第四十話 女神伝承
やっとの事で電車に乗り込み、向かい合わせのボックス席でアルジャーノンが私の隣に座り、私の対面にはロバート船長、窓際にオディール、通路側にディランという並びで、道中流れるような世間話に口が挟む隙が無かった中、ようやく私は口を開いた。
「そうだ、ホームズ達に相談してみるのは——」
「行方不明者が二人増えることになるだろうな。あれは世にも珍しく、警察側に近いはずなのにこちらの事情を知った上で中立を保つ貴重な手札だ。大事にとっておけよ」
「レオン様、その名刺には使い時というものがあります」
「なんだ二人して! こんな事は……っ、おかしい!」
「まぁまぁ。気持ちはわかるが、落ち着けって。アルジャーノンが正しいぜ。実際、俺達じゃ何もできないだろう」
「……ディランがいるじゃないか」
きっと拗ねた様に見えるのを自覚しながら言うと、ディランが意地悪く笑って言った。
「おい聞いたか今の言葉。これだから厄介な防衛任務を社に押し付ける一方の能天気でお気楽なお城連中は……いいか、本来俺の立場なら、こんな面倒事は普通請け負わないどころか俺に届く前に門前払いだ。巫女の勅命だったから渋々引き受けたものの、ここまで予定外の拘束をされるのはとんでもない時間損失だぞ。俺が動けないだけでどれだけ弊害があると思ってるんだ。これまでのお前の数々の発言はしかと記録に取りまとめた上で巫女に報告させてもらうからな。ついでにエバーハルトにも手紙で報告してやる。後でものすごく怒られろ。あいつの説教は長いぞ。足が痺れるといい」
「なんとなく予想できますが、相当分厚そうな手紙ですね」
アルジャーノンが呆れたように言う中、ロバート船長は気まずそうに無精髭を擦った。
「なんか……俺が発端とはいえ、やっぱディランを無理矢理この事件に巻き込んだのってまずかったのか?」
「そうだよ。というか、お前が変に外部に依頼したりして事を引っ掻き回さなかったら元々俺一人で動いてもっと早く解決できた話なんだ。反省しろ」
「あれ? いつの間にか怒られ対象が俺に変わってないか? 勘弁してくれよ」
ホールドアップしつつ目を白黒させているロバート船長の隣で、少しも興味なさそうに窓の景色を見ていたオディールが言った。
「自分の上司と相手の担当者に逐一報告するのが貴様の復讐方法でいいのか……」
「そりゃそうだろ。俺自身はどうでもよくても、一国の王子を見捨てる訳にいかないんだから」
「無礼ですよ。発言の撤回と謝罪を要求します」
「この度はつい本音が出てしまい誠に申し訳ございません。ですが、緊急事態とはいえ事前の契約の範囲でしか事態の対処は請け負えませんので、国民のより良い生活治安維持を目指す御庭番衆一同の円滑な任務遂行のためにも一度指令内容を見直していただき、過剰な要求はご遠慮いただけますと幸いです」
「一見謝罪に見せかけて、丁寧に文句垂れてるだけじゃないですか!」
流れるような口調で丁寧に不満を述べながら、ディランは同意を求めるように袖口に収納している黒蛇の姿に変えたバレットの鼻先を軽く突いた。
「どうでもいいとは、何たる……」
「不満か? まあお前は今までそんな扱い受けた事ないだろうからな。僧兵側は国の防衛部隊として巫女の命令で動くから、いくら立憲君主制とはいえ王様の命令は直接受け付けない。こちら側に対する王の要請を巫女が受理して初めて動く。世界情勢は各国の巫女に降ろした天使と悪魔と竜が派閥争いしてるんだから、この世は元々人間がどうこうできる世界じゃないんだ。まさか、表向きの神話しか知らないんじゃないだろうな」
どういう事だとアルジャーノンを見ると、彼も意外そうにしていた。
「神話って……この国に伝わる建国の伝承、女神伝説の話か? よくある歴史になぞらえた御伽噺のような物だと思っていたが」
「その様子じゃフェイクの方しか知らないんだな」
「フェイク? ……いや、ちょっと待ってください。前からおかしいとは思っていましたが、巫女側は何を知っているんです。貴方方、どうしてそんなに国の裏事情に詳しいんですか」
「さっきも言っただろう。この世界は基本的に人外が仕切っている。人間は人の世しか知らないようにされてるんだ。俺が巫女の側近として裏で動いている理由の一つでもある。今のお前たちに話しても意味がない事だろうから、これ以上は俺の口から言わない。気になるなら巫女に直接聞けばいい」
対面に座るロバート船長と咄嗟に目が合ったが、彼もこちらの視線を受けて首を横に振りつつ肩を竦めた。頬杖をついて車窓の景色を眺めるオディールは当然興味がなさそうだ。
「私自身は巫女に直接会った事がない。彼女達は主に国の季節の催事や儀式を請け負うと聞いていたのだが、違うのか」
「そりゃ表向きの話さ。国側からは間違っても言えないだろう。お前が知らなかった様に、きな臭い事情がある国の治安維持は、全部こっちに頼り切ってるんだから」
まあ、社会勉強になってよかったじゃないか、と私の隣で口を挟みたそうなアルジャーノンに向かってディランは飄々とのたまった。
「俺は包み隠すくらいなら割とはっきり物を言う性質だが、他の御庭番衆や俺の師匠なんかはもっと性格が悪いぞ。例えば進む先が崖なら俺は一応教えてやるが、他の奴らは人のいい笑顔を浮かべながら平気で騙すような連中だ。最初に出会ったのが俺で良かったな。まあそれも巫女に会うまでの短い間の話だが……なに、お前たちの旅路を最後まで見届けられないのが残念だよ」
「欠片も思ってない事を言っているのが、ひしひしと伝わります」
「自覚がないようだが、貴様も大概な性格だぞ」
「ああ。悪いが、俺もそう思う」
「人の事で一致団結するなよ」
また四人で言い合いを始めてしまった。喧々諤々と罵声が響く中で、私はふと思い出す。
女神伝説は元々この国に伝わる建国伝承の話で、結末は違っていたが似たような事を水の試練でウンディーネからも聞いた。
私が元々知っていた方は、雨の国に降り立った女神が人々に祝福を捧げ、この国は繁栄したという事。しかし、ウンディーネはこう言っていた。
「太古からの危機を解決しようと、まともに動いた者は結局一人だけでした。そしてまたヒトの過ちにより継承は途絶えた。正直に言えば私は呆れています。この世は元々女神の国。貴方たちヒトが現れて争いを続けたから女神は嘆き空に帰った。それからこの地の祝福は今も薄れ続けているのです」
——まともに動いたのは一人だけ?継承が途絶えた?この世は元々女神の国?
ディランの言葉の意味を考えると、思っていたよりも深い事情がこの国の歴史にはありそうだ。ウンディーネの話について彼に尋ねようとしたが、私が声を上げる前に到着を知らせる汽笛が鳴った。




