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第九章 エクストラヒール

第九章 エクストラヒール


翌日から――

ギルドマスターの家は、そのまま冒険者組合の臨時本部となった。

壁一面に依頼書を貼りながら、受付嬢は深いため息をつく。

「……もう無理です。私、耐えられません」

「ギルマスの奥様が、私を愛人扱いするんですよ?」

ギルドマスターは苦笑し、こめかみを押さえた。

「ここしか使える場所がないんだ。

 ……頼む、もう少し我慢してくれ」

そのやり取りを横で聞いていた男が、感心したように口を挟む。

「それにしても、よく全部の依頼を覚えてるな」

受付嬢は胸を張った。

「当然です。全部、私が書いてますから」

「一言一句、完璧に覚えています」

男は感嘆したようにうなずき――

何気ない調子で続けた。

「……クラウスは、金庫を漁って帰ればよかったのに。

 なぜ戻ってこなかったんだろうな」

受付嬢はあっさり答える。

「金庫なら、ここにありますよ」

そう言って――

胸元から小さなポーチを取り出した。

「このマジックポーチに、組合の資産すべてが入っています」

「ワォ……」

男の目が、わずかに細まる。

ギルドマスターは顔色を変え、怒鳴った。

「バカ! そんなこと教えるな!」

「そいつがクラウスの手先かもしれないだろうが!」

――次の瞬間。

男の腕が、迷いなくポーチを奪い取った。

空気が歪む。

輪郭が揺らぐ。

偽装が崩れる。

現れたのは――

S級冒険者、クラウス。

「では――」

彼はにやりと笑った。

「全額、手数料として頂こう」

「取り押さえろ!!」

叫ぶギルドマスター。

だが、遅い。

クラウスの剣が一閃し、

風だけが室内を切り裂いた。

次の瞬間――

全員が床に転がっていた。

静寂。

崩れた壁。

軋む柱。

半壊した家屋。

そこへ、ひょこりと顔を出したのは――マヤだった。

「……何があったんですかね?」

のんきな声が、瓦礫の中に落ちる。

ギルドマスターは、かろうじて意識を保ったまま言った。

「マヤ……頼む……」

「みんなを……介護してくれないか……」

マヤは困ったように眉を下げ、杖を取り出す。

「魔法は、あまり使いたくないんですが……」

小さく息を吐き、

静かに告げた。

「――エクストラヒール」

淡い光が、部屋いっぱいに満ちていく。

ゆっくりと。

しかし確実に。

砕けた骨が戻り、裂けた皮膚が閉じ、

失われかけた命が引き戻されていく。

奇跡の回復。

やがて――

倒れていた者たちの胸が、ひとり、またひとりと上下し始めた。

マヤは小さくつぶやく。

「……亡くなった方には、効きませんけど」

その言葉に、

ギルドマスターと受付嬢は同時に目を見開く。

「……君」

「あなた、魔法使いなの?」

一瞬の沈黙。

マヤは、はっとした顔で杖を背中に隠す。

次の瞬間――手に握られていたのは弓だった。

「そ、そんなわけないじゃないですか!」

引きつった笑顔。

だが室内に残るのは、どう見ても高位治癒魔法の残滓。

疑念の沈黙が、静かに降りる。

――その時。

受付嬢が、ふと思い出したように言った。

「ポーチには盗難防止機能がついています」

「場所の探知ができますし、

 中身は――私にしか取り出せません」

ギルドマスターが顔を上げる。

「……解除する方法は?」

「魔法道具屋です」

その瞬間――

雑踏に紛れていた男が、足を止めた。

ゆっくりと変装を解く。

現れたのは、再びクラウス。

「……なるほど」

「魔法道具屋に行けばいいんだな」

次の瞬間、彼は駆け出した。

逃走。

――だが。

空が、光る。

轟音。

落雷。

「ビリビリ……ギャフン……」

クラウスは黒焦げのまま、地面に倒れ伏した。

静まり返る通り。

その中心で――

マヤの手には、しっかりと杖が握られていた。

震えはない。

ただ、静かな決意だけがあった。

「……お母さんを」

「危険な目には、あわせられません」

雷光の残滓が、ゆっくりと消えていった。

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