第八章 暗闇
第八章 暗闇
深夜。
マヤは静まり返った通りに立っていた。
「……こういう時、夜目が利くのは嬉しいですね」
灯りは持たない。
月も雲に隠れ、世界は漆黒に沈んでいる。
それでも彼女の足取りは迷いがない。
石畳を踏む小さな足音だけが、規則正しく夜に響く。
――誰もいない。
昼間、あれほど人で埋め尽くされていた冒険者組合の周囲は、
嘘のように静まり返っていた。
残っているのは、
閉ざされた扉と、
中にいる“何か”の気配だけ。
マヤはためらいなく扉に手をかける。
軋む音。
ゆっくりと、開く。
「……誰だ」
低い声。
クラウスだった。
床に転がる毛布から身を起こし、
手探りでランタンを探している。
その一瞬。
――音もなく。
マヤは動いた。
受付嬢。
ギルマス。
二人の姿が、ふっと消える。
小さな収納袋の口が、静かに閉じられた。
ランタンに火が灯る。
揺れる光の中、
クラウスは――
唖然としていた。
「……私が、してやられるとは」
剣も。
誇りも。
怒りすらも。
その瞬間だけは、完全に止まっていた。
マヤは何も言わない。
ただ一度だけ、
ぺこりと小さく頭を下げ――
静かに去った。
宿屋。
部屋の中で、マヤは収納袋を開く。
転がり出る二人。
すぐに縄をほどいてやった。
ギルマスは大きく息を吐く。
「……マヤ君。本当に助かった。ありがとう」
受付嬢は咳き込みながらも顔を上げる。
「ゲホッ……ゲホッ……
マヤちゃん……ありがとう……」
二人の表情には、
はっきりと安堵が浮かんでいた。
命が助かったことへの、
純粋な安堵。
マヤは小さく首をかしげる。
「……でも」
静かな声。
「明日、どうするんですか?」
クラウスは、まだ――
あそこにいる。
その事実だけが、
夜の部屋に重く残っていた。




