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三題噺もどき4

花見

作者: 狐彪

三題噺もどき―ろっぴゃくごじゅうさん。

 




 頭上には星が瞬く。

 月はもう数日で満月を迎えるだろう。

 雲一つない夜空は久しぶりに見た気がする。

「……どこまで行くんですか」

「すぐそこだ」

 こんなにも体力がない奴だったかと思いながら、隣を歩く青年を見やる。

 体力がないと言うか、気力がないのか何なのか……。確かにまぁ、私よりは年齢が上のはずではあるが、体力がないわけはない。酒だって私より強い。コイツが酔って嘔吐したところなんで見たことない。基本的に全てにおいて、コイツ叶う所なんてないはずなんだが……。

「急に連れ出して……」

「そう文句を言うな」

 家での見慣れた姿ではなく、外でしかしない青年の姿。

 背は私より少し高いくらい。美しい目鼻立ちには惹かれるものも居るだろう。

 私はもう慣れているので、何とも思わない。

「人に会うと面倒なんですが……」

「誰も気づかないよ」

 時間的なものもあるが、気づかないようにする、なる術を持っているので。

 人間に会うと何が面倒って、コイツの見目で目の前にでも立ってみるとまぁ……。盲目的な恋を一方的に押し付けられるのが目に見えているからだ。恋は盲目とよく言うだろう。現実的にアレを見るとまぁ、押し付けられている方の哀れなこと。

 私の場合は吸血鬼という体質的なものが手伝って、そういう風になったことがあったから人の目に触れないようにしているのだけど。コイツの場合は単純な見た目だけでそうなるからな……コイツもコイツで苦労をしている。

「この姿疲れるんですよ」

「私は好きだがな」

 ついでに言うと、猫の姿も好ましい。この姿は外に行くときに見るが、猫は全く見ない。

 アレはアレで、美しい黒い毛並みとすらりとした細身で可愛いんだけどなあ。

 本人はあまり可愛いと言われるのは好きじゃないらしい。可愛いのに。

「猫の方でもよかったのに」

「……あれはあれで嫌です」

 むしろそっちの方が嫌だと苦虫を嚙み潰したような顔をしながら答える。

 体力の消耗的にはあちらの方が楽でいいはずだが。見目の心配もそうそうないし、最悪人の目に触れても可愛いで終わるだろう。……それが嫌なのか。

「……ん。ついたぞ」

「……公園」

 行き慣れた公園である。

 今日も元気に遊具たちが会話を楽しんでいるようで何よりだ。

 その公園に数日前まではなかった色が浮かんでいる。

「桜……」

「見事なモノだろう」

 昨日何とはなしに、ここへ来たのだが。

 少し前までは全く咲いていなかったのに、それが嘘のように満開になっていたのだ。

 急に温かくなったせいなのか、一気に咲き誇り、見に来るならここ数日だろうと思い、昨日の今日で決行したのだ。本当は弁当でも持ってきたかったが、それを言い出すと嫌がりそうなので無理やり連れ出したのだ。

「……えぇ、綺麗ですね」

 珍しく見惚れたような表情を見せる。

 ここはきっと昼間は人であふれているのだろうけど、この時間は全く人の気配はしない。

 誰もいない公園で、ひらひらと風に舞い落ちる桜の花びらは、月の明かりに照らされている。

 どこか幻想的な雰囲気を持つ、夜桜というのはいつ見ても美しい。

「……」

「……」

 愉快に話していた遊具たちが普段はいない私の従者の気配を感じて静かになる。

 それとも、桜を見に来た私たちの空気をよんで静かにしてくれたのだろうか。

 しんとした空気の中で、桜だけが風に吹かれて散っていく。

「……」

「……」

 命の散りゆくその様は、儚げで、美しくて、目が離せないものがある。

 月夜に人知れず命を削っていくその様は。

 一枚、一枚と散っていくその命に、コイツは何を見ているのだろう。

「……帰りましょうか」

「……そうだな」

 冷たい夜風に吹かれて、冷えた体がふるりと揺れる。

 どれくらいの時間、ここにこうしていたのだろう。

 数秒か、数分か、はたまた数時間か。

 一瞬のように思えたその時間が、コイツにとって忘れられないようなものであれと、少し思ってしまう。

「見せてくれてありがとうございます」

「……気に入ったのならよかった」

 二人並んで、静かに帰路につく。

 こういう、小さな思い出の積み重ねを、少しずつしていけたらと。

 静かに、願った。





「……今日は疲れたので何もしません」

「いいぞ、夕食は何が食べたい?」

「……嘘です」

「?いいと言うのに」









 お題:盲目・星・嘔吐

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