第二章 選定
第二章 選定
ドルジは、ことあるごとに店を訪れていた。
「なあ、マートさん……
薄々、俺の気持ちに気づいてるんじゃないのかい?」
冗談めかした口調。
だが、その奥にある本心を、マートは理解していた。
いつも気丈な彼女が、
その時ばかりは珍しく目を伏せる。
やがて――妹が生まれた。
名は、アルマ。
その日を境に、
店の空気は静かに変わっていった。
ドルジは半ば当然のように住み込み、
交わされる会話は、いつもアルマのことばかりになる。
その光景の端で、
マヤはただ、黙って立っていた。
やがて、小さく呟く。
「……私は、いらない子なんだ」
胸の奥が、ひどく冷える。
――早く、独り立ちしなければ。
ここに居場所は、もうない。
近頃のマヤは、
店に並ぶマジックバッグを肩に掛け、
色褪せた魔女服をまとい、
誰もいない店内で、ひとり歩く。
くるり、と回る。
それは遊びではない。
未来の自分を、必死に探す儀式だった。
その背を見つめながら、
マートが低く言う。
「……お前には、不憫な思いをさせるな」
少しの沈黙。
「店のもので気に入った物があれば――
好きに持っていきな」
マヤは振り返る。
「……本当に、もらっていいの?」
マートは何も言わず、
ただ、静かに頷いた。
その優しさが、
逆に胸を締めつけた。
やがてマヤは――十六歳になった。
職業選定の歳。
その年齢に達した子どもはすべて、
聖者教会へ集められる。
「私の子なら――魔法使いでしょ」
母の声。
期待。
当然という響き。
たしかにマヤは、幼い頃から魔法を使えた。
だが――
(魔女裁判……)
炎。
罵声。
泣き声。
忘れたはずの記憶が、
喉元まで蘇る。
その日、マヤは初めて、
路地の外へ足を踏み出した。
空は、思っていたより広かった。
聖教会へは、ドルジが無言で付き添った。
選定の水晶の前に立つ。
触れた瞬間――
声が、頭の奥に響いた。
『この子は……何がいいだろうね?』
人ではない声。
温度のない視線。
『魔法の才もある。
だが、身体も丈夫だ』
値踏みされている。
その事実に、
胸の奥がざわつく。
マヤは、強く念じた。
(――魔法使いだけは、嫌)
沈黙。
声が、わずかに揺れた。
『……ほう』
少しの間。
『では――アーチャーにしておこうか』
『女の子で近接職というのも酷だろうしね』
運命が、静かに決まる。
マヤは、ゆっくり頷いた。
次の瞬間――
神学者が高らかに宣言する。
「――アーチャー!」
ざわめき。
ドルジの目が、大きく見開かれる。
「……マートとは、違う道を歩むのか」
その声には、
驚きと――ほんの少しの安堵が混じっていた。
教会を出た直後。
待ち構えていたように現れたのは、
冒険者組合――通称クラッシャー。
職人のように積み上げるのではなく、
派手に壊し、派手に築く者たち。
この世界は、そう呼ぶ。
「スクール……ですか?」
「我々はクラッシャーではありません。
誇りある冒険者組合です。
訓練校を通じ、
冒険という生き方を正しく――」
そこまでで、ドルジが遮った。
「うるせぇ。
単なる金稼ぎだろ。帰れ帰れ」
しっしっと手を振る。
「弓なら――俺が教えてやる」
そして。
ドルジは、言葉を失う。
放たれた矢が、
すべての的の中心を射抜いた。
一切の迷いもなく。
炎をまとった矢でさえ、
寸分違わず貫き――
着弾と同時に爆ぜる。
沈黙。
「……魔法付与の矢まで、正確に当てるのか」
喉が鳴る。
「……チートだろ、これ」
しばらくして、
ドルジは小さく笑った。
「――魔法使いじゃなくて、
良かったのかもな」
空を見上げる。
「これなら……
魔女裁判の心配もない。」
マヤは答えない。
ただ静かに、
弓を握り直す。
その瞳には――
まだ誰も知らない、
遠い未来が映っていた。




