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ショートショート 赤い扉

作者: 熊野夢春

「なんだろう、これ?」

私は小首を傾げながら見つめる。普段の帰り道、部活動で賑わう学校から出て、主婦や家族連れがどこかへ出かける駅へと向かい、駅から家まで向かう途中の公園に赤色で塗装され丸いドアノブがついた真新しい木の扉があった。今朝にはあったのか電車に遅れそうだった私は気づきもしなかったが、少なくとも周りの人は気にしていないようだった。周りの塗装が剥げサビが目立つジャングルジムだとか、キィキィなるシーソーには似つかわしくない…、いやそもそも公園のど真ん中にドアとは。誰かのアート作品か?周りでカメラなんかを回して通行人はどんな反応をするのかとか悪趣味な事をしてるんじゃないだろうな?という憶測が頭を過ぎるが…。好奇心が抑えられず裏面も見てみる。裏面も変わらず情熱的な赤が広がり丸いドアノブか情熱にアクセントとして存在を主張している。また周りを見渡す…、カメラを持った悪趣味な大人だとか変人で話が通じなそうなアーティストなんかはいない。私は見つけた側に戻りドアノブに手をかけた。

思いっきりドアノブを回し手前に引いた。

私は潮の香りを感じ、好奇心と恐怖心を心に同棲させた。

ドアの向こうにはオレンジ色の光が煌々と輝いているのが分かるがそれ以外分からない。

その時…!

扉の方へ引っ張られるように身体が吸い込まれていく!

「えっ!なに!?」と発する頃には既に扉の向こうへ転がり込むように入ってしまった。

バタン!と扉が閉まる音がする。パッと扉の方へ目をやると既に扉は閉まりきっている。私は急いで立ち上がりドアノブをひねり開けようとするが開かない。さっきはすんなり開いたのに今は固く平静を保っている。

恐怖が身体を侵食している中で後ろを振り返ると、少し恐怖を和らげるような絶景が広がっていた。そこは海だった。いや海が見える公園だった。2人がけの木製のベンチが置いてあり浜辺へと降りられる石造りの階段が傍にあった。木製のベンチは古びているが汚い訳ではなくむしろ手入れがされた長年ここを見守っていたということが見受けられる。

「なんなの…?ここ…。」

正直訳が分からない。扉はもう一度開くのか、ここはどこなのか。謎が深まるばかりだ。

「どうしましたか。そこの方」

1人の声が聞こえた。私がそちらを振り返ると、前髪が眉毛のところでパッツンと整えられた肩ほどの艶やかな黒髪、赤の花が書かれた浴衣を着た男?が立っていた。私よりも少し大きい身長にすらっとした真っ白な腕が、この人の不思議さを際立たせる。

「えっ…あの…。そこの扉を開けたら気づいたらここに吸い込まれて…。」

私は何を言ってるのか伝わんないだろうなと思いつつ後ろの沈黙を保つ真っ赤な扉を指さす。

「ふむ。迷い人ですな。たまにいらっしゃるのですよ。」

その人は事も無げにあっさりと言う、迷い人?迷子なんかで済ませていいことなのか?たまにいるって?私は困惑しながらも

「あの、早く帰りたいんですけどそこの扉を開ける方法知ってたりしませんか?」

「知っておりますし、帰す方法も知っております。時間が経てば開きますよ。」

時間が経てば…?曖昧な答えに心配になるが、この人の事を信用していいのか?そもそも時間ってどのくらいかかるんだ?疑問が疑問を呼び心配恐怖がまた侵食していく。涙が浮かびそうなその時。

パンッ…!

男の人が手を1度叩いた。その美しさも感じるその所作、音に気持ちの濁流が止まる。

「落ち着きなされ、あなたの疑問、心配、恐怖全て把握しております。ご安心なされほんの少しだけお待ちいただければ良い、それまで良ければ私とお話でもしましょう。」

その人はベンチへと促す。

私は少し落ち着きを取り戻しベンチへとかける。その隣にその人が座った。フワッと金木犀のいい香りが香る。

「さて、疑問がいくつもあるでしょう。聞きたいことがあれば聞きなされ。私に答えられるものならば答えよう。」

その人は微笑みかけながらそう言ってくれた。そのどこか安心してしまうような、温もりを持った微笑みに私の恐怖は宥められていく。

「あの…、ここはどこなんですか?」そもそもの疑問、私は今どこにいるのか。日本のどこなのか…?

「ふむ、いきなり難しい質問ですな。ここは…。」

彼が目を細め顎に手を当てる。言い方を悩んでいるのか本当に答えにくいのか分からないが、悪意がないことは何故かわかる…。

「現世と常世の間…。ですかな。」

えっ…?と声を発する前にその人が続ける。

「分かりやすく言うとここは貴方のいた場所とは違う。ですが日本には関係のある場所ですな。貴方は今神隠しにあった状態のようなものです。」

……?思考が追いつかないというか、突飛な表現に思考が止まってしまう。現世?常世?なにそれ?神隠しにあってるの私?どういうことなの?その混乱を見てその人は続ける。

「貴方の開けたあの扉」と扉の方へと目をやる

「あれは言わば異世界への扉、何らかの拍子に見えてしまう人がいるのです。興味本位で開けられるとこのように迷い込んでしまうのです。あの扉は私のこの世界へと繋がっていたという訳です。」

またこの人は嘘偽りなしという喋り表情で私に語りかける。何故かこれは本当だということは理解出来る。なぜ理解しているかは私にも分からない。あまりにも突飛な出来事に限界を迎えているのかもしれないが、なにか吹っ切れたのか興味すら湧いてきた。私は続けて、

「てことは、貴方は神様なんですか?」

その人に聞く、その質問に対してふふっと少し笑ってくれた。

「神様とは恐れ多いですな。ですが間違いという訳でもございません。私はその神様に命じられこの空間の手入れをしているのです。」

少し嬉しそうにその人は言う。神様が主なのだろうか?この人?の疑問が増えてきたその時…。

ガチャリ…。

沈黙が破られ扉の方から音がした。海の心地よいさざ波、潮の香り、その人は口を開く。

「時間が来ましたな。では、準備致しましょう。」ゆっくりとその人は立ち上がった。

「えっ…もう?」と私も慌てて立ち上がる。

「ええ、もうですとも。こういった交流の時間は時間の流れが分からなくなりますな?」

といままでとは違うニヤリとした顔で同意を求めてくれた。

「はい、とっても不安でしたけど楽しかったです。」

私は本心を伝える、この人がいなければどれだけの恐怖と心配に覆われ押しつぶされたことか。想像したくもない。

「それは大変嬉しゅうございます。では…。」

もう一度彼が手を叩く。その所作は先程と寸分違わぬ美しい拍手。そうすると扉がゆっくりと開く…。

「お別れですな。今度は迷いませんようにご注意を。」

この人は後ろに手を組み、私に告げる。寂しさとか嫌味とかそんなものを微塵も感じさせない純粋な親切。私も返さないと。自分の言葉で。

「ありがとうございました。本当に…。」

「ええ。」この人はただ頷いてくれた。その刹那、また扉に吸い込まれるように身体が持って行かれた!転がり込むように扉を通ると…。

元の公園へと戻っていた。後ろを振り返るとあの情熱の赤はどこにもない。公園の砂を払い、立ち上がる。何だったんだろうあそこは。あの人は。答えは出ないけれど、とても不思議でとても温かかった。

ふとポケットに違和感を覚えた、ポケットに手を入れ中のものを取り出すと1枚の栞が入っていた、本なんて普段読まないのになんでだ…?いつ入れたっけ。そんなことを考えていたら答えをこの栞が教えてくれた。

ふわっと香る金木犀。この不思議な体験をいつまでも覚えていよう。意味は無いかもしれないけど幸せだったから。どこか暖かかったから。

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