番外編・夕暮れの空での出会い
西の空が金色に染まりはじめるころ。
空を漂う雲たちは、昼のにぎやかさを少しずつ失い、夜の静けさへと移り変わろうとしていました。
その広い空の一角に、ふたつの小さな雲がいました。
ひとつは力いっぱい上を目指していた「もくもく」。
もうひとつは涙を抱えて漂っていた「もふもふ」。
ふたりはまだ出会っていません。
でも、この日の夕暮れが、運命を変える瞬間となるのです。
◇
もくもくは一日中、上昇気流をつかまえて体を膨らませようと奮闘していました。
「くそっ、また崩れちまった……」
太陽の光をたっぷり浴び、何度も何度も膨らんではしぼみ、気がつけば体の端はちぎれて小さなかけらが散らばっていました。
力を入れるたびに孤独が胸をしめつけます。
まわりでは他の雲たちが楽しそうに集まって、夕日に照らされながら笑い合っています。
でも、もくもくは彼らの輪に加わることはありませんでした。
「俺は立派な雲になるんだ。遊んでるひまはない……」
そう自分に言い聞かせながらも、胸の奥はからっぽでした。
◇
一方、もふもふは西の空をさまよっていました。
夕陽を見ていると、どうしてだか涙があふれてきます。
「きれい……でも、なんでだろう。胸がきゅってなって、泣きたくなっちゃう」
涙がぽろぽろとこぼれて雨になり、地上の畑にしずくを落としました。
農夫が空を見上げ、首をかしげます。
「こんな晴れた夕方に、にわか雨とはな……」
その声が聞こえると、もふもふはまた申し訳なくなって、涙を止めようと必死になります。
でも、止めようとすればするほど、余計に涙がこぼれてしまうのです。
◇
そんなふたりが、同じ風に運ばれて近づいていきました。
最初に気づいたのはもくもくでした。
目の前でぽろぽろ涙を流す小さな雲を見て、思わず声をかけます。
「おい、大丈夫か?」
もふもふは驚いて顔をあげました。
夕陽を背にしたもくもくの姿は、少し不格好で端がちぎれていたけれど、力強く見えました。
「わ、わたし……ごめんなさい。わたし、いつも泣いてばかりで……」
「謝ることないだろ。泣いてるからって悪いわけじゃない」
そう言いながら、もくもくは自分の体のちぎれた部分を見下ろしました。
「……俺だって、何度も失敗してばかりだ」
その言葉に、もふもふは目を丸くしました。
立派に見える彼も、実は悩んでいるのだと知ったからです。
◇
ふたりはしばらく黙って漂い、夕陽を見つめました。
空はオレンジから赤へ、そして紫へとゆっくり色を変えていきます。
「ねえ……あなたはどうしてそんなにがんばるの?」
もふもふが小さな声でたずねました。
「俺は入道雲になりたいんだ。誰よりも大きくて、立派で、人間に『夏が来た』って思わせるくらいすごい雲に」
もくもくの目は輝いていました。
もふもふは少しだけうらやましくなりました。
自分にはそんな夢がなかったからです。
「すごいね。わたしは……ただ泣いてるだけ。どうして泣くのかもわからない」
「でも、その涙で地上の草木が元気になってるんだろ? それなら立派なことじゃないか」
もくもくの言葉に、もふもふの胸がじんわりと温かくなりました。
誰かに「立派だ」と言われたのは初めてだったのです。
◇
夕陽が沈み、空に一番星がきらめきました。
ふたりは自然と並んで漂っていました。
「なあ……俺たち、似てるかもしれないな」
「え?」
「俺は強がってばっかで、ほんとは一人だとさみしい。お前は泣き虫だけど、やさしい心を持ってる」
もくもくは少し照れくさそうに続けました。
「だからさ、これから一緒に空を旅しないか?」
もふもふの目に、また涙があふれました。
でも、その涙はさみしさの涙ではありませんでした。
「……うん。一緒に」
そう答えた声は小さかったけれど、風に乗って確かに響きました。
◇
その夜。 ふたりは並んで月を見上げていました。
月の光が雲の体をやわらかく照らし、もくもくは不思議と胸が軽くなっているのを感じました。
「なあ、もふもふ。お前が泣いたら、俺が横で支えてやる」
「……じゃあ、あなたが崩れそうになったら、わたしがとなりで泣くから」
その言葉にふたりは顔を見合わせて、思わず笑いました。
笑い声が夜の空にひびき、星々がきらきらと瞬きました。
孤独だったふたりが出会ったことで、空の広さはもう冷たくなくなったのです。
そして、この夕暮れの出会いが、やがて数々の冒険と成長へつながっていくのでした。




