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何者にもなれなかった私へ ―定義された学園で、私は消されかけた  作者: 水城ルナ


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第8話 再測定命令

――世界が距離を詰めてくる


 それは、命令というより通知だった。


 朝霧ユイが教室に入ると、端末が一斉に起動音を鳴らした。

 黒い画面に、簡潔な文字が浮かぶ。


再測定実施通知

対象:朝霧ユイ

実施時刻:本日 16:00

実施者:外部裁定官


 教室の空気が、一瞬だけ揺れた。


 誰も声を上げない。

 だが、何人かが視線を伏せ、何人かが息を詰める。


「……来たか」


 隣の席で、玖条ソラが小さく呟いた。


「外部、って?」


 ユイが聞くと、ソラは端末から目を離さず答えた。


「学園の外の人間だ。

 ここで処理できない案件を引き取る役」


「引き取る……」


「言い換えれば、

 “世界として判断する”ってこと」


 その言葉の重さを、ユイはすぐには飲み込めなかった。


 午後の授業は、ほとんど頭に入らなかった。

 教師の声が遠く、文字が滑っていく。


 ――世界として判断する。


 それは、霧島教官が立っていた場所の、さらに向こう側だ。


 指定された時間、ユイは管理棟の最深部に案内された。


 これまで入ったことのない区域。

 白ではなく、鈍い灰色の壁。

 空気が、わずかに冷たい。


「失礼します」


 案内役の教官が、扉をノックする。


「入って」


 中から返ってきた声は、淡々としていた。


 部屋は、驚くほど簡素だった。

 机が一つ、椅子が二つ。

 壁際に測定装置らしき黒いフレーム。


 そして――

 机の向こうに座る人物。


「朝霧ユイ」


 名前を呼ばれ、ユイは一歩前に出た。


「私は、外部裁定官レム」


 女性だった。

 年齢は分からない。

 表情が薄く、感情の輪郭が見えない。


「今日は、あなたの再測定を行います」


「……拒否権は?」


「ありません」


 即答だった。


 レムは立ち上がり、黒いフレームを指し示す。


「これは、通常の初期定義測定よりも深い層を読み取ります。

 あなたの“定義されなさ”が、どこで発生しているのかを調べる」


 ユイは、静かに装置の中央に立った。


 フレームが起動する。

 低い振動音。


「質問します」


 レムの声が響く。


「あなたは、自分を人間だと思いますか」


「……はい」


 振動が、わずかに乱れる。


「朝霧ユイという名前を、自分のものだと思いますか」


「思います」


 数値が跳ねる。


「他者に害を与えたいと思ったことは?」


「ありません」


 沈黙。


 レムは、端末を操作する。


「興味深い」


 初めて、感情らしいものが声に混じった。


「あなた自身には、異常はありません」


 ユイは、目を瞬いた。


「……じゃあ」


「異常なのは、周囲です」


 レムは、淡々と続ける。


「あなたに定義を与えようとした瞬間、

 世界側の意味構造が不安定化する」


 スクリーンに、映像が浮かぶ。

 グラフが、貼り付こうとしては崩れる。


「あなたは、空白ではない。

 “拒絶”でもない」


 レムは、はっきり言った。


「あなたは、定義を通過してしまう」


 その言葉が、胸に落ちる。


「それって……」


「世界の仕組みに、合っていない」


 レムは、ユイをまっすぐ見た。


「だから、危険なのです」


 測定が終わる。

 フレームの光が消える。


「結論を報告します」


 レムは端末を閉じた。


「朝霧ユイは、

 現時点では排除対象ではありません」


 ユイは、息を吐きかけた。


「ですが」


 続く言葉が、それを止める。


「このまま存在し続ければ、

 必ず“定義崩壊”を引き起こします」


 はっきりとした断定。


「あなたは、原因ではありません。

 ですが――

 引き金になり得る」


 それは、裁定だった。


「よって、追加措置を申請します」


 レムは、静かに告げる。


「あなたを、

 学園内最優先観測対象とする」


 隔離よりも、重い言葉。


「行動・接触・発言。

 すべてが、世界判断の材料になります」


 ユイは、拳を握った。


「……それでも、私はここにいるんですね」


「はい」


 レムは頷く。


「あなたが消えるか。

 世界の定義が変わるか」


 一拍置いて。


「そのどちらかが起きるまで」


 部屋を出ると、廊下にソラが立っていた。


「終わった?」


「……うん」


「顔で分かる」


 ソラは、短く笑う。


「面倒なことになったな」


「前から、面倒だったよ」


 ユイは、そう返した。


 ソラは一瞬、言葉に詰まる。


「……記録、俺が取ることになった」


「知ってる」


 ユイは、視線を逸らさない。


「それでいい」


 ソラは、何も言えなかった。


 その夜。


 ユイの部屋に、新しい端末が設置された。

 観測専用。

 常時起動。


 ランプが点灯する。


 ――存在確認:朝霧ユイ。


 ユイは、ベッドに腰を下ろし、天井を見る。


 霧島教官の言葉が、ふと浮かぶ。


――未定義でいることを、怖がらなくていい。


 でも今は、

 世界の方が、彼女を怖がっている。


本話もお読みいただき、ありがとうございました!


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