嵐に巻き込まれる試練
夏の盛り。
地上では入道雲が次々と生まれ、空はにぎやかにふくらんでいました。
遠くの海からは大きな風が吹きはじめ、空気はざわざわと落ち着かなくなっていました。
その日、雲の学校で雷雲先生が言いました。
『よいか、これから夏の空は荒れる。嵐が近づいているのだ』
教室の中は一気にしんと静まりました。
「嵐……」
もふもふが小さくつぶやきました。胸の奥がざわざわします。
先生は続けました。
『嵐は怖いものだ。しかし同時に、雲にとっては試練でもある。おまえたちは逃げるだけでなく、どう向き合うかを学ばねばならぬ』
もくもくの瞳がきらりと光ります。
「嵐か……! 俺、やってやるぞ!」
「や、やるって……何を?」
もふもふが不安げに問い返しました。
「嵐の中でこそ、本物の入道雲になれるんだろ! 俺、試したいんだ!」
その言葉に、もふもふの胸はぎゅっとしめつけられました。
◇
数日後。
空の端がどす黒く染まり、大きな風が吹き荒れはじめました。
木々はざわめき、海は高い波を立てています。
「もふもふ、行こうぜ!」
もくもくは勢いよく風に乗りました。
もふもふは必死でついていきます。
「ま、待って……! ほんとに嵐に近づくの!?」
空の真ん中では、雷鳴がごろごろと響き、稲妻が走っていました。
風はうなり声のように吹き荒れ、雲の体を引き裂こうとします。
「うわあっ!」
もふもふは強風にあおられ、体がちぎれそうになりました。
必死にしがみつくようにして、もくもくの近くへ寄ります。
「だいじょうぶだ! 一緒なら乗り越えられる!」
もくもくが叫びました。
◇
嵐の中心に近づくと、風はさらに強くなり、雨が滝のように落ちていきます。
もくもくは必死に体を広げ、入道雲のように大きくなろうとしました。
「これだ……これが俺の試練だ!」
雷鳴に負けじと声をあげます。
しかし、その大きな体も、風の渦に巻き込まれるとあっという間に引き裂かれていきました。
端からちぎれ、形が崩れ、もくもくは苦しげに声をあげます。
「ぐっ……だめか……!」
「もくもく!」
もふもふは涙をこぼしながら叫びました。
「やめよう! 壊れちゃうよ!」
でも、その涙のしずくが風に舞ったとき、不思議なことが起こりました。
稲妻がしずくに反射し、小さな光の橋をつくったのです。
虹のようにきらめく光が、嵐の暗闇にすっと浮かびました。
◇
もくもくはその光を見て、はっとしました。
「……そうか。ひとりじゃだめなんだ。お前の涙があるから、俺は進めるんだ!」
もくもくは力いっぱい体を広げるのをやめ、風に身をゆだねながら、もふもふの涙を受け止めます。
涙の雨と雷の光が重なり、嵐の空に大きな虹がかかりました。
下の町では、嵐を恐れて閉じこもっていた人々が、窓から思わず顔を出しました。
「虹だ……!」
「嵐の中に、虹が出てる!」
恐怖にふるえていた人々の顔に、少しずつ笑顔が戻っていきます。
◇
やがて嵐はゆっくりと過ぎていきました。
風が弱まり、雲の切れ間から青空がのぞきます。
もくもくはへとへとになりながらも笑いました。
「ふぅ……やったな、もふもふ!」
もふもふはまだ涙を光らせながら、にっこりと笑いました。
「うん……わたしたち、ほんとに乗り越えられたんだね」
二人は並んで浮かび、嵐の残したきらめきを見下ろしました。
その景色は、怖さを超えた後のごほうびのように、美しく輝いていました。
◇
夜。
星空の下で、二人は寄り添って眠りました。
もくもくは心の中に書きとめました。
『嵐を越えられたのは、もふもふがいてくれたからだ。俺はもうひとりじゃない』
そして、もふもふも胸に刻みました。
『わたしの涙は弱さじゃなくて、光と出会えば希望になる』
夏の空に残る静かな稲光が、ふたりの寝顔をやさしく照らしていました。




