〈21〉トラブルの種はそこいらに落ちている
「街が見えてきたよ、おねーさま!」
揺れる馬車の中から外を指差してはしゃぐエリオットの姿に思わず頬が緩む。だが、出発前からものすごく疲れたのは言うまでもない。
やっと着せ替えに満足して出発かと思ったら案の定リヒトに絡まれて足止めをくらった。自分も一緒についていくと譲らないリヒトと、リヒトを警戒しているエリオットのバッチバチの闘いが行われたのだ。
「ぼくとおねーさまのデートを邪魔しようなんて何様のつもりなの?ウザイんだけ」
「おふたりをお守りするのは執事の役目です」
「僕は護身術も身に着けているし、おねーさまは僕が守るから必要ないよ!」
「侯爵令嬢が護衛もつけずに外出などありえません」
「ただ買い物に行くだけだってば!」
「それなら荷物持ちも必要でございましょう?」
「僕が持つからいいんだよ!」
「では、エリオット様が荷物をお持ちになられて私がレディをエスコート致しましょう」
「おねーさまをエスコートするのは僕だってば!!」
「わかりました、では私は荷物を持ちますね。さぁ、どうぞエレナ様をエスコートなさってください?」
「~~~~っ!!!」
いつもジェンキンスを毒舌で論破していたエリオットが、リヒト相手だとどうにも手の上で転がされている気がする。エリオットは地団駄を踏みながらリヒトに「馬車は2台だ!一緒の馬車には乗らないからね!」と言い捨て私の手を引っ張っていったのだった。
「……承知致しました」
ゲームと変わらぬにっこり執事スマイルのリヒトの笑顔は、やはり何を考えているかわからないままである。
***
馬車に乗ってしばらくは不機嫌だったエリオットもやっと笑顔になりどこの店に行こうかと会話もつきなかった。だがやはり後ろの馬車の方に死線を向けては口をへの字に曲げている。
「やっぱりリヒトって苦手なんだよね。何考えてるかわからないし、言い合いしてもすぐ有耶無耶にされて丸め込まれちゃうんだ。……前世時代の馬鹿兄貴みたいで超絶ムカつく!」
「お兄さんって……浮気して慰謝料取られたって言ってた?」
「そう。口先が上手くて問題をすり替えて有耶無耶にするのが得意でさ!最終的に自分の要望を叶えちゃう嫌な男だったんだよ!まぁ、リヒトほど色男じゃなかったし裁判起こした元婚約者の方が上手だったから最後は負けてギャフンされたからいい気味だったけどね!だいたいその浮気も若い女に誑し込まれたみたいだし、ほんと馬鹿!」
どうやらリヒトを見るとそのお兄さんを思い出すのだとか。懐かしむならわかるけど、見るたびにムカつくってそんなにお兄さんの事キライだったのだろうか。
それにしても、まるであの女主任から聞いた怨念の話のようなお兄さんだ。もしかしたらよくある話なのかもしれないが、修羅場はもうこりごりである。
「まぁ、しょうがないか。確かにおねーさまは侯爵令嬢になったばかりだし、万が一狙われないとも限らないしね。当然その時は僕が守るけど……いざとなったらリヒトを盾にして逃げたらいいよ」
「乙女ゲームの世界のはずなのに、殺伐としてるのね……」
「どこでイベントが起こるかわからないし、用心に越したことはないよ。特にドS野郎なんかはヒロインがケガとかしたら真っ先になじってきそうだし」
う、想像できるだけに怖い。本来のヒロインなら、それだけで愛を拗らせそうだわ。
「とりあえず、目当ての店を────あれ?」
街中に入り、馬車の速度がゆっくりになると、エリオットがある方向を指差しだ。
「ねぇ、あの人って……この間の聖女じゃない?」
「え?」
私もその方向に視線をむけると、確かにそこには見覚えのある美女の姿があった。
「あ、鼻水美女!」
「聖女ね、聖女。……って、なんか様子がおかしくない?」
いや、鼻水垂らしてても美女だったんもんで。ん?確かに建物の影に隠れているが聖女さん以外にも誰かがいるようだ。そういわれれば何か揉めているようにも見える。
言い争っているのか聖女さんは何か叫んでいて、伸びてきた腕が聖女さんの肩を掴んていた。
「あれって、もしかしなくてもトラブルじゃない?!聖女さんが危ないわ!」
「ちょ、おねーさま?!」
私は思わず馬車から飛び出して聖女さんのところへと走り出していた。
「動いてる馬車から飛び出すなんて自殺行為……って、ヒロインの身体能力すごくない?!」
驚くエリオットには悪いのだが、これでも身は軽い方だ。ゲームでは明かされていないが、孤児院にいた頃は木登りだってしていたし、毎日小さな子供たちと駆け回っていたのである。さすがに大人の前では大人しくしていたが、実はヒロインは運動神経がよかったのだ。石頭だしね!
そして私は素早く聖女さんの元へ駆けつけ、聖女さんを掴む手の持ち主を睨みつけた。
「ちょっと!嫌がる女性に無理矢理何をする気?!」
するとそこにいたのは立派な口髭を生やした、中年のナイスミドルな紳士がいた。見た感じ清潔感があり貴族だろう身なりをした彼は聖女さんから手を離すとコホンと咳払いしてこういったのだ。
「……これは失礼、誤解させてしまったようですな。私はミハイル・カリスロ伯爵。そこの女性は聖女で……私の婚約者です。痴話喧嘩を目撃されるとは、お恥ずかしい」
「……こ、婚約者ぁ?」
ちらりと聖女さんを見ると「あ、あなたは……」と私の事に気づいたようで気まずそうに視線を反らしてこくりと頷いた。
「この方は……わたくしの、婚約者ですわ……」
この人、ジェンキンスの恋人だったんじゃ……あ、そういえばあの時なんか結婚とかなんとか言い争ってたっけ。やはり修羅場だったか。
あー、なんか……余計な首を突っ込んじゃった感じ?後でエリオットに怒られないといいなぁ。(遠い目)




