秋の空への旅立ち
嵐が去った夏の空は、どこか澄みきった青さを見せていました。
けれども、空気の中にはすでに秋の気配がまじっています。
太陽の光はやわらぎ、風は涼しく、地上では稲穂が揺れ、赤とんぼが飛びはじめていました。
もくもくは大きな体を少ししぼめ、もふもふと並んで漂っていました。
「なんだか、空が変わってきたな」
「うん……夏が終わるんだね」
ふたりは黙って地上を見下ろしました。夏の盛りにぎやかだった町も、少しずつ静けさを取り戻しているように見えました。
そのとき、遠くの空から雷雲先生がやってきました。
『よく聞け。季節が変わるとき、おまえたちは次の空へ旅立たねばならぬ』
「次の空?」
『そうだ。夏を乗り越えた雲は、秋の空で新しい役目を果たすのだ。雨をやわらかに落とし、大地を実りへ導く。これが秋の雲の仕事だ』
もふもふは少し目を丸くしました。
「秋の空……」
一方、もくもくは胸を高鳴らせます。
「よし! 新しい冒険が待ってるってことだな!」
けれど、雷雲先生は続けました。
『ただし……秋の空へ行くには、それぞれ別の風に乗らねばならぬ』
「えっ……別々に?」
ふたりの声が重なりました。
雷雲先生は重々しくうなずきました。
『同じ道を歩むことばかりが絆ではない。離れても心がつながっていれば、また会える。雲とはそういうものだ』
◇
その夜。
空には秋の星座がちらほらと顔を出していました。
ふたりは小さな雲の丘に寄り添って座り、静かに話しました。
「別々に行くなんて……そんなのさみしいよ」
もふもふの声は震えていました。
「俺だってさみしいさ。でも……先生が言ってたろ? 離れてもつながってるって」
もくもくは笑おうとしましたが、その目の奥には不安がありました。
「もふもふ。お前の涙で虹が出たとき、俺ほんとに救われたんだ。だからさ、どんな空に行っても、お前のこと忘れたりしない」
「……もくもく」
「お前も、俺のこと忘れるなよ!」
そう言って大げさに胸をたたくと、もふもふは思わず笑ってしまいました。
「うん……絶対忘れない」
◇
翌朝。
東の空からは秋の風が、南の空からは夏の名残の風が吹きはじめていました。
雲たちはそれぞれ、自分に合った風を探して旅立とうとしています。
もくもくと、もふもふも、いよいよその時を迎えました。
「じゃあ……行くな」
「うん……また会おうね」
ふたりはゆっくりと体を寄せ合い、最後に大きな形をつくりました。
それは、ちょうどハートのようにも見える雲でした。
そして、それぞれの風にのって流れていきます。
もくもくは力強い上昇気流に乗って、堂々とした秋の空へと。
もふもふはやさしい西風に包まれて、穏やかな夕焼けの空へと。
だんだん距離がひらいていき、やがて互いの姿は見えなくなりました。
◇
地上では、稲刈りを終えた田んぼに金木犀の香りがただよっていました。
その上の空に、小さな虹がふっとかかりました。
それは、もふもふの涙のしずくが光に反射してできたものでした。
遠くの空を見上げたもくもくは、その虹を見てにやりと笑いました。
「やっぱりつながってるな……」
そして、もふもふもまた、遠くの空を見つめながら心の中でつぶやきました。
「大丈夫。どんなに離れても、わたしたちは友だちだから」
◇
秋の空は、深く、静かに広がっていきました。
そこに、それぞれの雲の新しい物語がはじまろうとしていました。




