番外編・地上から見上げた子どもたち
その日、木かげ町の西の空は、とてもきれいな色に染まっていました。
太陽が山の向こうへ沈むころ、雲たちが赤や紫に照らされて、まるで大きな絵の具で空いっぱいに絵を描いたように見えました。
地上では、ひとりの少女がその空を見上げていました。
名前はさや。まだ小学校にあがる前の幼い子どもです。
彼女は家の庭に座りこんで、両手いっぱいにどんぐりを抱えながら、空をじっと見つめていました。
「……あの雲、泣いてる」
小さな声でつぶやきました。
◇
さやは、人よりも少し不思議な目を持っていました。
ふつうの人にはただ白く見える雲でも、彼女にはその表情がなんとなく伝わるのです。
この日、西の空にはふたつの小さな雲が浮かんでいました。
ひとつは、涙をぽろぽろ流しながらしょんぼりしている雲。 もうひとつは、ぐっと体を膨らませて、なんだか必死にがんばっている雲。
さやの目には、そのふたりが出会おうとしているように見えました。
「ねえ、お母さん!」
家の中で夕飯の支度をしている母親に声をかけます。
「雲がね、泣いてるの。きっとさみしいんだよ」
母親は笑って首をふりました。
「雲は泣かないのよ。きっと夕立のことを言ってるのね」
でも、さやにはわかっていました。
あの小さな雲は、ほんとうに泣いているのだと。
◇
そのころ、空の上では……
もくもくと、もふもふが、まさに初めての言葉を交わしていました。
孤独だったふたりの心が、夕暮れの光に照らされて少しずつ近づいていく瞬間でした。
地上から見ているさやの目には、その姿がとても特別に映りました。
まるで泣いていた雲が、笑顔を取り戻していくように見えたからです。
「よかった……お友だちができたんだね」
胸があたたかくなり、思わずどんぐりをぎゅっと抱きしめました。
◇
しばらくして、もくもくともふもふは並んで月を見上げていました。
その様子は、下から見てもはっきりわかります。
さやには、ふたりが笑っているように見えました。
そのとき、彼女の耳に小さな声が届きました。
『ありがとう……見てくれて』
驚いてあたりを見回しましたが、誰もいません。
けれど、確かに空から響いてきた気がしました。
「うん! ずっと見てるから!」
さやは小さな声で返しました。
すると、涙を流していた雲の端が、月明かりに照らされてほんのり光りました。
それは、まるで笑顔を返してくれたようでした。
◇
夜になり、星が輝きはじめました。
母親に呼ばれて家に戻る途中も、さやは何度も振り返って空を見上げました。
空には、仲良く並んだふたつの雲。
星の光を受けながら、まるで兄妹のように寄り添って漂っています。
「……大きくなれるといいね。泣き虫でも、がんばりやさんでも」
心の中でつぶやきました。
その言葉が届いたかどうかはわかりません。
けれど、その夜の空はやさしい光に包まれて、どこか嬉しそうに見えました。
◇
それからずっと、さやは空を見るたびに探しました。
あの日のふたつの雲を。
夕暮れの空で出会った、泣き虫の雲ともくもくした雲を。
彼女はまだ小さいながらも、その出会いが特別なものだと直感していたのです。
「いつか、また会えるよね」
その願いは、どこかでふたりに届いていたのかもしれません。
だから、もくもくともふもふはこれからも、孤独ではなく、共に歩む旅を続けていくのでした。




