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第八話 彼らの食事事情

「ああ、なるほど。旅の始まりでいきなり助けてもらったと」

「城の使いと勘違いしてしまったんだ。でも、結果はそう変わらなかったな……」

 長い廊下を歩きつつ、ブラム卿はふむふむと頷きながら腕を後ろ手に組んだ。

「ディラン君、巫女には頭が上がらないからねぇ。手助けも何も、本来の担当もいる訳だしどこまで手を出していいか困ったんじゃない? そうして悩みあぐねている間に君がいきなりスられてるからつい飛び出したんじゃないかな。我輩の予想だけどね」

「面目次第もない……」

 今度改めて礼を言おう。そう胸中で誓う。

「ここがお風呂場ね。別にここ旅館とかじゃないから、浴場は一つしかないよ。この後、お風呂入るよね」

「よろしければ……」

「じゃあ準備しておくから、後でくるといいよ」

 覗き込んでみると、城程ではないが充分に広い大浴場が見えた。湯は張られていない。

「この後案内するけど、食堂はお風呂場と同じ一階にあるよ。トイレは各階に。客室は二階から。いくつか部屋があるから好きなの使っていいけど、広い部屋を宛がうね」

「ありがとうございます」

「そして申し訳ない事に……実は、この館にはお茶や動物用の餌以外の食料を置いてないんだ。つまり、明日の君の分の朝食が用意できなくてね。手持ちで済ませてもらうことになる。近日中には用意する予定なんだけど」

「え、お二人はどうしてるんですか?」

 驚いて聞き返すと、ブラム卿は逡巡するように視線を一瞬上空に向けたが、そのまま言葉を続けた。

「我輩は花の生気を貰う。庭の薔薇はそのために……だけではないけど、育てているんだよ。ディラン君の方は……そもそも食べなくて済む体だからね」

「食べないって……」

「彼もまた、人間じゃないんだよ。世間には秘密にしてるけどね。あ、この突き当りが一階のお手洗い」

 軽くそちらに掌を向けた後階段を上る後姿を追いかけ、人間じゃない、という言葉の意味を脳内で反芻する。

「ではまさか、彼も吸血鬼なんですか?」

「ははは、いいや違う。昔うっかり彼の血は吸った事はあるがね。結局、吸血鬼はこの国で我輩一人だけだ。まあ、彼が人間じゃないという事だけわかっていればいいよ」

「血を吸ったんですか⁉」

「うむ。実に美味しくなかったよ。この世のものとは思えなかった。二度とごめんだね」

 上品なスーツの端から揺れる懐中時計の鎖を見つめ、私は何と言っていいかわからなかった。


「着いたよ、ここが君の部屋だ」

 中庭が見下ろせる三階の広い客間だ。クローゼットに棚や広い机、大きな天蓋のついたベッドがある。窓の外を見て気づいたが、荒れ果てていたはずの庭が館の内装と同じように見違え、鮮やかに咲く薔薇が風に揺れている。彫刻の影が落ちる、柔らかな月明りが似合う庭だった。

「他の花壇もあるけれど、庭の薔薇は妻が植えたんだ。よく世話をしていたよ」

「もしかして、肖像画の女性ですか」

「そうだよ。もう先立ったけどね。いや、我輩が置いていったのかもしれないが」

 こちらが何か言う前に、この部屋の物は好きに使うといいよと部屋を指し示し、じゃあお風呂の準備をしてくるからねとブラム卿は出て行った。ずっと抱えていた鞄をようやく床に降ろすことができて、椅子を引き寄せふらふらと腰掛けると一息つく。

なんだか、一日の疲れがどっとあふれ出てくる気がした。気づかないうちに気を張っていたのかもしれない。無意識で胸元の指輪を握りしめているのに気づく。加護が発動しないと言っていた。死ぬときは死ぬ、と。そう考えると、今更になって恐ろしくなってきた。

 たまたま出会った人達に助けてもらったが、最初に遭遇したのがスリでよかったのかもしれない。もしも強盗だったら。あの時ディランが助けてくれなかったら。もしも——吐き出した声が震えた。

「私は、恵まれている……」


 ——お前は恵まれている。


 あの日、そう蔑んだ兄の言葉が、脳裏にこびりついている。

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