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第十一章 逆転

第十一章 逆転


マヤは目隠しをされ、後ろ手に縛られたまま、

薪木の山の頂へと引き立てられた。

冷たい風が頬を撫でる。

乾いた木の匂い。

押し寄せる、無数の視線。

――処刑台。

広場を埋め尽くす群衆のざわめきは、

祈りではない。

同情でもない。

ただの、娯楽だった。

ゆっくりと、S級冒険者クラウスが前へ出る。

「S級冒険者は――貴族と同格の位を持つ」

低く、よく通る声。

それは宣告であり、支配の響きだった。

「私に恥をかかせた罪。

 その身をもって償うがいい」

遠く。

人垣の隙間で――

母マート。

義父ドルジ。

妹アルマ。

三人は崩れ落ちそうになりながら、

ただ両手を組み、祈っている。

ギルドマスターも。

受付嬢も。

誰一人、止められない。

やがて群衆の声が、濁流のように一つへ収束する。

「殺せ! 殺せ! 殺せ!」

久しぶりの若い女の処刑。

狂気は熱狂へ変わり、

広場は祝祭のように沸騰していく。

――その瞬間。

ヒョイ、と。

緑の影が、

音もなく、

民衆の外周を取り囲み始めた。

次の刹那。

「きゃああああああっ!!」

悲鳴が空を裂く。

リザードンの群れ。

牙。

爪。

鱗。

飢え。

それらすべてが、人へ向けられた。

ギルドマスターの顔から血の気が引く。

「……馬鹿な。

 繁殖移動は、なかったはずだ……!」

天敵不在。

抑圧された本能。

爆発的暴走。

広場は一瞬で――

地獄になった。

逃げ惑う人々。

踏み潰される子供。

引き裂かれる悲鳴。

血飛沫が、祝祭の熱狂を塗り潰す。

クラウスは剣を抜いた。

「下がれ!!

 ――俺に任せろ!!」

S級の踏み込み。

閃光の剣撃。

一瞬で数体を斬り伏せる。

だが。

多すぎる。

四方から牙。

八方から爪。

終わらない圧殺。

「ぐっ……!

 援護を……!」

誰も、来ない。

英雄の声は、

肉の潰れる音に沈んだ。

その頃。

薪木の上では――

ギルドマスター。

受付嬢。

マート。

ドルジ。

アルマ。

全員が、

ただ一人の少女を抱きしめていた。

「マヤちゃん……大丈夫……?」

震える声。

だが――

リザードンは近づかない。

一歩も。

一匹も。

まるでそこだけ、

世界の理から切り離された聖域のように。

「縄を解いたら同罪だぞ!!」

神学者の怒声。

しかし次の瞬間、

その声は絶叫へ変わった。

群れは怒りを吐き出すように街を蹂躙し、

やがて嵐のように去っていく。

残されたのは――

血。

瓦礫。

無数の、うめき声。

マートは震える手で、

マヤの目隠しと縄を解いた。

「怖く……なかったかい……?」

マヤの瞳から、

大粒の涙がこぼれる。

「……怖かった」

その時。

神学者が、血を引きずりながら、

なお薪木へ火をつけようとしていた。

狂気。

執念。

信仰の歪み。

広場に満ちる苦痛の声。

マヤは、静かに息を吸う。

そして――

世界に触れるように、告げた。

「――エクストラヒール」

光が生まれた。

それは輝きではない。

慈しみそのものだった。

波紋のように広がり、

空気を満たし、

大地を包み、

街を抱く。

「……痛く、ない……」

「傷が……消えて……」

「身体が……軽い……!」

奇跡。

救済。

再生。

誰かが呟く。

「天使……」

別の誰かが膝をつく。

「女神様だ……」

祈りが、連鎖する。

絶望は、

完全に、

反転した。

神父たちが神学者へ詰め寄る。

「どこが悪魔の力だ!!」

「これは神の御業だ!!」

追い詰められた神学者とエクソシストは、

血まみれのクラウスへすがりつく。

「この人に命じられたんだ!」

「私は悪くない!」

「騙されたんだ!!」

沈黙。

次の瞬間。

一閃。

二つの命が、音もなく崩れた。

クラウスは吐き捨てる。

「……見苦しい」

石が飛ぶ。

一つ。

また一つ。

止まらない。

「帰れ!!」

「人殺し!!」

「二度と来るな!!」

英雄だった男は、

ただの罪人として、

誰にも見送られず、

街の外へと追放された。

静寂。

光の中心。

そこに立つのは――

涙を流す、ただの少女。

けれど誰もが知ってしまった。

この瞬間。

世界は確かに、目撃したのだ。

絶望を覆す者の誕生を。

そして物語は、ここから始まる。


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