第一話:掃除の邪魔だったので、抜きました
その日、王宮の中庭は熱狂に包まれていた。 建国記念祭の目玉――「聖剣選定の儀」。 代々の国王が、そして名だたる騎士たちが挑み、一ミリたりとも動かせなかった伝説の聖剣が、中庭のど真ん中に鎮座している。 正確には、歪な形をした巨大な岩石に、深々と突き刺さっているのだ。
「ぬんぬんぬん……ぬぉぉぉぉッ!!」
並み居る巨漢の騎士が顔を真っ赤にし、血管を浮き上がらせて剣の柄を引く。だが、聖剣は沈黙を保ったままだ。まるで「お前など眼中にない」と嘲笑っているかのように。 現役最強と謳われる武人、国内一の人格者と慕われる賢者、さらには高貴なる王の血族が血を吐く思いで挑んでも、聖剣はびくともしなかった。
「……はぁ。また始まった」
そんな喧騒を遠巻きに眺めながら、一人の少女が深く、深くため息をついた。 名前はリリア。王宮の雑用専門侍女である。 彼女の手にはバケツと雑巾。そしてその視線は、聖剣ではなく、聖剣が突き刺さっている**「岩の根元」**に向けられていた。
「あの岩の隙間、また苔が生えてる。昨日の雨で泥も跳ねてるし……あんなに人が群がったら、せっかく掃いた石畳が土足で台無しじゃない」
リリアにとって、聖剣は「伝説の武器」ではない。 掃除の動線を遮り、死角に埃を溜め込む、「非常に効率の悪い障害物」。ただそれだけだった。
「リリア! 何をボサッとしているの!」
背後から飛んできたのは、侍女長ガートルードの鋭い声だ。
「明日は隣国の王子殿下の視察よ! 中庭の隅々まで、チリ一つ残さず磨き上げなさい。あの聖剣の周りもよ! 分かったわね!」
「……はい、承知いたしました。侍女長」
リリアは深く一礼した。 彼女は真面目だった。ひたむきだった。 幼い頃から人手不足の王宮でこき使われ、数人分の洗濯物を一気に運び、廊下を汚す不届き者を神速のステップで追い詰め、頑固な油汚れを握力だけで削ぎ落としてきた。 その結果、彼女の身体には、本人も無自覚な「超実戦的筋力」と「最適化された動作」が刻み込まれていたのだ。
夜。 儀式が終わり、誰もいなくなった中庭。 月明かりの下、リリアは一人で聖剣の前に立っていた。
「……やっぱり邪魔。これがあるせいで、モップが奥まで届かない」
リリアは雑巾をバケツに放り込み、腕まくりをした。 彼女が欲しかったのは名誉でも力でもない。ただ、「フラットで掃除のしやすい床」だ。
「よいしょ、っと」
リリアは、伝説の柄に手をかけた。 本来、選ばれし者の魔力に反応して抜けるはずの剣。だが、リリアが込めたのは魔力ではない。 毎日百キロの食料袋を運搬し、巨大な家具を一人で配置換えしてきた、圧倒的な物理。
「ふんぬっ!!」
――ズゴゴゴゴゴゴゴッ!!!
王宮全体を揺るがすような地響きが鳴り響いた。 石畳がバリバリと剥がれ、地中の根っこまでもが悲鳴を上げる。
「あら、少し固い……。これでも、くらえ!」
リリアが背筋に力を込め、一気に引き上げた。 次の瞬間。
バキィィィィィィン!! という音と共に、リリアの体は宙に浮いた。 彼女の手には、聖剣。しかし、剣だけではない。
聖剣が突き刺さったままの、直径三メートルはあろうかという「岩盤」が、根こそぎ大地から引っこ抜かれていた。
「……あ、抜けた」
リリアは、頭上に掲げた巨大な岩を見上げて、ポツリと呟いた。 剣が岩から抜けたのではない。 世界が、聖剣と岩を切り離すことを諦めたのだ。
「よし、これで床が拭きやすくなりました」
リリアは数トンの岩(と聖剣)を軽々と担ぎ上げると、空いた片手でモップを掴み、鼻歌混じりに床を磨き始めた。
これが、後に「大陸を揺るがす清掃聖女」と呼ばれることになる少女と、 「岩付き」という史上最も恥ずかしい姿でデビューすることになった伝説の聖剣の、出会いであった。
次回予告
第ニ話:『伝言ゲームの悲劇、あるいは害虫駆除』
「国王様の視察ルートを綺麗にせよ」との命令を受けたリリア。 彼女が岩(聖剣)を担いで向かった先は、なんと魔王軍の最前線だった。 「土足で立ち入らないでください!」 リリアの怒りのスクレイパーが、昆虫型モンスターの群れを根こそぎ剥ぎ取る!




