第六章 槍なら負ない
第六章 槍なら負ない
鋼と鋼が触れ合う、乾いた残響。
その音だけが、人気のない訓練場に広がっていた。
ハヤブサは静かに剣を下ろし、真正面からマヤを見る。
その眼差しには、師としての厳しさと――わずかな焦りが混じっていた。
「……お前の弱点は、剣だ」
低く、断ち切るような声。
「この先、俺みたいに速い相手が
いない保証はない」
風が止まる。
マヤは露骨に眉を寄せた。
「……なんで私が、わざわざ剣なんて
使わなきゃならないのよ」
心底めんどくさそうな声。
横で見守っていた男が、空気を読まずに口を滑らせる。
「いやほら、あれだ。
女の子にいいとこ見せたいってやつ――」
「は?」
氷点下の視線。
男は一瞬で後悔した。
「わ、悪かった!!
頼む! ハヤブサさんの機嫌が良くなるように、
ちょっとだけ! ちょっとだけ調子合わせてくれ!!」
沈黙。
重い。
とにかく重い。
マヤは長く息を吐いた。
(……剣撃強化。身体強化。反応速度補正。
クリティカル率上昇。ついでに出力制御……)
頭の中で、淡々と確認。
そして、小さくつぶやく。
「……これ、加減できるかな」
その声は――
誰にも届かない。
ハヤブサが踏み込む。
速い。
空気を裂く初動。
常人なら、認識すらできない領域。
だが。
(……見える)
マヤの世界だけが、ゆっくりと動く。
呼吸。
重心。
筋肉の収縮。
刃の軌道。
すべてが、手に取るように分かる。
――合わせるだけでいい。
マヤは、静かに剣を振った。
次の瞬間。
バギンッ!!
鈍く、重い破砕音。
ハヤブサの剣が――
根元からへし折れた。
止まらない斬撃。
吸い込まれるように。
まっすぐ。
肩口へ――到達。
静寂。
風の音すら、ない。
男が両手で頭を抱えた。
「あーーーーーー……
やっちまったああああ!!」
大慌てで駆け寄る。
「ハヤブサさん!?
生きてます!? 骨いってません!?」
ハヤブサは顔を歪め、鎖骨を押さえる。
だがその目に宿るのは、痛みではない。
――闘志。
担架に乗せられながら、叫ぶ。
「……まだだ……!」
ぎり、と歯を食いしばる。
「俺は……!」
呼吸が震える。
それでも、吠えた。
「槍なら負けない!!」
訓練場に響く、魂の宣言。
「――絶対に、だ!!」
担架は遠ざかる。
声だけが、いつまでも残った。
静けさが戻る。
マヤは、手の中の剣を見る。
折れてはいない。
ただ――空気よめよの視線が痛い
「……え、これ私が悪いの?」
少しだけ困った顔。
周囲の空気は、完全に
「お前だよ」
と言っている。
マヤは目をそらした。
「……これでも手を抜いたのに」
誰にも届かない独り言。
風が吹き、
その言葉を静かにさらっていった。




