雷雲先生との出会い
春の気配が少しずつ近づいてきたある日。
雲の学校に、新しい先生がやって来るという知らせが広がりました。
「どんな先生かな?」
「やさしいといいなぁ……」
雲の子どもたちはそわそわしています。
その中で、もくもくはわくわくと体をふくらませていました。
「よーし! 今度こそ本物の空の力を教えてもらうぞ!」
一方、もふもふは不安そうに縮こまります。
「こ、こわい先生だったらどうしよう……」
◇
ざわざわしていた原っぱに、突然、ごろごろ……! と大きな音が響きました。
空気がぴりっと震え、雲の子どもたちは一斉に身をすくめます。
そこに現れたのは、どっしりと大きな体をした灰色の雲、雷雲先生でした。
目の奥には稲妻の光がちらちらと宿り、声は大地を震わせるように低く響きます。
『わたしは雷雲のらいどうだ。今日からおまえたちに“空の力”を教える』
その迫力に、雲の子どもたちは口をつぐんでしまいました。
もふもふはもう泣きそうです。
でも、もくもくは胸を張って「はいっ!」と大きな声を出しました。
「俺、ぜったい立派な入道雲になりたいです! だから、なんでも教えてください!」
雷雲先生はじっともくもくを見つめ、にやりと笑いました。『よかろう。ではまず、雷を知れ』
◇
雷雲先生は子どもたちを連れて、空の高いところへ登りました。
そこには濃い灰色の雲が幾重にも重なり、風がびゅうびゅう吹き抜けています。
『雷とはただの音や光ではない。雲の心が高ぶったとき、空に響く声だ』
先生はそう言って、大きく体をふくらませました。
次の瞬間、バリバリッ!と稲妻が走り、ドーンと大きな音が響きました。
雲の子どもたちはびっくりして、あわててしがみつきます。
もふもふは小さな悲鳴をあげて、涙をこぼしました。
「こ、こわいよ……!」
すると、雷雲先生がゆっくりと声を落としました。
『怖がることはない。雷は怒りでも脅しでもない。命に知らせる合図なのだ』
「合図……?」
もくもくが首をかしげると、先生はうなずきました。
『大雨の前に雷が鳴ると、人も動物も「避けよう」と気づく。だからこそ必要なのだ。大きな力は、正しく使えばやさしさになる』
その言葉を聞いて、もふもふは涙をぬぐいました。
「こわいだけじゃなくて……だれかを守るための音なんだね」
『その通りだ、ちび雲』
雷雲先生は、もふもふをじっと見つめてうなずきました。
『おまえの涙も、優しい雨になる。怖がるな、自分の力を信じろ』
◇
その日の練習は、もくもくにとっても大きな挑戦でした。
雷をまねしようとしても、なかなか音が出せません。
「ぐぬぬ……もっと強く、もっと大きく!」
張り切りすぎて体がぼろぼろにくずれてしまい、雲の子たちに笑われます。
『力は大きければいいわけではない』
雷雲先生はゆっくりと近づき、もくもくの肩にごつごつした手を置きました。
『大切なのは、心を静かにまとめることだ。力は内から溜めて、必要なときに放つのだ』
その教えに、もくもくは深呼吸をしました。
そしてもう一度、静かに体をふくらませます。
パチッ。
ほんの小さな火花が、もくもくの体の中で弾けました。
「で、できた!」
もくもくの顔は誇らしげに輝きました。
◇
夕方。
雷雲先生は授業を終えると、低い声で言いました。
『覚えておけ。雲の力は怖がられることもある。だが、本当は誰かの役に立つためにある。おまえたちも、そのことを忘れるな』
そう言い残し、先生はごろごろと音を響かせながら遠くの空へと去っていきました。
残されたもくもくともふもふは、しばらく無言で先生の背を見送りました。
やがて、もくもくが拳を握って叫びます。
「よーし! 俺、絶対に先生みたいに強くて優しい雲になる!」
もふもふも小さくうなずきました。
「わたしも……泣き虫だけど、誰かを守れる雲になりたいな」
二人の小さな影が、夕焼けの空に並んで浮かんでいました。 雷鳴の余韻がまだ響いていて、それはまるで彼らを応援する太鼓の音のようでした。
◇
夜になり、星空を背にしてもふもふは小さく記録を書きとめました。
『雷はこわい。でも、本当は守るための合図だった。大きな力も、やさしさに変えられるんだ』
そして、隣でぐっすり眠るもくもくを見て、もふもふはふんわりと笑いました。
「……わたしたちも、そんな雲になれるかな」
答えはまだ遠くにあるけれど、二人の胸には確かな灯がともっていました。




