第七話 巫女の側近
「——では、本当に使いの者ではないが、城には関係していると」
「そうだ。俺は、雨の国当代巫女の側近。表向きでは傭兵をしている。最初の試練までにお前に何かあったら助けてやれと巫女に命令されていたんだ」
話が長くなりそうだから、と案内された客間で向かいの椅子に座り詰問を受ける彼は、居心地悪そうに告げた。
ブラム卿はというと呑気に紅茶の入ったティーカップを傾けつつ、質問攻めにあって辟易としているディランと私を面白そうに眺めている。
「側近なら、護衛のため常に巫女の傍にいなければならないのでは」
「俺は別。雨の国の巫女は社から出られないから、外界への使い役だ。本来の側近の役目はウンディーネが担っている。あいつは水の精霊そのものだから、海に囲まれたこの国で最も力があるのはわかるだろ? 俺がわざわざ巫女を護衛する必要はない」
「それなら、今後は私の護衛任務に就くのか?」
「いったいどうしてそうなるんだ? 俺には本来の任務があるんだよ。お前の担当らしき気配は別にいるし、今もこちらを監視している。向こうにとってもここの接触は予想外だろう。あくまでお前の案件は向こうの仕事で、俺たちにとってはとんでもない過剰タスクだ」
「なんだって」
「余計な仕事という意味だ」
「……言い替えなくていい」
ディランは苛立たし気に自身の髪を乱す。
「いいか、今こっちにとって至急なのは吸血鬼騒動なんだよ! ここに事情を知らない警察や兵士、ギルドの報酬目当ての自警団なんかがガサ入れにでも来たら面倒な事になる。見ての通り、俺達はここを拠点にしているし——」
まぁまぁとディランを手で制して、ブラム卿が口を開いた。
「あのね、この館は部外者にはただの廃墟に見える魔術がかかってるから、一般人が来たところで何もわからないんだよ。我々が移動して難を逃れても、何か見つかるまでひたすら荒らされ続けるかもね。そうなるとちょっと面倒だなって話」
「ブラム卿も城に関係しているのか?」
「いいや、いろんな偶然の一致でね。館の所有者として彼に拠点を提供しているだけだよ。人間にとって都合が悪い長命種が不動産を持つと書類上ちょっと厄介でね、まあその辺は追々……。はっきり言ってしまえば、巫女と我輩は直接関係ないかな。彼を通じて面識はあるけどね」
「ああそうだ、この際だからついでに伝えておく。お前がその首に下げている指輪だが——」
「え、」
指輪など見せたこともないのに迷わず首元を指されたので、一瞬頭が真っ白になる。
「加護はあるが、精霊が力を発揮できない状態だ。試練を突破するまで鍵がかかっている。つまり、今のお前は完全に丸腰状態と思った方がいい」
「死ぬ時はあっさり死ぬって意味だよ。……ねぇディラン君。この件どうもおかしいよ。せめて最初の試練まで、君が守ってやるべきじゃないかね」
「担当が別だ。俺は忙しい。お前こそ心配ならしばらく館においてやれよ」
「わ、私はここにいていいのか」
「まあお互いの事情もあるし、関係者同士そうするのが一番いいと思うけどね。安全だよ? ここ」
「その安全が脅かされてるって話をしてるんだろ……」
呆れるようにディランが言い、馬の世話をしてくる、と席を立った。
「ウンディーネから連絡が来るのは後日だ。この件は俺がなんとかするし、お前は自分の旅の支度に費やすといい。神殿はここからすぐだ」
「では我輩が館を案内しようかね。これも何かの縁だ。しばらくゆっくり過ごすといいよ」
「ありがとうございます」
翻るマントの裾が廊下に消えていくのを見送った後、茶器を片付けるブラム卿に視線を向けると茶目っ気たっぷりのウインクが返ってきた。