夕焼けの空での誓い
その日の雲の学校は、雷雲先生の厳しい授業が終わったばかりでした。
ごろごろと響いた雷の音の余韻はまだ残っていて、雲の子どもたちは少し疲れた顔をしていました。
でも、もくもくは胸を張っていました。
「見ただろ! 俺、ちょっとだけど雷の火花出せたんだ!」
誇らしげに体をふくらませるもくもくの姿は、まるで小さな入道雲のようでした。
一方のもふもふは、まだどきどきが残っていました。
「でも……雷の音、やっぱりこわかったなぁ」
そう言いながらも、少しだけ表情が明るいのは、雷が「守るための合図」だと知ったからでした。
◇
授業を終えた雲たちはそれぞれ家へ戻っていきました。
空は少しずつ赤く染まり、太陽はゆっくりと西に沈んでいきます。
「なあ、今日はもうちょっと飛ぼうぜ!」
もくもくが誘いました。
ふたりは並んで夕暮れの空へと向かいました。
光の海みたいに広がるオレンジ色の雲。
その中を漂うと、世界がやさしく包んでくれるようでした。
下の町並みは、屋根も川も黄金色に染まり、夕餉の支度の煙が立ち上っています。
「わぁ……夕焼けって、こんなにきれいなんだ」
もふもふは目を細め、体をふわりと広げました。
「うん。なんか、空全部が燃えてるみたいだな!」
もくもくは胸を大きく膨らませ、どこか誇らしげでした。
◇
しばらく漂ったあと、ふたりは静かな場所に腰をおろしました。
もくもくはふいに真剣な顔になって、夕日に染まった地平線を見つめました。
「なあ、もふもふ」
「ん?」
「俺、ほんとにでっかい入道雲になりたいんだ。地上の人が見上げて『すごい!』って言うくらいさ」
その声には、これまでよりも強い意志がこもっていました。
「でも、今日先生が言ってただろ。力は怖がられることもある。だから俺、ただでっかくなるんじゃなくて、“守れる雲”になりたいんだ」
もくもくは拳をぎゅっと握りました。
もふもふは驚いたように目を丸くしました。
いつも元気で前しか見ていないと思っていた幼なじみの声に、真剣な重みが加わっているのを感じたのです。
「……もくもく、すごいなぁ。わたしなんて、泣いてばっかりで、ちっとも立派になれる気がしないのに」
ぽろりと雨粒を落とすもふもふ。
でもそのしずくは、夕焼けに照らされてきらりと光りました。
もくもくは慌ててその雨粒を受け止めました。
「お前の雨は、やさしいんだぞ! 俺がいくら大きくなっても、そんなやさしい雨は降らせられない」
「……ほんと?」
「ほんとだ! だから、俺はお前と一緒にでっかくなりたい」
◇
ふたりはしばらく黙って夕日を見ていました。
太陽は半分沈み、雲の海は紫や赤に染まっていきます。
風は穏やかで、遠くから鳥の群れが帰っていくのが見えました。
「……ねえ、もくもく」
もふもふが小さな声で言いました。
「わたしたち、これからもずっと一緒にいられるかな」
「当たり前だろ!」
もくもくは笑いました。
「空はどこまでもつながってるんだぞ。俺たちの道だってずっと続いてる。だからさ……」
もくもくは夕焼けに向かって両手を広げました。
「ここで誓おうぜ! これからも一緒に冒険して、立派な雲になろうって!」
その声は夕焼けの空に吸い込まれ、やわらかく響きました。
もふもふは一瞬ためらいましたが、やがてふわりと体を広げ、となりでもくもくと同じように両手を広げました。
「……うん! わたしも誓う! 泣き虫でも、もくもくと一緒に、立派な雲になる!」
その瞬間、空を一筋の光が走りました。
西の空に、ほんのり虹のような彩りが浮かんだのです。
二人は顔を見合わせ、思わず声をあげて笑いました。
◇
夜が訪れ、星がひとつ、またひとつと輝きはじめました。
ふたりは寄り添いながら、今日の出来事を胸に刻みました。
『夕焼けに誓った。これからも一緒に空を旅して、立派な雲になる』
もふもふはそっとそう書き残し、眠る前にもう一度だけ空を見上げました。
誓いを見守るように、星がやさしく瞬いていました。




