表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
46/46

第四十六話 汝は人狼なりや?

「伝承自体は各地にあったけどな。魔界だの異界だのは奇妙な自然現象を言い替えた御伽噺だと思ってたぜ。レーテーの川がまさか実在するなんて……くそ~俺も一緒に行けばよかった。次があったら、俺もあの蛸足に飛びついていいか?」

「あそこは人間には危険な場所だと言っていたから、推奨はしないが……」

 廊下を歩きつつ、隣のロバート船長が口惜しそうに言うのを私はやんわりと止める。腕組みをして考え込んでいたアルジャーノンが、頭痛を堪える様な表情で呟いた。

「あれは水鏡術式を応用した魔道具なのでしょうか……いや、そもそも水鏡のルーツになった物かもしれませんね」

「不可思議な事ばかりだ。ディランにもう少し話を聞いておきたかったのだが、問い詰める前に追い出されてしまった」

「置いてかれたこっち側の事を心配したんだろ。あまり気にするなよ……これから一緒に長い旅をするんだし、話す機会はいくらでもあるさ」

 ロバート船長がそう励ましてくれるが、先程の事を引きずっている私は隣を歩くバレットについ恨みがましい視線を向ける。

「彼にはいつもはぐらかされている気がする。いつもああじゃないそうじゃないと私の意見を抑え込むんだ」

「おっしゃる通りです。やはりあの時、次期国王に対する彼の態度について巫女に直訴しておけば良かったでしょうか」

 神妙な顔でアルジャーノンが頷いた。バレットが何か言いたそうに私達の顔を交互に見上げている。

「ま、まあ色々抱えてる事情もあるんだろ。……正直に言うと俺は、自分の事情で無理矢理巻き込んだ手前、あいつにあんまり言える立場じゃないからな」

 あのおっかねー巫女さんとのやり取りを見るに余計な心労を増やしたかも、と頬を掻きながら彼は苦笑いで言った。それは確かにそうかもしれない。

「ああいうタイプは何かと板挟みになって苦労してそうだ。胃薬が手放せない研究員達を飛行船に乗せた時の事を思い出して、ちょっと罪悪感はあるよ」

「でも見習い兵の時はよく脱走してたらしいですよ? どちらかと言うとあんまり言う事聞かない方なんじゃないですか?」

「あっ、もしかして個人行動じゃないと強みが発揮できないタイプ? 確かにそうかも——痛っ⁉ なんで俺だけ噛むんだよ⁉」

 大広間に着いたとたん、バレットに踝を噛まれては悲鳴を上げながら追いかけられているロバート船長を放置して、アルジャーノンは玄関扉の鍵に手をかけてからこちらを振り返った。

「レオン王子。本当に私達と共に人狼の元へ行きますか?」

「今更自室に戻れと言うつもりか? 彼からは蟲に寄生された事について何か聞き出せるかもしれないだろう。それに今は……ディランの忠告に、あまり従いたくないんだ」

「おいおい、向こうで喧嘩でもしたのかよ」

 バレットから踝を懸命に守ろうとしゃがみ込んで小さくなった結果、背にのしかかられているロバート船長が言う。

「喧嘩以前の話だ……彼は基本的に私の話を聞かない。そもそも物事に深く立ち入らせない感じで……」

「王子の話を聞かない、など本来ありえない事ですからね……レオン様が気にするのも仕方ありません。今度改めて私からも契約中の態度についてよく言い聞かせてみましょう」

「それこそ言う事を聞かないんじゃないか?」

 両扉の玄関を開き、私は手に持った燭台を翳す様に庭に向ける。

 月明りに照らされる大理石の彫刻と花壇の花々が揺れる広い庭の先、正門の鉄柵の向こうでうろうろと所在投げに往復していた人狼がこちらに気づいてぱっと顔を上げ、尾を振った。

「あっ、皆さん! お久しぶりッス! こんな廃墟で何してたんですか、随分探しましたよ……その人誰っスか?」

「彼はロバート船長だ。貴方と別れた後に出会って——」

 紹介と共に軽く会釈をした船長にまあ俺の事はいいからとちゃっちゃと手で促され、私は話の続きをしようと口を開く。

 バレットは唸りこそしなかったが、人狼を見据えたまま警戒する様に私の左隣に腰を下ろした。人懐っこそうな彼の顔をじっと見つめている。

「怪我も無事だったのか? あの後墓地から来たのか?」

 人狼は何も身に着けていない半獣の姿で、約二mはあろうかという体躯をしている。なぜか両腕を背に回したままの彼は困った様に肩を竦めると、

「目が覚めたらいつの間にか病院にいたんですけど、俺は身分証どころかお金も持ってないから病室を抜け出してきたんスよ。それでどうしようか途方に暮れてたら皆さんの事を思い出して……あの、どうしても皆さんにお礼がしたかったのもあって、それでその、記憶は戻ってないんスけど……回復力だけは自信があるんで体は大丈夫っス! あ、あの、もし良かったら、一緒に……」

 へへ、と人懐っこい笑みを浮かべていた人狼は、アルジャーノンの疑わし気な視線に気づき消沈して耳を伏せた。

「あ……やっぱり、信用できないっスよね、人狼なんて」

「いや、そういう訳じゃない、一つ聞きたい事があるんだ。貴方があの百足のような蟲に寄生された時の事を覚えているか?」

 月明りに、純粋そうな水色の瞳がきょとんと浮かぶ。彼は困った様に首を傾げると、記憶を探る様に上空を見上げた。

「森を歩いていたら耳の中に何かが入ってきた感触がして、うわ、虫だと思って手で振り払ったんスよ。でもどんどん中に入ってきて、一瞬頭に痛みが走ったと思ったら……後はもう覚えてないっス」

 その時の事を思い出したのか、次第にぶるぶると身を震わせる彼へアルジャーノンが詰問する。

「貴方はなぜ森にいたんですか? ロウゲート墓地はそもそも町から離れています。あの森に侵入するには敷地を覆う高い鉄柵を越えなければなりませんし、中には見張りの黒犬がいました。貴方は警備に見つからずに、どうやって敷地内へと侵入したんですか?」

「それは……本当にわかんないんスよ。俺が何のためにあの森にいたのか」

「森というか、あそこは墓地なんですよ。他に施設もありませんし、教会は森と反対側。目的が無いのに迷い込むというのもありえない場所です。貴方は一体、そこで何をしていたんですか?」

 アルジャーノンが問い詰める度に、人狼は怯えた様に尾を足の間に巻き込んだ。

「……なんか、俺の事、疑ってます?」

「当然でしょう、余りにも行動が不可解なんですよ。墓参りにしては人目を避ける様に最初から人の姿を取っておらず、墓地の関係者でもない。何のために何をしていたのか。貴方の素性がわからない以上、この門は開けません」

「アルジャーノン、何もそこまで……」

 実は俺からも一つ聞きたい事があるんだが、と少し後ろで話を聞いていたロバート船長が重々しく口を開いた。

「人狼なら、どこの組織で生きてきたかも重要だ。あんたまさか、人狼会の関係者じゃないよな? もしそうならこういう態度をとられるのも仕方ないんだぜ? なぁ、今人間の姿に戻れないのか? 身体のどこかに組織の刺青が入ってないだろうな?」

「それが、人の姿に戻れなくて……」

「え、人狼が? そんな訳あるか?」

 ロバート船長が、呆れた様に無精髭を摩った。そんな話は聞いた事がない、とアルジャーノンが耳を伏せ益々警戒を強める。

「そもそも行く宛がないなら、一番に私達の所を訪れるのではなく、一度警察等に保護を求めるべきです」

「そんな、人狼が保護なんて……」

「おや? そういう知識はあるんですね?」

「ち、違っ……なんか、嫌な予感がするんスよ……体が覚えてるっていうか……」

 アルジャーノンの言葉に彼は身を震わせた。なんだか擁護できない怪しさに、私もどうしたものかと閉口する。

 最も聞き出したかったのは蟲の事だったのだが、この様子では彼は本当に覚えていないようだし、そもそも今の状況では彼の保護が早急に必要だ。病院を勝手に抜け出す程お金がないというが、彼をこのまま館に泊めるのはブラム卿やディランの許可以前に、アルジャーノンの同意を得る事も難しいだろう。せめて何か、適切な福祉支援はできないだろうかと考える。

「アルジャーノン、彼に何か支援は出来ないのか? もしくは協会に掛け合ってみるとか……」

「……福祉については、人狼では、難しいでしょうね」

 小声で返された言葉に、それはどういう意味だ、と問う前に人狼はあのと声を張り上げた。

「これ、どうか受け取ってくださいっス!」

 そう言って、後ろ手に回していた両手を開き、柵越しにこちらへと差し出してきた。なんだなんだと三人で覗き込んで、思わぬ光景にショックを受ける。

 肉球のある掌の上で、血まみれになった白と黒の小鳥が二羽、虫の息になっていた。足元で鼻をひくつかせたバレットが、いよいよ小さく唸り始める。

「この森の奥で捕まえました! 捕まえた時に逃げようとしたから、つい力を入れちゃってこうなっちゃったんですけど……こいつら見た目もいいし、綺麗な声で歌うんすよ。貴方にふさわしいと思って……もしだめだったら食えばいいかと」

「あっ、こいつは……」

「貴方なんて事を!」

 二人が同時に声を上げた。掌に収まる大きさの二羽はすでに目を瞑って仰向けになっており、血に塗れた美しい羽と、中途半端に力なく開かれた嘴と鉤爪。どう見ても致命傷だ。

 図鑑で見覚えのあるその姿に私は心当たりがあったのだが、言葉を発する前に突如一陣の風が吹き荒れた。

「——血の匂いがしたと思ったら……なぜ、忌まわしい獣がここにいるのかね」

「えっ」

 一瞬視界を覆った黒い霧の中から現れ、私と鉄柵の間に立ちはだかったブラム卿は、普段とは全く印象が違う冷徹な雰囲気を纏っていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ