表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
16/16

番外編・地上から見上げた子どもたち


 その日、木かげ町の西の空は、とてもきれいな色に染まっていました。

 太陽が山の向こうへ沈むころ、雲たちが赤や紫に照らされて、まるで大きな絵の具で空いっぱいに絵を描いたように見えました。

 地上では、ひとりの少女がその空を見上げていました。

 名前はさや。まだ小学校にあがる前の幼い子どもです。

 彼女は家の庭に座りこんで、両手いっぱいにどんぐりを抱えながら、空をじっと見つめていました。

「……あの雲、泣いてる」

 小さな声でつぶやきました。


     ◇


 さやは、人よりも少し不思議な目を持っていました。

 ふつうの人にはただ白く見える雲でも、彼女にはその表情がなんとなく伝わるのです。

 この日、西の空にはふたつの小さな雲が浮かんでいました。

 ひとつは、涙をぽろぽろ流しながらしょんぼりしている雲。 もうひとつは、ぐっと体を膨らませて、なんだか必死にがんばっている雲。

 さやの目には、そのふたりが出会おうとしているように見えました。

「ねえ、お母さん!」

 家の中で夕飯の支度をしている母親に声をかけます。

「雲がね、泣いてるの。きっとさみしいんだよ」

 母親は笑って首をふりました。

「雲は泣かないのよ。きっと夕立のことを言ってるのね」

 でも、さやにはわかっていました。

 あの小さな雲は、ほんとうに泣いているのだと。


     ◇


 そのころ、空の上では……

 もくもくと、もふもふが、まさに初めての言葉を交わしていました。

 孤独だったふたりの心が、夕暮れの光に照らされて少しずつ近づいていく瞬間でした。

 地上から見ているさやの目には、その姿がとても特別に映りました。

 まるで泣いていた雲が、笑顔を取り戻していくように見えたからです。

「よかった……お友だちができたんだね」

 胸があたたかくなり、思わずどんぐりをぎゅっと抱きしめました。


     ◇


 しばらくして、もくもくともふもふは並んで月を見上げていました。

 その様子は、下から見てもはっきりわかります。

 さやには、ふたりが笑っているように見えました。

 そのとき、彼女の耳に小さな声が届きました。

『ありがとう……見てくれて』

 驚いてあたりを見回しましたが、誰もいません。

 けれど、確かに空から響いてきた気がしました。

「うん! ずっと見てるから!」

 さやは小さな声で返しました。

 すると、涙を流していた雲の端が、月明かりに照らされてほんのり光りました。

 それは、まるで笑顔を返してくれたようでした。


     ◇


 夜になり、星が輝きはじめました。

 母親に呼ばれて家に戻る途中も、さやは何度も振り返って空を見上げました。

 空には、仲良く並んだふたつの雲。

 星の光を受けながら、まるで兄妹のように寄り添って漂っています。

「……大きくなれるといいね。泣き虫でも、がんばりやさんでも」

 心の中でつぶやきました。

 その言葉が届いたかどうかはわかりません。

 けれど、その夜の空はやさしい光に包まれて、どこか嬉しそうに見えました。


     ◇


 それからずっと、さやは空を見るたびに探しました。

 あの日のふたつの雲を。

 夕暮れの空で出会った、泣き虫の雲ともくもくした雲を。

 彼女はまだ小さいながらも、その出会いが特別なものだと直感していたのです。

「いつか、また会えるよね」

 その願いは、どこかでふたりに届いていたのかもしれません。

 だから、もくもくともふもふはこれからも、孤独ではなく、共に歩む旅を続けていくのでした。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
木かげ町! ってなりました。 読み手として、こういうの好きです。 しかも、出てきた人物が、つむぎとはるとではなくて、さやという感受性の強い女の子。 つむぎとはるとの後継者? のような立場なのか。 木…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ