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第四話 失踪事件と吸血鬼

 付いて来なと顎で指すマルコに続き、共にホエル亭を後にする。携帯食料を満杯に詰めた鞄は重くなるかと思ったがそうでもなかった。昼間の活気溢れる市場の喧騒を物珍しく見渡していると、鞄に括り付けた水袋が歩く度にたぷんと揺れる。

「彼はギルドの隊員だったのか?」

「いんや傭兵だよ」

「傭兵なのにギルドと契約を?」

「ああ、個人で稼いでる連中はギルド隊と仕事の食い合いになっちまうから、トラブル防止の為にとりあえず住んでる区間のギルドに登録してもらって、うちが一括の窓口として雇い主からの業務を振り分けてるんだ。夜盗や魔物から荷を守りたい商人からすれば所属がどちらであろうと関係ないし、急ぎの依頼は昼夜ひっきりなしに来るんでね」

「そうだったのか……そういえば財布をスられた時、私が裏路地にいると困ると彼に言われたんだがどういう意味だ?」

「さあ? アンタ見るからに世間知らずのボンボンだしなぁ……たまたまその現場を見かけちまって心配になったんじゃないか? そういう奴だからよ」

「ぼ、盆……?」

 ほれついたぞ、と赤い屋根と酒の看板が一際目立つ大きな建物を指さした彼は、その両扉を開く。入って左手側にたくさんの受付窓口があり、右手側は吹き抜けの上階へ続く階段と、巨大な樽やたくさんの瓶が見える酒場のカウンターや数々のテーブル席があった。年齢種族問わず、店内はたくさんの人で賑わっている。窓口の方ではなく、酒場のカウンターに座れと言われ、荷物を厳重に抱えて腰掛ける。カウンター内に向かうマルコが、なんだか妙にこちらへ視線を向けている受付嬢に向かって声をかけた。

「ディランは戻ってきてるか?」

「……あっ、じ、十八時から戻る予定です」

「だとよ。ここで待ってたらどうだ?」

 となると、神殿へ向かう予定はずれる訳だが……やはりいくらなんでも一人で森の中に入るのは無謀すぎる。早急に彼を問い詰め、真実を吐いてもらう必要があるだろう。そう決心したところで、ふと気づいた。

「その、宿を探す必要があるんだが」

「うちは見ての通り酒場も兼ねてるから夜騒がしいのが欠点だが、それでもいいなら三階以上で部屋も貸してるぜ。長期で部屋を抑えとくのも可能だ」

「ありがとう、助かった……」

 なんだか呆れた様にこちらを見るマルコは、ほれ、と木製のジョッキに水を汲んで渡してきた。ありがたく頂くと冷たい水が心地よく、喉が渇いていた事をようやく実感した。

「アンタ……商会のお使いじゃないのか? 仕事が嫌になってどっかのお屋敷から逃げてでもきたのか? それとも駆け落ちに向かう途中とか?」

「どうして皆お使い等と言うんだ……? どれも違うのだが、私には行かなければならない場所がある」

 訳アリの旅ねぇ……犯罪だけはやめてくれよ、と言うので慌てて否定しようと口を開いた瞬間、バタンと荒々しくドアが開いて酒場にいた人々の視線が一斉にそちらへ向いた。

「お願いします! 娘の捜索を……きっと吸血鬼の仕業なんだわ!」

 慌てふためく従者に肩を支えられ、真っ赤に泣き腫らした目をした夫人が受付に向かって駆け込んでくる。何事かとざわめく周囲には目もくれず、夫人はよろよろと窓口に進み出た。

「お、落ち着いてください奥様」

「お願い、ギルドも捜索に参加する事は出来ないの? 兵士に頼んでも、まだ出立には時間がかかると言うのよ!」

 困惑する受付嬢に今にも縋りつきそうな夫人の背へ、見かねた様にマルコが声をかける。

「コータスさん聞いたよ。気の毒にねぇ……もしうちに空いてる人員があれば充てる事は出来ますぜ」

「そうして頂戴! ああ、フルール……どうしてこんな事に……」

 コータス家、そして娘の捜索という言葉を聞いて夕刊の存在を思い出した。鞄から引っ張り出してくしゃくしゃになった記事を広げる。


  またも行方不明者 コータス家令嬢フルール 年若き娘ばかりが狙われる失踪事件

  吸血鬼の仕業か——?


「吸血鬼……?」

「この街にある昔からの伝説だよ。年寄りしか信じてないがね」

 いそいそと窓口からこちらに向かってきた受付嬢から分厚い名簿を受け取り、ページを繰りながらマルコが言った。

「山奥に館があって、そこに大昔から吸血鬼が住んでるんだとよ。森に踏み入ったら帰ってこれねぇだの、夜が更けるまで家に帰らないと攫われるだの。大方、山の方の霧は深いから道に迷うと帰ってこれないって意味の俗説か、国が管理する水源に立ち入らせない為の方便だと思うがね」

「失踪事件など、今まで聞いた事がなかった」

「そりゃ御上が大事にはしてねぇからな。でも新聞で取り上げられてる通り、隠しきれねぇ騒ぎだから三人目からはとっくに街中に広まってるぜ……おまけに言うと、これで五人目だ」

 夫人に聞こえないよう声を潜めたマルコは、名簿をいくつか指の背で叩いた後、その場に佇んでいた受付嬢に返した。

「アデライン、バートン、ヴィンセントに戻ったら声をかけてみてくれ」

「はい」

「娘は、この街で買い物から帰る途中で攫われたようなんです……ああそれと、依頼料を……」

「落ち着いてからでいいですぜ、まだ正式に決まった訳じゃないんだ。各自に都合の確認も必要なんでね」

「奥様、手続きは私共が致しますので……マルコ様すみません、後ほど使いを向かわせます」

 執事であろう従者が夫人の背を支えながら寄り添い、何度も礼をしながらギルドを後にした。心配そうな受付嬢が見送りに向かう。吹き抜けの柵やテーブル席等から好奇の目を向ける客達に散れ散れと手を振ると、マルコは溜息を吐いた。

「あれじゃあ気が気じゃないだろう。何とかしてやりてぇが、手掛かりもねぇしな」

「騒ぎになる程の失踪……事件当時の現場はどんな状況だったんだ?」

「これは見送った店の従業員の証言だが……真昼間、確かに娘さんは買い物を終えて御者に荷を詰めさせ馬車の中に乗り込んでいたのに、荷物と席が濡れた空の馬車だけが家に帰ってきたってよ。そんな訳があるか? 唯一共に行動していた御者は、当然だが鬼の様に責任を問われて衰弱しきってるらしい。もし娘さんが御者に金を握らせて恋人の元へ失踪してた、とかならまだいい方だ」

「馬車の中で人が消える……? そんな事が、本当に可能なのか?」

「それが連続で起きてるから妙な話なんだよ」

 部屋じゃなくここで待つつもりなら席代ついでに何か食っていけ、と鼻先にメニューを突き出され、その勢いに思わず頷いた。

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