表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
何者にもなれなかった私へ ―定義された学園で、私は消されかけた  作者: 水城ルナ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

5/7

第5話 公開裁定(前編)

――裁く言葉、裁かれる存在


 公開裁定場は、学園の中心にあった。


 円形の階段状ホール。

 見下ろす形で観客席が配置され、中央には一つの椅子だけが置かれている。


 被裁定者の席。


 朝霧ユイは、そこに座っていた。


 拘束具はない。

 だが、逃げ場もない。


 周囲には、学年を越えた生徒たち。

 教官。

 管理者。

 そして、記録用の無数のレンズ。


 ――見られている。


 それは恐怖ではなかった。

 もっと、静かな圧迫感。


 意味を与えられようとしている感覚。


「これより、公開裁定を開始する」


 霧島教官の声が、場を切り取る。


「対象、朝霧ユイ。

 裁定内容――存在定義の是非」


 その言葉で、空気が引き締まった。


「裁定側代表」


 天城リィナが、一段下りて前に出る。


 制服は完璧だった。

 背筋は伸び、視線は揺れない。


 英雄候補としての“型”を、彼女は一切崩していなかった。


「私は、天城リィナ」


 声は澄んでいる。


「本裁定において、秩序と社会安定の立場から意見を述べます」


 拍手。

 短く、整った音。


「朝霧ユイは、定義不全です」


 リィナは、はっきりと言った。


「測定不能。

 役割不明。

 影響範囲、予測不能」


 スクリーンに、データが投影される。

 空白だらけのグラフ。


「この世界は、定義によって成り立っています」


 リィナの声が強くなる。


「英雄は希望になり、

 管理者は秩序を守り、

 無価値群ですら、補助要員として機能する」


 一瞬だけ、言葉を切る。


「ですが、彼女は違う」


 リィナは、ユイを見た。


「彼女は、どこにも属さない。

 どこにも収まらない。

 それは――脅威です」


 ざわめき。


「よって私は提案します」


 深く息を吸い。


「朝霧ユイを、隔離対象とすることを」


 隔離。

 処分よりも穏やかで、しかし重い言葉。


「即時排除ではありません。

 管理下での観測。

 再定義の可能性を探る」


 それは、最大限の譲歩だった。


「英雄候補として、

 私は世界を守る選択をします」


 リィナは、最後にそう締めた。


 拍手が起こる。

 先ほどより、少し大きい。


 ユイは、ただ聞いていた。


 胸の奥で、何かが静かに沈んでいく。


「次に、反対意見」


 霧島教官が告げる。


 沈黙。


 誰も、すぐには名乗り出なかった。


 それ自体が、答えだった。


「……記録担当」


 呼ばれて、玖条ソラが立ち上がる。


 彼は一瞬、ユイを見る。

 その視線には、迷いがあった。


「観測者としての意見を述べます」


 声は低く、抑えられていた。


「朝霧ユイは、確かに危険です」


 ざわめきが広がる。


 ユイは、瞬きを一つだけした。


「定義が定着しない存在は、

 システムの前提を揺るがす」


 それは、冷静な分析だった。


「ですが」


 ソラは言葉を続ける。


「隔離によって解決するとは、思えません」


 視線が、彼に集まる。


「観測記録によれば、

 彼女は一度も、

 他者に定義を強制したことがない」


 リィナの眉が、わずかに動く。


「存在するだけで揺らぐのなら、

 それは彼女の罪ではない」


 ソラは、言葉を選びながら続けた。


「むしろ――

 世界の定義の方が、

 脆いのではありませんか」


 空気が、凍る。


 その瞬間、ユイは初めてソラを見た。


 彼は、こちらを見ていなかった。

 壇上の“世界”を見ていた。


「以上です」


 ソラは、それだけ言って座った。


 拍手は起こらなかった。

 だが、否定の声もなかった。


「被裁定者」


 霧島教官が、ユイを呼ぶ。


「弁明はあるか」


 ユイは、ゆっくり立ち上がった。


 視線が集まる。

 定義される前の、最後の瞬間。


「……ありません」


 ざわめき。


「私は、自分が何者か分かりません」


 静かに、しかし確かに言う。


「でも」


 ユイは、リィナを見る。


「私は、誰かを壊してまで、

 ここにいたいとは思っていません」


 それは、主張ではなかった。

 お願いでもなかった。


 ただの事実。


「それでも、私がここにいることが

 “いけない”なら」


 少しだけ、息を吸う。


「それは、私が決めることじゃない」


 沈黙が落ちた。


 霧島教官は、端末を操作する。


「……裁定は、後刻発表する」


 その一言で、前編は終わった。


 ユイは、席に戻される。


 背後で、誰かが呟いた。


「……ずるいな」


 それが、誰の声だったかは分からない。


 ただ一つ確かなのは。


 この裁定が、

 誰かとの決定的な別れを孕んでいるということだった。


 そして、それは――

 まだ、始まったばかりだった。

本話もお読みいただき、ありがとうございました!


少しでも続きが気になる、と感じていただけましたら、

ブックマーク や 評価 をお願いします。


応援が励みになります!


これからもどうぞよろしくお願いします!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ