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熟成した淡い思いは最後の年賀状に込めて

作者: 花萌ゆる
掲載日:2025/12/25

中学生の頃、本来なら北海道へ行くはずだった修学旅行が、先輩たちの起こしたトラブルのせいで奈良・京都に変更になった。

落胆したのも束の間、日本史担当の矢倉先生が同行すると聞いて、一緒に観光できるかもしれない期待感に胸が躍ったことは今でも覚えている。


東大寺の大仏殿。

先生は、小声で大仏の歴史を語った。伽藍の配置や再建の経緯を説明する横顔がとても綺麗だったから思わず見惚れてしまった。

私は普段よりずっと丁寧にノートを取った。クラスの誰よりも真剣だった自信がある。


「大仏の鼻の穴と同じ大きさなんだぞ」


そう説明して笑った先生に引率されて、私たちは柱の穴をくぐり、無病息災を祈った。

くぐり抜けた瞬間にクラスメイトと顔を見合わせて語り合ったあの光景は、今でも鮮明に思い出せる。

先生に恋をしていたなんて、誰にも言えなかったけれど。


中学を卒業してから私は、毎年欠かさず矢倉先生に年賀状を書いた。月日が経ち、進学したこと、就職したこと、日常の悩みや身近な喜びを添えて出した。

先生から返ってくる几帳面な文字を見るたび、先生がそっと背中を押してくれる気がした。


しかし、今年はいつもとは違う。

人生のビッグイベントの報告を書き添える。

「職場の同僚と結婚しました。

これまで、温かいお言葉、そして、たくさんの励ましをありがとうございました。

先生のご健康とご活躍を、心からお祈りしております。」


長年続いた淡い習慣から卒業するときが来たのだ。

書き終えた途端、心がちくりと痛んだ。

でもどこかすっきりしていた。


あの頃の私に「ありがとう」と言いたくなった。

先生への憧れがあったからこそ、私は今まで前に進めたのだと思う。


これは、矢倉先生への最後の年賀状。

そして、長い片想いに、けじめをつけた私自身への贈り物でもあった。

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