もふもふの涙が虹になる
春の始まり。
雲の原っぱは、やわらかな風に包まれていました。
下の町では梅や菜の花が咲きはじめ、あちらこちらから明るい色がのぞいています。
その朝の雲の学校では、新しい授業が始まっていました。
テーマは「光と雨の不思議」。
雷雲先生が低い声で話します。
『雨は大地をうるおすが、それだけではない。光と出会えば、虹という橋をかけることができるのだ』
「虹!」
子どもの雲たちが一斉に目を輝かせました。
「見たことある!」
「地上の子どもが指さして喜んでた!」
もくもくも大はしゃぎです。
「よし、俺も虹かけてみせるぞ!」
一方のもふもふは胸を押さえて小さくつぶやきました。
「虹って……すてきだな。でも、どうやって出すんだろう……」
◇
先生は雲の子どもたちに雨を降らせる練習をさせました。『体の水を集め、やわらかに落とせ。そして光を浴びれば……』
けれど、うまくいく子はほとんどいません。
太陽の光と雨の粒が合わさるには、タイミングと角度が必要なのです。
もくもくは力いっぱい雨を降らせましたが、ザーッと強すぎて虹どころではありません。
「うわっ、やりすぎた!」
下の畑の人たちが慌てて走り出すのが見えました。
そんな中、もふもふは控えめに、ぽつり、ぽつりと小さな雨を落としました。
それは、ちょうど涙のように見えました。
「また泣いてるのか?」
となりの雲の子に笑われ、もふもふは顔を赤くしました。
「ち、ちがうよ……練習してるのに……」
でも、その瞬間。
雲の切れ間から差し込んだ光が、もふもふの雨粒にあたり、ふわりと色を放ちました。
赤、橙、黄、緑、青、藍、紫。
空に薄く、けれど確かに虹がかかっていたのです。
「わあっ! 虹だ!」
「ほんとに出た!」
雲の子どもたちは大騒ぎしました。
もくもくが目をまんまるにして叫びます。
「すげえ! もふもふの涙が、虹になったんだ!」
◇
けれど、もふもふ本人は戸惑っていました。
「で、でも……わたし、ただ泣いただけで……」
雷雲先生がごろごろと低い声を響かせました。
『それでいいのだ。おまえのやさしい雨粒は、光と出会って虹を生む。その涙は恥ではなく、宝物だ』
「宝物……?」
もふもふは驚き、目をうるませました。
虹はしばらく空にかかり、やがてゆっくり消えていきました。
地上では子どもたちが空を見上げ、両手を振っています。
その姿を見て、もふもふの胸はじんわりとあたたかくなりました。
◇
その日の放課後。
もくもくともふもふは、夕方の空を漂っていました。
「なあ、見ただろ! みんな、虹に大喜びだったぞ!」
もくもくは声を弾ませました。
「……でも、わたしは泣き虫だから」
「だからいいんだろ!」
もくもくは真剣な顔で言いました。
「泣き虫だからこそ、やさしい雨を落とせるんだ。その雨が光と出会ったら、ほら、虹になる。お前にしかできないことだ!」
その言葉に、もふもふは少しずつ笑顔を取り戻しました。
「……わたし、泣いてばっかりじゃないんだね」
「そうだ! お前の涙は虹になるんだ!」
ふたりは声を合わせて笑いました。
そのとき、夕日の光に照らされ、もふもふの体の中で小さな七色がまたきらめきました。
◇
夜。
星がひとつ、またひとつ瞬くころ。
もふもふは今日の出来事を胸に刻みました。
『泣き虫でもいい。わたしの涙は虹になる。だから、泣いても笑っても、空に色をかけられる』
そっとつぶやいて眠りにつくと、となりのもくもくが大きな寝息を立てました。
夢の中でも、きっと二人は一緒に虹を見ているのでしょう。




