おもむろに聖剣の刀身(の露出している部分)に被せた。
『なっ……貴様、何を――!?』
「あ、いい感じに蒸気が上がってきました。そのまま熱を保ってくださいね。よし、岩さんの平らな面を重しにして……。ふふ、これならアイロンがけも一瞬ですね」
『待て! やめろ! 私の神聖な魔力を家事に転用するな! 尊厳! 私の尊厳はどこへ行ったのだぁぁぁー!!』
深夜の倉庫に、伝説の聖剣の悲鳴が虚しく響き渡る。 しかしリリアの目には、それは「非常に性能の良い多機能家電」が、景気よく稼働している音にしか聞こえていなかった。
次回予告
第四話:『城内の黒い影、あるいは隙間汚れの断罪』
魔王軍の暗殺部隊が王宮へ潜入。 姿を消し、壁に潜む彼らを、リリアは「壁の黒カビ」と断定した。 「隙間汚れに、聖剣の先端がジャストフィット……!(ニタァ)」 リリアの邪悪な笑みが、聖剣と暗殺者を同時に震え上がらせる!




