第三章 はじめての狩り
第三章 はじめての狩り
マヤは、静かに扉を押し開けた。
重厚な木扉が低く軋み、
次の瞬間――
喧騒が、彼女を呑み込む。
酒の匂い。
汗の匂い。
血と鉄の匂い。
ここは、生き残った者だけが立つ場所。
――冒険者組合。
だが。
その中心へ向かう少女の歩みは、
あまりにも静かで、
あまりにも揺れなかった。
まるで――
**最初から場に存在していた“重さ”**のように。
■登録
カウンターへ到着すると同時に、
マヤは選定の札を差し出す。
受付の女性の指が、わずかに止まった。
視線。
観察。
測定。
そして、事務的な微笑み。
札へ魔力が流れ込む。
淡光。
収束。
凝固。
――一枚のカードが完成した。
「登録、完了です」
マヤは小さくうなずく。
それ以上の言葉はない。
だが受付は感じていた。
この少女は、何かが違う。
理由は分からない。
それでも、本能が警告している。
■依頼
掲示板。
無数の紙片。
マヤは――迷わない。
一枚だけを剥がす。
それを見た瞬間、
受付の声がわずかに低くなった。
「……本当に、その依頼を?」
「問題がありますか」
「女性は、スライム討伐を避けます」
腐食液。
粘液汚染。
装備損耗。
精神的嫌悪。
新人が最初に折れる依頼。
マヤは無言でスカートの端を持ち上げる。
革。革。革。
全身が対腐食仕様。
「全部、革ですから」
淡々。
温度ゼロ。
その瞬間――
背後で男の笑い声。
■干渉
「案内してやろうか、嬢ちゃん」
「不要です」
「遠慮すんな。危ねぇんだよ」
腕が回る。
肩を組もうとする。
――だが。
動かない。
「……は?」
力を込める。
さらに込める。
筋肉が軋む。
それでも。
一歩も動かない。
石ではない。
杭でもない。
なのに――
世界の方が固定されているかのような不動。
「交代だ!」
二人目。
三人目。
押す。
引く。
持ち上げる。
結果――
ゼロ。
「何やってんだテメェら!」
爆笑。
嘲笑。
野次。
男たちは逃げるように離れた。
マヤは最初から無人だったかのように、
静かに外へ出た。
■狩場
街外れ。
風。
草の波。
収納バッグから取り出される――
一冊の魔法図鑑。
「スライム……」
頁をめくる。
記述は魔法のみ。
「……魔法だけ」
小さな吐息。
図鑑が閉じる。
代わりに現れるのは――
一本の杖。
振る。
ただ、それだけ。
次の瞬間。
地面を這っていた十体のスライムが――
同時に、無音で浮上した。
逃走不能。
跳躍不能。
抵抗不能。
空中固定。
完全支配。
マヤは弓を取る。
構え。
呼吸停止。
時間が、
細く伸びる。
■射
――放つ。
乾音。
――二射。
――三射。
――連射。
矢は迷わない。
揺れない。
外れない。
すべてが、
核だけを貫く。
崩壊。
沈黙。
落下した残骸は、
用意された革袋へ――
寸分の狂いなく収束する。
十射。
十中。
過不足、ゼロ。
残ったのは。
風。
静寂。
そして――
結果だけ。
■帰還
組合の扉が開く。
喧騒が、
一瞬だけ止まった。
早すぎる帰還。
「……もう、終わったんですか?」
袋の確認。
沈黙。
息を呑む音。
「完璧……」
受付はゆっくり顔を上げる。
そこにあったのは、
先ほどとは別の表情。
「女性にしては、ではありませんね」
一拍。
「見事な狩りです。」
マヤは何も言わない。
カードを受け取る。
振り返る。
歩き出す。
その背へ――
先ほど笑っていた冒険者たちの視線が突き刺さる。
嘲笑ではない。
軽視でもない。
それは。
理解不能への畏怖。
この日。
誰にも気づかれないまま。
静かに。
確実に。
ひとつの事実だけが生まれた。
――この少女は、常識の外にいる。




