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春の空への旅立ち

 冬の寒さが少しずつやわらぎはじめていました。

 雪をかぶっていた山の斜面には、ぽつりぽつりと緑がのぞき、川のせせらぎも少し軽やかになっています。

 地上の町では、家々の屋根からつららが溶け落ち、畑にはうっすらと春の息吹が広がっていました。

 空の上でも、その変化は感じられました。

 風はまだ冷たいものの、どこか甘い香りを運んでくる。

 もくもくともふもふは並んで漂い、遠くの山から広がる霞を見つめていました。

「……春が来るんだね」

 もふもふがぽつりとつぶやきました。

「そうだな。あの山のふもと、桜が咲くんだろうな」

 もくもくの声はわくわくしていましたが、その瞳には少しの不安も混じっていました。


     ◇


 その日の午後。

 二人は再び雷雲先生に呼ばれました。

『よくここまで来たな。嵐を越え、秋をつなぎ、冬を共に歩いた。おまえたち二人は立派に季節をめぐった』

 先生の声はいつもよりやわらかく聞こえました。

 けれど次に続いた言葉に、ふたりは思わず息をのんだのです。

『春の空は、新しい旅立ちの季節だ。それぞれの役目を果たすために、また別々の道を行かねばならぬ』

「……また、別々に?」

 もふもふの声が小さく震えました。

「先生、もうずっと一緒にいたいんです!」

 もくもくも思わず叫びました。

 雷雲先生は静かにうなずきました。

『別れることが終わりではない。雲とは風に生まれ、風に導かれてめぐるもの。だが、心でつながる者は、必ずまた出会えるのだ』


     ◇


 その夜。

 二人は冬を越した大きな湖の上で寄り添いながら漂っていました。

 湖面は氷がとけかけ、月の光を鏡のように映しています。

「ねえ、もくもく」

「なんだ?」

「わたし、最初は自分の涙がいやだった。泣き虫で、弱いって思ってた。でも……」

 もふもふは胸を押さえて微笑みました。

「虹になったとき、誰かを笑顔にできるんだって気づいた。だから、涙は宝物なんだ」

 もくもくはうなずきました。

「俺もさ。大きくなることばかりが夢だと思ってた。でもお前がいて、気づけたんだ。俺はひとりじゃ強くなれない。支え合うから、大きくなれるんだって」

 二人は見つめ合い、少し照れくさそうに笑いました。


     ◇


 やがて春の風が吹きはじめました。

 それは冬の冷たさをほどきながら、ふんわりと体を押し上げるような力を持っていました。

 もくもくの前には南へ伸びる白い風の道が開かれていました。

 もふもふの前には東へ向かうやわらかな霞の道が広がっていました。

「……来たね」

「ああ。行くしかないな」

 二人は寄り添い、最後に形をひとつにまとめました。

 それは、丸い輪のような形。

 まるで空に浮かぶ「約束の印」でした。

「春になったら、また会おう」

「うん。ぜったい」

 そして、ゆっくりと別々の風にのって動きはじめました。

 もくもくは力強く空を駆け、春の雷雲として大地に息吹を与えに。

 もふもふはやさしい霞となり、花々の上に舞い降りる朝露をつくりに。

 離れていく背中を見送りながらも、ふたりの胸は不思議とあたたかく満たされていました。


     ◇


 地上では、町に桜のつぼみがふくらみはじめていました。

 空の高みでは、小さな虹がふっとかかりました。

 それは、もふもふの涙のしずくが光をまとったもの。

 遠くからその虹を見つけたもくもくは、大きくうなずきました。

「やっぱり……つながってる」

 春の風はやわらかく、確かに二人を包み込んでいました。


     ◇


 こうして、もくもくともふもふの一年は終わり、新しい季節の旅が始まりました。

 別々の空を漂いながらも、心のどこかで互いの存在を感じ続ける。

 それは別れではなく、新しい物語の第一歩。

 雲の上の空は広く、これからも二人の冒険を待っているのです。

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